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夏休み、学生がすることと言えば?
バーベキューでしょ、と即答した。
「うわ、若いね」
「相原もまだ若いだろ……」
「まだ、は余計だよ。同い年でしょ」
「え、なんで俺がツッコまれたんだ」
質問者の相原はプールやら花火やら夏祭りやら、無尽蔵に答えを用意していた。一人で楽しむにはハードルの高いものばかりで、暗に誘えと強要されている気がする。宇宙人だから地球の催し分かりません、と言い訳しておこう。
今年も香奈城と、いつもの場所で肉を焼いて食う予定だった。
友人達とは駅前で待ち合わせている。了に予定を話したら、今年はクルマを出してもらえることになった。香奈城の父親は都合が悪いらしく、自転車しか使えない俺達には渡りに船だ。
「悪いな。ありがとう、了」
「いいよ。明日からまた旅行だから、今日くらいはサービスしてあげる」
「普通は一泊二日の後すぐに、七泊八日の旅をぶちこまないと思うけど」
「昨日のはラブラブ旅行で、明日からは取材旅行だから」
「そーですか。そーでごぜぇますか」
「なんだよぅ、文句あるのかよぅ」
ガシガシと頭を撫でられて、その場から逃げた。
本当に取材なら他の仕事仲間も連れて行くべきだと思うが、実際には了と泰子の二人旅だ。了だって三十になったばかりだし、遊びたい盛りだと言われれば納得するしかない。好きにやらせておこう。
「荷物はこれだけ? 忘れ物はないかな」
「大丈夫だよ。昨日の夜にも確認したから」
「本当? お肉持った?」
「それを忘れる奴はおらんやろ……」
了と言い合いながら、バーベキューの用意をする。
必要な荷物と食材を詰め込んでもトランクには余裕があった。
万一余ってもどうにかなるように、とクーラーボックスも積み込む。自転車で荷物を運ぶなら家に置いていくけど、了にクルマを出してもらえるなら話は別だった。
「ところで、はじめちゃん。この前、小紅ちゃんをお泊りさせたんだって?」
「そうだけど。……なんだよ、そのニヤケ面は」
「いやぁ、いいんだけどぉ。節度はちゃんと守るようにね」
何事かを邪推する了の額をぺちりと叩く。
映画の話をしながらテレビゲームをして、ちゃんと日付が変わる前には寝たからな。酒もタバコもやらない健全な高校生を相手に、了は何を疑っているのだろう。彼女の言葉の意味を考えてみたが、よく分からない。
「ま、はじめちゃんだしな」
肩をすくめて、了は借りてきた猫のように大人しい相原の元へ向かった。
「相原さん、息子をよろしくね。存分に遊んでやってよ」
「はい。あの、今日は……」
「いいよー、ウチに泊まっていくんでしょ。あたしのオススメ映画も貸してあげる」
「ありがとうござます。あと――」
了の耳元へ顔を寄せて、相原が何かを頼んでいるようだ。おすすめ映画とやらにジャンル指定でもしているのだろうか。どうせ俺も一緒に見るのだから、相談してくれてもいいのにな。ヒソヒソと話し続ける二人を観ていたら、泰子が隣に立っていた。今日は珍しく早起きだ。
「大きいクルマだねぇ」
「泰子が選んだんだろ。了との旅行にも使えるようにって」
「うん! お店の人が、これが一番人気って言っていたの」
カッコいいでしょ、と泰子はミニバンに手をついた。御年三十になるはずの泰子だが、その表情を見ていると同世代にすら見えてくる。彼女はどこまでも無邪気だった。なんでも素直に受け止めて、欠片も悪意を持たずに生きている。その純真無垢なところが好きなのだと、以前に了が言っていた。
恋や愛なんて、そんなふわふわしたものでいいのだろうか。いいんだろうなぁ。
泰子に見送られて、家を出発した。
「はじめちゃん。楽しんできてね」
「ん。ありがと、泰子」
ミニバンでも随一の人気を誇る有名なクルマに乗り込んで駅前へと向かう。待ち構えていた香奈城、一ノ瀬、根津の三人を乗せていつものキャンプ場へと出掛けた。
「浦島君のお母さんも一緒にバーベキューすればいいのに」
「いや、了と泰子はデートの予定があるから、邪魔するのも悪いだろ」
「……あの、どちらが浦島君のお姉さんなんですか」
「どっちも母親だぞ。そういえば話してなかったな」
一ノ瀬と根津に、自分には父親がいないことと、母親がふたりであることを説明した。香奈城と相原にした説明よりも簡潔に、俺の出自だけは伏せるようにして。
大多数の人間よりも複雑な恋愛観や人生経験があるふたりだけに、大して驚きもせずに母親についての事情は飲み込んでくれた。それとは別に一ノ瀬は何か引っかかることがあるようで、運転席をじっと見つめたまま考え事をしていた。
「私、了って人には見覚えがあるような」
「雑誌か何かで見たんじゃないか。映画業界の人間だし」
「いや、もっとこう、身近に……」
一ノ瀬がろくろを回すような仕草をして記憶の糸を辿る。信号が赤から青に変わるまでの時間をじっくりと使ってみたものの、何も思い出せなかったようだ。美人は似るって言うからな、一ノ瀬の知り合いに似たような美人がいるのかもしれない。
集合した駅から三十分ほどかけて、川辺のキャンプ場に着いた。
荷物を下ろして、いざ準備開始だ。
「香奈城、そっち持って」
「あいよ。今回はちゃんと軍手持ってきたからね」
「去年は大変だったよなぁ。手、真っ黒になったし」
わいわい騒ぎながら機材を組み立てて炭をおこす。ちょっと早めに到着した方が余裕をもって飯を食べられるし、遊ぶ時間も取れるからお得な感じがするよな。多くの家族連が多くキャンプ場を訪れていて、子供たちが親と一緒に火を起こしている真っ最中だった。
どこも笑顔があふれていて、楽しい空間だ。
「あ、クーラーボックスあるから生鮮食品は入れてくれ」
「飲み物は先に入れてあるから、乾杯用に何か出してくれると嬉しいな」
「オッケー。浦島君、紙コップってどこ? 直飲みしちゃうぞ」
あーだこーだと指示を飛ばしたり、受けたりして準備をする。
香奈城も俺同様に手馴れていて、あれやこれやとお喋りをしながらでも手は動き続けている。毎年、夏場になると三回は屋外で飯を食べる機会があるらしい。友人が多くて羨ましいぜ。
相原はパシャパシャと俺達の写真を撮っていた。暇なのかな。
一ノ瀬はパタパタと、汗をかく俺達を扇いでくれていた。
「へー、意外と火起こしって大変なんだね。まだ時間かかるみたいだし」
「あたし水遊びしてくる。手が空いた奴はついてきな」
「あの、私は水着とか持ってきてないんですけどー」
「いーのっ。あたしが溺れないか見張ってくれるだけでもいい! 行こうぜっ!」
責任重大な任務を押し付けて、相原は一ノ瀬を引っ張っていく。ぼーっと俺達の作業をみていただけの根津は、見事に置いて行かれてしまった。足に根が生えたように動かない根津をみかねて、香奈城を遊び相手兼見張り役として送り出した。根津もこれでついて行くはず……と思ったのだが、結果として火起こしの場には俺と根津だけが取り残された。
なんとも言えない空気になる。
今日もいい天気だ。
根津に睨まれているけれど。
「一ノ瀬君と香奈城君をくっつけようとしていませんか」
「してないよ。俺はお前の恋路を応援しているぞ」
「本当に……?」
「あ、ちょっと網持つから手伝って」
「色気より食い気ですか。……手伝いますけど」
食欲よりも遊びたい欲の方が強い
ついさっきまで。
俺だって、飯を食べ終わったら川へ遊びに行きたいんだ。
濡れてもいいようにタオルは持ってきたが替えの服は用意していない。水辺で遊べるようにサーフパンツで来るのが男連中のトレンドだった。周囲の家族連れを見るに今年もその傾向は変わっていない。ジーンズを履いているのはちょっと年上の男性くらいで、元より川に入って遊ぶつもりがないのだろう。
俺の作業を眺めながらお茶を飲んで、根津が空を見上げた。
「相原さん、美人だし性格もいいし、スタイルもすごいですね」
「そうなの? そうなのかな」
「水着姿、見なかったんですか?」
「え、いつの間に着替えたんだよ。あいつ」
「パーカーとかを脱ぎ捨てたら、下に着ていました。今日はタンキニだから分かりにくいかもですけど、体育の着替えの時とか、すごいんですよ。もう、こう、ヤバいんです」
根津の手が空を彷徨って、何もない空間をワキワキと揉んでいた。俺は気にしたこともないけれど、きっと、根津の言うとおりに何かがすごいのだろう。ホンヤの女神として雑誌で紹介される程度には容姿に優れている。それが証拠だ。
容姿端麗、運動神経も抜群。勉強はそれほど得意ではないみたいだが、まったく出来ないわけでもない。ふむ。相原には何が出来ないのか、ちょっと気になってきた。今のところ俺が知っているのは、料理が得意じゃないってことくらいか。
「相原のマルチタレントぶりに嫉妬しそうだぜ」
「その割には、すごい笑顔ですけど」
「友人の才能は手放しで褒める。その上で嫉妬するんだよ、負けず嫌いだから」
「面倒な性格してますね、浦島君は」
「宇宙人だからな」
「はい?」
中学時代の知り合いにしか通じないネタを飛ばして、一人で笑う。
パタパタと団扇であおぎ続けて、炭が赤らんできた。腕が疲れてきたところで根津に代わってもらって水分補給をした。網の上に手をかざすと、チリリと熱い。
あと五分もすれば十分な熱量が得られるだろう。
「根津は遊びに行かなくてよかったのか」
「泳ぐのが苦手ですから」
「ここ、小学生とかも遊べるように、深いところでも脛までしかないぜ」
「でも、着替えとか持ってきてないので」
「水を掛け合えとは言ってない……けど相原ならやりそうだな」
相原の奴、他の三人と同様に駅前で待ち合わせても良かったのに、わざわざウチに直接乗り込んでくるくらい気合入っていたからな。泊まっていく分もあわせて、ちょっとした旅行くらいの荷物があった。
ま、根津の行動は彼女の自由意思にゆだねよう。
無理に背中を押しても前につんのめるだけだ。根津が他人と親しくなるためにも、彼女なりのペースを大切にしたほうがいい。俺は隣で、ちょっと手助けが出来れば、それでいいんだ。
十分に炭が熱くなって、肉を焼いてもいい頃合いになった。クーラーボックスから待望のお肉様を取り出してビニール袋をめくった。もちろん、ゴミはゴミ袋へまとめて捨てる。
「なぁ、根津。あいつらを呼ぶ前に、ちょっと食べようぜ」
「え、いいんですか。どういう了見で?」
「先行者利益。あとは、火の番をしていた駄賃だぜ」
「だったら浦島君だけで食べるのが筋だと思いますけど」
「そんなことないって。根津も手伝ってくれたじゃん。な? 一緒に食べようぜ」
「……いいですけど。かぼちゃも焼いてくださいね」
「あ、それ根津が持ってきたのね」
肉を取り出すためにクーラーボックスを開いたら、いつの間にか野菜が詰め込まれていた。誰の仕業かと思えば、根津の持ち込みだったらしい。
「根津、料理好きなのか」
「え、どうしてです?」
「真心がこもっているから」
「は?」
意味が分からない、と彼女は首を傾げてしまった。彼女が持ち込んだ野菜は食べやすい大きさに切っただけではない。火の通りにくい野菜は蒸してあったし、焼いた後に食べやすいよう太めの串も用意してあった。細やかな気配りには飯を美味しく食べてもらおうという気概を感じる。
ひょっとすると、彼女もこちら側の人間だろうかと思ったのだけど。
「褒めるなら、私のお母さんを褒めてください」
「それじゃ、今回の下拵えは根津の親がしてくれたのか」
「違います。お母さんは指示を出してくるだけで、作業は全部私がやりました」
「へー」
ということは、と根津の肩に手を置いた。
「根津がすごいんだよ。いい感じだ、マジで美味そうだぜ」
サムズアップして素直な感想を伝える。毒舌が飛んでくるかもと身構えたが、彼女はもごもごと口を動かして下を向いてしまった。どうやら褒められるのに弱いらしい。意外と可愛い一面もあるようだ。
クーラーボックスから適当に食材を取り出して、折り畳み式の小さいテーブルへと並べる。根津と相談して、牛タンからいただくことにした。塩胡椒を振ってから、ちょっと厚めな牛タンを網に乗せる。
かぼちゃを並べ終わった頃には片面がしっかり焼けていて、玉ねぎの輪切りを袋から出したところで焼き終わった。流石に火の通りが早いな、少し火力を弱めてもいいかもしれない。
「いただきます」
「……ます」
根津と一緒に、ちょっとだけ悪いことをしている気分で肉を頬張る。
秘密の味は蜜より甘くて、優越感は毒のようだ。そして根津の満面の笑みを見たのは、今日が初めてだった。ふむ、俺が飯を食べているときもこんな感じなのだろうか。思ったより悪い印象ではないし、心が穏やかになっていた。
「んぐっ。美味しいですね。みんなも呼んできます」
「おう。すぐに来ないとなくなるって伝えてきてくれ」
「はい。……ホントに、全部食べちゃダメですよ」
「それは根津の活躍次第だ。ま、火力調整もするから早めにな」
根津を送り出した後、赤熱した炭を脇へどける。イメージとしては高いビルを横に切り分けて、それなりのマンションに作り替えたみたいな……たとえが下手すぎて、誰にも伝わってないんじゃないか。
「もう一枚くらい食べておくか。いや、どうせなら普通に食うか」
クーラーボックスから食材を取り出して、歌いながら網に乗せていく。
今日は色々用意してきたからな。タン、カルビ、ロース、ハラミ。スーパーのお値打ちパックじゃなくて、精肉店で買ってきた良いお肉だ。鮮やかな赤と美しい白のコントラストに見惚れそうになる。魚介類も、香奈城の希望を受けてエビとイカを買ってある。どちらも家で下処理を済ませて、イカには醤油とみりんで味付けもしておいた。
「あぁ、最高じゃん。おっと、おにぎりも出しておかないと」
肉の焼ける音と匂いに空腹感を刺激されながら、ひたすらに手を動かす。もう、目の前の食い物のことしか考えられないぜ。焼けた肉をおかずに握り飯を食べ始めたところで、遊んでいた友人達が戻ってきた。
「あっ! もう食べてんの⁉ ずるい!」
相原が頬を膨らませていたのは、また別の話。
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