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中間考査が終わった。
まだ先の話だけど、念願の夏休みに浮足だっていた。中間考査さえ乗り越えてしまえば余裕が出てくる。ここから八月末の前期試験までは机へ拘束されるようなイベントもなく、勉強のストレスから解放されるというのも大きかった。
進学校あるある”成績に影響しない全国模試”とやらも中間考査の延長戦だ。成績に関係しないなら適当にやればいいや、と相原も一緒にサボると言っていた。まぁアイツはこっそり勉強して俺よりもいい点数を取るつもりだろう。頑張らないと言ったその口で「勝負だ!」と持ち掛けてきたし。
「ま、適当にやろう」
適当を字義通りに解釈して映画三昧の日々を送ろうとしたら清水先生に呆れられたけど、勉強は好きじゃないからな。それなりに頑張って勉強した中間考査は可もなく不可もなし、相原も似たような点数で互いに微妙な顔になったのも記憶に新しい。
そんな彼女と香奈城、そして一ノ瀬の四人で放課後の教室に集まっていた。家に帰ると宿題に対するモチベーションが爆下がりする俺と一ノ瀬が居残っていたら、相原と香奈城も一緒になった格好だ。
面倒な課題に欠伸をかみ殺していたら起きた時間を聞かれて、正直に答えたら相原があんぐりと口を開けた。
「朝五時って、はじめくんはおじいちゃんかよ」
「浦島は早起きなんだよ。それで、家事全般をこなしてから学校に来るんだ」
「すごーい。勉強以外は何でもできるんだね、浦島君」
「一ノ瀬、俺より頭いいからって調子に乗るなよ」
「ちょっと、そこまでヘコむ必要もなくない……?」
困ったような顔をして一ノ瀬が笑った。いつか、彼女に教えてもらわなくても平均点が取れるように頑張ろう。せめて高校を卒業するまでには、と後ろ向きに目標を立ててみた。そもそも来年も一緒のクラスになれるのか? など様々な課題が山積みだ。
今日は数学の課題が難しいから、ちょっとだけ頼らせてもらおう。相原も一ノ瀬に勉強を教えてもらうようだ。運動以外の才能なら持っている香奈城は、余裕そうにシャーペンを回していた。
「ていうか、もう夏休みだよね。今年はどうしようかな」
「去年と似たような感じでいいだろ。香奈城、道具の整備だけ頼むわ」
「あいよ。準備バッチリにしておくよ」
親友殿のウィンクを受け流して、近くに座る女子ふたりに目を向ける。折角だから彼女達も誘ってみるか。まずは事情の説明からだな。
中学から付き合いのある香奈城とトンツーで通じる仲なのは便利だが、横で話を聞いていた彼女達には伝わらない。一ノ瀬が小さく首を傾けると、勉強をするときだけかける伊達眼鏡が、微かな光を反射した。
「一ノ瀬も来ないか。俺と香奈城が主催でバーベキューやるんだ。中学の頃から毎年やっているけど、めちゃくちゃ楽しいんだぜ」
「へぇー、意外な趣味。用意するものはあるの」
「絶対に食べたいものがあれば、かな。道具は俺達で用意するから」
「ん、分かった。それなら私も参加するよ」
ニコニコとはしゃぐ一ノ瀬をみて嬉しくなる。
今年で四年目だった。
香奈城と友達になってから、夏休みは彼の家の近所にあるキャンプ場でバーベキューをやるのが通例になっていた。この前フードコートで再会したシモユキの他にも、妙なあだ名をつけるのが趣味の江村や、彼女の友達も集めてそれなりの大所帯で遊んでいた。かなり楽しかったな。会場が川辺にあったから、食べるのに飽きたら泳ぎに向かうのも良かったし。
去年は香奈城の父親の都合が悪くて、俺と香奈城とで自転車を使って山の中腹にあるキャンプ場までバーベキューの道具一式を持ち運んだ。だがまぁ、アレは人間のやることじゃなかった。悲鳴のような雄叫びを上げて会場に現れた俺達に、他グループの大人たちが驚いたような目を向けていたのも覚えている。でも、楽しかったんだよな。荷物を下ろした後、友達への挨拶より先に川へダイブして爆笑の渦が起こったこととかもいい記憶だ。
心地よい汗と喧噪の記憶だ。
良い思い出に浸っていたら、一ノ瀬に腕を突かれた。彼女の誘導に従って視線を向けると、相原が腕組みをしている。なぜか俺をじっと見つめていた。無言で見つめ返したら、徐々に彼女の機嫌が悪くなっていく。睨まれているわけじゃないが、やや頬を膨らませている。あんまり、からかうのも良くないか。
「相原は夏休み何してんの? 友達沢山いるもんな」
「あたし、休みは一人のことが多いんだよなー。思春期って奴?」
「分からなくもないな。たまーに、一人でいたくなることってあるよな」
「だよねー。いやぁ、人気者ゆえの悩みって奴ですよ」
「それじゃ、相原はバーベキュー不参加ということで」
「そこっ。暇なら一緒に遊ぼうぜとか誘うところでしょ! んもー!」
頬を膨らませた相原からツッコミを受けて、一ノ瀬も呆れたように笑っている。つまらない冗談のせいで、どうやら相原の機嫌を損ねてしまったようだ。彼女は文句を続けるでもなく、一ノ瀬を押し倒す勢いで抱き着いて勉強の邪魔をし始めている。随分と可愛らしい八つ当たりだな、と内心で愚痴った。こうなると俺が態度を改めるしか解決策がないのだ。
「俺は忖度が苦手なんだよ。……相原も一緒にバーベキュー行くか?」
「行く! 絶対に行く! 約束だからねっ」
破ったら、とその先を言わずに脅してくる。突き出した人差し指で俺の頬を容赦なく弄んでくる。相原は多感で気難しいお年頃だな、と反抗期も経験しないままに高校生になった俺は思うのであった。
毒にも薬にもならない話をしながら宿題を進める。俺たち以外にも何人かが教室に残って思い思いの時間を過ごしていて、意外と賑やかな放課後だ。
面倒なだけの宿題をもうひとつ終わらせたところで昼飯を食べていないことを思い出して、教室の前面に掛けられた壁時計に目をやる。十三時を少し過ぎたところで、お昼をコンビニで買ってきた弁当で済ませる生徒も見掛けた。
「昼飯どうする? 食べに行くか」
「学校のすぐ近くだと、食堂でうどんか、丼屋で海鮮丼とかだなー」
「海鮮丼? そんなの出してくれるところあるのか」
「うん。美味しいよ。結構ボリューミーだし」
スマホを取り出して店舗情報を教えてくれる。俺は行ったことのない店だった。割り箸との比較を見るにどちらもデカい丼がウリのようだ。値段もラーメン屋で定食を食べるのとそれほど変わらない。大盛はあるのだろうか、とメニュー表を拡大した。
「美鶴ちゃん物知りじゃん。あたし、丼屋行ってみたいかも」
「ん。ふたりも、それでいいかな?」
「あぁ。僕はみんなについていくよ」
「俺は親子丼とかつ丼で迷い中だ……」
「浦島君、お店に行ってから決めればいいじゃん」
朗らかに笑いながら、一ノ瀬が荷物を片付け始めた。俺も彼女に倣ってノートや筆箱を仕舞っていく。相原と香奈城も後に続いた。
「期待はしないでね、高級店とかじゃないから」
「やぁん、逆に期待しちゃうじゃん」
各々に片づけを済ませて、カバンを持って立ち上がる。昼飯の後は誰も勉強なんてする気にはなれないだろうし、現地解散になるかな。ぐぐっと背骨を鳴らしながら立ち上がると、教室の入り口に毎度お馴染みの彼女が顔を出したのが見えた。
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