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俺が外で飯を食べるときは、基本的に中華料理屋に入ることにしている。特別に好きなわけじゃないけれど、どこの店で食べても大きく外れることがない。それが魅力だった。最高得点を狙うよりも、平均得点が高ければいい。平均得点が分からないなら、最低でなければいい。俺の判断基準は、多分そんな感じなんだろう。
適当に言っているけど。
ぶらぶらとフードコートを歩いていたら、角のテーブルに見知った顔を見つけた。ボサボサ頭と青色のパーカーで、一か月前とほとんど変わっていない。ちょっと髪が伸びたくらいだろうか。
中学の頃の同級生、下野隆幸だった。よく遊んでいた相手でもある。
「よっ、シモユキ。元気だったか?」
「あれ、ウラモグとカナシーじゃん。久しぶり」
「そのあだ名、いつ聞いても発案者の顔が浮かぶわ」
俺にヘンテコなあだ名をつけたのは、腰まで伸ばした長い髪が印象的な女の子、江村だった。不良というよりは変人で、生徒はおろか先生方ですら扱いに困っていた問題児だ。高校に進学してからは連絡を取っていないが、彼女も元気にしているのだろうか。
「隣に座るけど、いいよな」
「どうぞ。あ、ケシカスは適当に掃除しといて」
四人掛けのテーブルを一人で占領していたシモユキの隣に座って、香奈城は俺の向かいに腰を下ろす。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは誰の言葉だったか。中学時代は授業中も漫画を読んでいたシモユキが、フードコートで勉強をするようになっていた。俺が過ごした地球とは別の場所に来たのかもしれない、と周囲を見渡す。クレープ屋がどら焼き屋になるとか、うどん屋が蕎麦屋になる程度の変化もしていなかった。
「シモユキは東高だったよな。勉強大変なのか?」
「そりゃもう。ふたりは北だろ、もっとキツいんじゃないのか」
「おう。俺は既に理系科目を諦めた」
「早すぎでしょ、まだ五月だよ。下野君は塾に行き始めたんだね」
「ん。高校受験もキツかったから、大学受験に向けて一年から頑張るつもりなんだ。なんとしても一人暮らしするために、国立狙いだぜ」
そこまでやるのか、とシモユキの決意に目玉が飛び出そうになった。
彼が勉強に使っているというテキストを見せてもらう。
青い表紙にシンプルなデザインで、見た目よりも重くてページ数があった。内容自体は普通だし学校で教えてもらうのと同じだった。だけど、先生が授業で話すような内容が横枠に詰め込まれて自学自習に耐えられるようになっていた。なるほど、これだけ丁寧に説明されれば俺でも数学が簡単に思えるかもしれないな。あくまで、錯覚するだけだろうけど。
シモユキもこれから休憩するということで、三人で飯を食べることにした。
フードコートのいいところは、食べたいものがバラけても自由に選べるところだ。俺はかつ丼とうどんのセットを頼んで、シモユキと香奈城は連れ立ってオムライスを注文しに行った。しかも普通サイズ。俺からすれば小さい。ミニチュアサイズだ。
全員の料理が並んだところで、シモユキが感想をこぼした。
「そのセット、いつ見ても多いよな。ウラモグ以外には食べきれんだろ」
「かつ丼とうどん、合わせて三人前だし。まぁ一人で食うんだけど」
「それでお値段据え置きとかバクだと思うわー。流石に」
大盛無料なら大盛にするだろ、と首を傾げてみせる。
彼らは俺の昼飯に対して冷めた視線を向けてくるが、これは大盛を十数回食べてポイントカードをスタンプで一杯にして、会員証を手に入れることでしか出てこない特盛ランチなのである。いわば常連客優待商品というべきもので、中学校をサボって早退した日に食べに来ていたら自然に手に入れていた権利だった。
お前らも食べたいなら普段から大盛を食えってんだ。
もっとお米を食べろ。そしてでっかく成長するんだ。
一人だけ倍速で飯を食べながら、ふと思い出したことをシモユキに聞いてみる。
「俺って、飯を食べているときに笑っているのか」
「ん? あぁ、言われてみれば確かに。え、それ無意識?」
「らしい。この前言われて、初めて気が付いた」
確認をとって改めて知ったが、無自覚に表情筋を酷使していたようだ。今度からは労わってやろう、と頬を撫でる。触り心地は微妙だった。それともうひとつ、シモユキくらいしか分からないことがある。
「俺がウラモグって呼ばれているの、どうしてか分かる? 聞いたことなくてさ」
「浦島がもぐもぐ。だからウラモグじゃないの」
「なるほどな。……え、俺って大食いキャラ?」
身長が高くてスポーツが出来て、ならもっと他のキャラ付けはなかったのか。でも香奈城みたいなイケメンがいると、そういう方向であだ名がつくことはないだろうしな。仕方ないけど、納得せざるを得なかった。
昼飯を食べ終わって、予定していた映画の時間になった。シモユキはこれから塾へ行かなくちゃいけないらしくて、残念ながらここでお別れになる。別れ際、携帯の番号を交換したらめちゃくちゃ驚かれた。情報の授業でパソコンの基本操作もできなくて居残りになっていた奴が携帯を使えるようになったら、誰だってびっくりするだろうな。
「じゃぁな、シモユキ。落ち着いたらまた遊ぼうぜ」
「ん、オッケー。でもさー、ウラモグもカナシーも仲いいよな。嫉妬しちゃうぜ」
「だってマブだし。これデートだもん」
バカなことを言う香奈城のケツを叩いて、映画館へ向かった。開演十五分前だというのに座席は半分近くあいていて、田舎の映画館の底力を感じる。いや、これが残り五分とかになるとほぼ満席になったりするから、この地域の住民たちが待ち時間を異様に嫌っているだけなのかもしれないな。
売店で買ったジンジャーエールを飲みながら、終わってもいない一日を振り返る。
友達と遊んで、楽しい時間を共有して。
それもまた、幸せの形のひとつだった。
「俺、香奈城と友達で良かったよ」
「そっか。それはどうも」
香奈城にケツを叩き返されて腹の底から笑う。一緒に見た映画は死ぬほどつまらなかったけれど、それでも今日はいい日になった。
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