第5話 お誘い

「えっ、本当にいいのかな⁉」

「うん、いいよ」

(こっちだけ誘ってもらうのも少し悪いし)

 直見が、由宇と夕食を共にした数週間後の昼休み。

 直見は由宇に「今度は家に来ないか」と誘っていた。

「ただ、そっちみたいな豪華な食事は多分出せないけど……」

「そんなのは構わないのだな! そもそもこの前は、ワタクシの母がはりきり過ぎただけなのだし」

(そうか、まあそうだろうな)

 先日、由宇の家に直見がお邪魔した時、どう考えても2~3人の量ではないほど食事があった。結局残してしまったのだが、「持って帰ってもいいのよ」という、由宇の母である藤生の言葉に対しては、丁重にお断りしておいた。

「じゃあ今度は、私が中野島駅の改札で待ってるから」

「りょーかい! じゃあ5時にね」

「うん、それじゃあ」

 そう言って直見は図書室をあとにしたが、

(この関係は一体いつまで続くのだろう)

 と思った。

 何しろ、旅行が好きだから休日も一緒に遊べることは少ない。友達という関係になったとしても、交流できるのは学校内がほとんどなのだ。


(今からでも言うべきだろうか)

「ナオ、どした? なんか上の空だけど」

「ああ、なんだヒカリか」

「なんだとはなんだ」

 ホームルーム教室に戻った直見に声をかけたのは、隣の席の下松くだまつひかり。直見とは小学校から同じだ。

 小学校から今まで関係が続いているのは、どういう訳か毎年同じクラスになるからというのが大きかった。普段顔を合わせる人に対してはそれほど社交的でない直見は、クラスが離れると疎遠になってしまうことがほとんどだったのだ。

 そんな中で光はずっと同じクラスなので、今は軽口を言い合えるほどの仲になっている。

「また、旅行のプランでも立ててたのかい」

 そして光は、直見は旅行が好きであり、休日に遊びに誘ってもあまり乗り気にはならないことも理解している。

「んー、えーと、ね」

「じゃあ違うんだな。新しい友達でもできた?」

超能力者エスパーかよ)

「まあ、そんなとこ」

「へえ、良かった」

「なんでヒカリが心配すんの」

「まあまあ、輪が広がって良かったじゃないか」

「うん」

 光は明るい性格で、基本的に分け隔てなく接する。だから、直見とも疎遠にならないのだが、一緒に遊んだことは数えるほどしかない。


 *****


「お邪魔します」

「ようこそお出で下さいました、通津由宇様」

「……え?」

 玄関の扉を開けると現れたその人物に、由宇は固まっていた。

「あ、ごめんね、言ってなかったね。この人は飛田さんっていって、ウチで働いてる家政婦さんなんだ」

「へぇー、かせーふさん、ですか」

「ええ、そうです。直見様が生まれる前から、こちらで働いております」

「ホントお世話になってます」

 直見がそう言うと、「いえいえ、頭を下げる必要はございません」と給美は申し訳なさそうにした。


「わ~」

「適当に座っていいよ」

 直見の部屋は、旅行関係の雑誌やら本やらがたくさん置いてあった。鉄道モノが多いようだが、少数ながら小説も棚に入っている。

「これは?」

「それは雑誌だね。毎月出てるんだよ」

 所々発行月が飛んでいるのは、立ち読みして気に入った時だけ買うからである。

「旅行はよく行くのかな?」

「うん。まあ、同年代の高校生よりは多く行ってるかな」

「そういえば、二年生になったら修学旅行があるのだよね」

「そうそう」

「沖縄かぁ。行ったことあるのかな?」

「まだないよ」

(沖縄は段違いに遠いし、鉄道も少ないからなぁ)

 ただこの前、モノレールが延伸されたと聞いた。

(行ってみたい気もするけど、飛行機代もかかるしなぁ)


「そういえば、お父さんとお母さんは仕事なのかな?」

「ああ」

(話すときがきたか)

「お父さんは、仕事で海外を飛び回ってばっか。お母さんは、私が小さい頃に交通事故で死んだんだ」

「……それは、聞いて申し訳ないのだな」

「いいよ別に。察しろってほうが無理あるでしょ」

 それからも二人は、この先生が好きとか嫌いとか、得意科目と苦手科目とか、たわいもない話を続けた。


 *****


 コンコン。と、直見の自室の扉をノックする音がした。

 給美だ。

「直見様、通津様、お食事のご用意ができました」

(あっやばい、今日私が当番だった)

「今日は特別です。……腕によりをかけてご用意させていただきました」

「あ、通津さん、もしよかったら食べて……」

「いただくのです‼」

(食う気満々で来たな。それが前提だから構わないけど)

 由宇がリビングへ向かい、それについていこうとした直見に、給美が小さく耳打ちした。

「……今日は特別です」

「ありがとう」

 現在の重岡家では、朝食は給美が作ることが多いが、夕食は直見と二人でほぼ当番制の形をとっている。「自立できるように」という直見の意志を、給美はくみ取ってくれているのだ。

 そして、昨日の夕食を作ったのは給美である。


「美味しかったです。ごちそーさまでした」

「ごちそうさまでした」

 この前通津家で出された夕食ほど量は多くなかったので、2人とも自分の分を残さず平らげた。

 この後はしばし歓談の後、由宇を駅まで送ることになる……と直見は思っていた。

 だが、由宇は何やら神妙な面持ちで直見を見つめている。

「………」

(なんだ?)

「……重岡、さん」

「何?」

「この前知り合ったばかりでこんなことを言うのは、不躾かもしれないのですけど」

「うん」

 今まで感じたことのなかった由宇の雰囲気に、直見は少し身構えた。

「その、ワタクシと……ワタクシと、電車に乗ってくれませぬか⁉」

(……へ?)

 それから、由宇は直見に説明した。


 年末年始は毎年、祖母の家へ家族で帰省していること。

 今年は、父親の仕事の都合で行く日程が遅くなること。

 その関係で、由宇だけで先に行っていてもいいと言われたこと。

 しかし由宇は、かなりのおっちょこちょいであること。

 つまり、一人で知らない電車に乗るのは不安なのだ。

 話は直見も理解した。だが……。

「お母さん、専業主婦なんじゃないの?」

「お恥ずかしい話なのだが、家にお父さんだけだと、すぐ散らかるのだな」

(そうか。大掃除を済ませてから行くってことか)

「だから、一緒にお祖母ちゃんの家まで来てくれないかな?」

「でもその話、通してあるの?」

「だいじょーぶ。既にオッケー貰ってるのだな」

(こっちの事情はガン無視か)

「あっでも、迷惑なら断ってくれていいのだな」

 直見は考え込んだ。

 誰かと一緒に旅行したことなど、少々特殊なケースを除けば小さい頃が最後だ。

 未だに不安は残るし、年末年始は宗太郎と過ごすつもりでいた。

 だが、昨日届いた手紙の内容、今日の由宇の申し出。

 その2つが、直見を迷わせた。

(どうしよう……)

 決めかねたまま、「考える時間が欲しい」とだけ由宇に伝えた。

 由宇は、申し訳なさそうに「りょーかいなのだ」と言った。

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