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「それで? 勝負はどうなったの」
「俺の完敗だったよ」
「やっぱりかー」
たいして驚いた表情もみせず、一ノ瀬が笑った。
からかうように首を傾げ、含み笑いを俺へと向けてくる。
抱えたクッションに頬を埋め、彼女は言葉を続けた。
「デートの秘策は教えてもらえなかったんだね」
「そういうこと。だから一ノ瀬を頼りに来た」
「納得だよ。うん」
安心した、と彼女はベッドへと倒れ込む。
今日は一ノ瀬の家へと遊びに来ていた。詳細は聞いていないが、彼女の同級生が家に住んでいるらしい。家庭の事情から、親と一緒に暮らせない少だと言っていた。俺も小学生の頃、母親の育児能力が問題視されて一時的に保護施設へと連れていかれたことがある。だから、細かく尋ねることはしなかった。
それぞれに家の事情がある。
平凡で一般的な家庭など、この世には一握りしかないのだった。
「よーし。デートプラン考えよっか」
「早速、本題か。緊張するな」
「だって、家に連れ込んでイチャつくだけだよ」
「うぇっ。一ノ瀬、それは本気なのか?」
「冗談に決まってんじゃん」
「だよな……安心した……」
映画やドラマで勉強したデートは普段行くことのない場所へ恋人や気になる相手を連れ出して、様々な体験をするというものだった。相原のことを知っているようで知らない俺は、彼女をどこへ誘えばいいのかが分からない。
本人に聞くのが一番手っ取り早いが、いざ目的地が決まっても段取りが出来なければ意味がない。そこで友人達へデートプランを訪ねて回っているのだった。
ちなみに香奈城にも聞いたが、回答は得られなかった。主に「ゲームに勝ったら教えてくれ」などと条件をつけた俺のせいだけど。
チョコを片手に、ノートを開く。
授業よりも真面目に話を聞くつもりで、俺はペンを握った。
「正味な話、浦島君はやりたいことあるの?」
「……実は、何も。相原が楽しんでくれればいい」
「0点の回答だね」
「マジかよ」
「浦島君が楽しくないと、それが相原さんにも伝わるよ? 私とのデートは楽しくないんだ、なんて相原さんに思わせたいの?」
「……ぐうの音も出ません」
言われれば当然の指摘を真摯に受け止めて、俺はノートにメモを書き加えた。
俺が好きなこと、楽しいこと。
それは映画を観ることだった。不幸とは言い切れない事情を抱えて生きる俺が、人生に意義を見出せるのは、他人の人生を追体験するときだ。壁を乗り越え、敵をぶっ倒して、主人公たちが幸せな結末を迎えると胸が温かくなる。恋愛映画も好きだ。俺自身が恋をしたことはない。相原と一緒に居たい、デートをしたいという気持ちはあるけれど、それは映画の恋みたいに甘いものじゃない。
まだ淡くて、味の薄い感情だ。
でも、と思う。
「大切にしたいんだよ。俺は、今の気持ちを」
「うん。いいね。続けて」
「無理に表現すると、歪んで壊れるほど弱い感情なんだ」
「……ふふっ。詩的で素敵」
「一ノ瀬ぇ。笑うなよ、恥ずかしいじゃん」
「私、浦島君のそういうとこ、いいと思うよ。ギャップ萌えっていうのかな。相原さんも、素直なのに天邪鬼な浦島君の性格に惹かれたんじゃない?」
「あいつが? 俺に?」
「おっと。今の発言は忘れてください」
素直な天邪鬼なんて矛盾している。多分、俺のことを天然ボケしたアホだと言いたいのだろう。気分に合わせて適当な言動をすることも多く、否定できないのが悲しかった。
さて。
映画を観ることの他に、好きなこと。
誰かを助けること。
誰かの支えになること。
そして、宇宙人の俺が感じる疎外感を、誰かの感謝によって癒すこと。
「……難しいなぁ」
中学生が喧嘩で作る平穏な環境と、大人が政治でつくる平和な環境には隔たりがある。俺の望む世界は手の届く場所が幸福であることが絶対の条件だ。そのためなら宇宙人と呼ばれても、誰と対立しても構わない。そんな、子供じみた理想の世界なのだ。
まぁ、それはつまり。
やっぱり、相原が笑顔なら、それでいいやってことだった。
「まぁ、小難しいこと考えずに普通に遊べばいいか」
「ん。それもそうだね」
「……一ノ瀬、実は完璧なデートプランを持っていたり」
「しません。私は天才じゃないので」
「んじゃ、誘い文句考えるのも手伝って」
「えー。考えるまでもなくない?」
女友達の家で、気になる子をデートに誘う方法を考える。
これはこれで珍しい体験のような気がして、俺は少し青春酔いした。
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