Disc & Disco

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 十二歳の頃のような友達には、二度と巡り会わないらしい。

 最近見た映画で、そんなことを言っていた。

 ちょっと家庭に問題のある小学生だった俺は、家と学校を往復する毎日で、忙しいことを理由にして友達作りをサボっていた。顔見知りは一杯いて、喧嘩する相手も多かった。他人とずれた感性の持ち主は宇宙人と呼ばれ、理解も共感も求めなかったから地球で孤立した。

 そんな宇宙人に、興味を持ったのが香奈城だ。

 彼のおかげもあって、中学にあがってようやく友人に恵まれた。けけど、その多くは高校進学と共に離れ離れになった。香奈城が同じ高校に進学してくれなかったら、今頃俺は孤独を抱えた毎日を送っていたに違いない。相原のことはノーカウントで頼む。彼女の心は俺にとってのブラックボックスで、解明しようにもどこから触れていいのか分からないのであった。

 ま、そんなのはどうでもいいんだけど。

「はーあ、死にかけじゃん。弾切れには気を付けないと」

「浦島のサポートが足りないんだよ。うわ、また出てきた」

「せめて二面のボスまでは死なずに辿り着いてくれよな」

「ムリ言わないでよ。僕、ホントに体動かすのヘタなんだから」

 コントローラーを動かせば照準も動くはずなのに、香奈城は全身を打ち悶えさせながら敵を倒していく。知らない人が見たら、めちゃくちゃはしゃいでいるようにも見えるんだろうが、本人は至って真面目なのが笑える。

 あ、また被弾した。

 ゴールデンウィークを利用して、香奈城とゲームセンターに来ていた。

 遊んでいるのはガンシューティングゲームの傑作で、忍者が拳銃型の武器を持って戦うという奇想天外な設定の代物だ。駅前のゲームセンターから撤去されて久しいけれど、近所のゲームセンターに置かれるようになって助かった。趣味の少ない俺が、ゲームセンターに寄るたび遊んでいる数少ないゲームだ。

「あ、待って。マジで死ぬから」

「宣言する前に死んでいるが? もー、よく見とけって」

 敵の攻撃を受けて操作不能になった香奈城を見捨ててゲームを続ける。

 二人で攻略するモードだから、ソロで遊んでいる時よりも敵の体力が多い。普段なら倒し切れているはず、と思って手を緩めたら敵からの反撃を受けそうになって慌てて攻撃を再開した。

 死角から登場した傀儡人形の足元に弾を撃ち込んでステージギミックを発動させ、ボーナスポイントを獲得しながら撃破数を重ねていく。各所に配置されたアイテムも余すことなく回収して、記録の更新を狙う。少しずつ削られていく体力と、突き付けられるタイムリミットに鼻息が荒くなってきた。

「浦島、顔が完全に犯罪者のそれだよ」

「そんなことないだろ。俺はゲームを楽しんでいるだけなんだぜ」

「いや、死に場所を求めて旅をする辻斬りって感じ」

「せめて、獲物を物色している狩人って言えよ」

「ダサくね? 浦島はそれでいいのか」

 香奈城が眉尻を下げて笑った。俺だって悪者扱いされるのは好きじゃないが、中学生の頃にとったクラスアンケートじゃ"深夜にコンビニへ行ったら通報されそうな男子"一位だったからな。ある程度は許容する心を養っている。三年生の夏休みに、マジで職務質問されたのはビビったけど。

 ジョロウグモをモチーフにしたボスを撃破して、画面が暗転する。

「よっしゃ、あとはラスボスだけ!」

 興奮してきて、大きな声が出てしまって焦る。

 偶然、近くを通りがかったらしい男の子と目が合った。小学生くらいの身長の彼はびくりと肩を震わせると、明らかに目をそらして足早に去っていく。……睨んだわけでもないのに、そんな態度を取らないでほしい。慣れてはいるけれど、なんだか悲しくなってくるから。

「あ、このっ、ぐ」

 そして、一瞬の油断が命取りになった。ボスの巨大な蛾が放った鱗粉の弾幕を打ち落とすには手数が足りず、わずかに残っていた体力が一気に削り取られてしまう。必死の抵抗もむなしく、主人公が力尽きて敗北を迎えてしまった。

 やらかした、と下唇を噛みながら振り返る。待っているお客さんがいなければ続けてもうワンクレジットやるつもりだったけれど、綺麗な女性が握り拳を作って構えていた。初対面の相手だったけど、どこかで見たような子だった。

 彼女がガンシューを愛していることは伝わってくる。

 なぜなら、目がキラキラと輝いていたから。

「……えっと。代わります?」

「はい。ぜひとも」

 コントローラーを定位置に戻して、やる気に満ち溢れた女性と入れ替わる。彼女は手馴れた動きでクレジットを投入すると、一心不乱にゲームの画面に向かった。難易度は俺が普段プレイしているものと同じで、アイテムの入手順などから腕も似たようなものだと分かる。

 ぼーっと後ろ姿を眺めていたら、香奈城に肩を叩かれた。

「残念だったね」

「もう一回、と言いたいところだが休憩するか」

「そうだね。僕はお手洗いに行ってくるよ」

 ヒラヒラと手を振ってトイレへと消えていく香奈城を見送って、近くの休憩所で腰を下ろした。自販機で買ったジュース片手にぼんやりしているだけなのに、俺の前を通る人が少し声のトーンを落として行く。視線をただ逸らされるよりも、逃げるように意識的な視線の外し方にやや傷ついていた。

 ヤンキーと不良は、似ているようで違うのだ。

 怖い顔をしているわけじゃないんだけど、と俺の容姿について同級生たちは口をそろえる。俺にとっての無表情は友人達にとってのやや不機嫌な顔らしく、どこか話しかけづらい雰囲気があるとも言われていた。江村という女生徒が、休み時間の俺に気取られないよう普段の表情を撮影してくれたこともある。確かに何かを悩んでいるというか、苛立っているような顔だった。当然その時、何かにムカついていたわけではない。

 ずっとイライラしていそうな奴を見掛けたら、そっと距離を置く。

 体力と時間を持て余しているなら、喧嘩を吹っ掛ける奴もいるだろう。

 あぁ、中学時代には嫌な思い出と楽しい思い出が、等しい熱量を持って残っている。振り返れば苦く、噛み締めれば味わい深い。宇宙人も青春を楽しみたいのだ。

「……長いな」

 トイレに行ったはずの香奈城が、なかなか帰ってこない。

 退屈な時間は思考を生み、行く先の曖昧なそれは嫌な記憶ばかりを反芻する。

 俺の通っていた中学校は、それは酷いところだった。

 花壇は枯れ果て、プールは藻で緑に染まっていて、テニスコートはバウンド先が読めないせいで公式試合への使用を禁止されていた。廊下や階段にはタバコの吸い殻とガムが落ちていて、学校の裏門には不良であることを誇りか何かと勘違いした上級生がたむろしていた。そんな不良は学校全体からみれば一部に過ぎなくて、ひとつのクラスにまとめられていたのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 俺が在籍していたクラス以外は平々凡々で、きっと平和な毎日を送っていたはずだった。不良たちにも外には手を出さないという不文律、というかわざわざ弱いものイジメをするのはダサいという考え方があったから、普通の生徒が普通の学校生活を送るにはギリギリ健全な学校だったんじゃないかな。

 中学に入学して一か月は、学校を平定することに心血を注いでいた。ケンカに明け暮れる毎日だった。褒められたものじゃないし、繰り返したいとも思わない。勉強どころではなかったのを覚えている。ただ、あそこで同級生と結託して悪い上級生との繋がりを排除したおかげで、まともな中学校生活になったんだろうな。まぁ、長く続いた悪習のすべてが変えられたわけではないが。

 楽しいことは好きだけど、目標とか努力には疎い連中ばかりだった。

 俺だって、人のことを言えない。

 退屈が嫌いなだけだから。

「ん? 帰ってきたな」

 お手洗いがある方向から香奈城が手を振って現れる。すれ違った女子学生が笑顔で振り返るほどに整った顔の彼と、ヤンキーすら顔を背けて歩く俺との差は、いったいどこで出来たのだろう。

「待った? いやぁ、トイレで先輩と会ってさ、話し込んじゃったよ」

「連れてくれば良かったのに。どうせ、俺も知っている人なんだろ」

「まぁね。でも、不良たちを一か月で更生させた伝説の男だからなー、浦島は。避けようとする気持ちも分からなくはないだろ?」

 香奈城の気遣いに、渋々肯定を返す。

 中学の先輩方とは、随分と対立したからなぁ。

 この世には守る必要もないルールがいっぱいある。だけど基本的には、ルールってのは社会をうまく回すために存在しているものだ。隠れて悪いことをしている奴を吊るすつもりはないけれど、意味もなく突っ張って不良を気取るのは、あまりにもダサくて嫌いだった。

 だからって喧嘩していいわけじゃないけど。

「ま、会っても互いに気まずいからな。先輩と香奈城の気遣いに感謝だわ」

「そうそう。そう考えるのが一番だよ」

「さて。いい時間だし、昼飯食べに行こうぜ」

「そうだね。ラーメン以外で頼むよ」

「選択肢が十分の一になったんだけど。行ってから選べばいいか」

 香奈城を連れて、二階のフードコートへと足を運んだ。

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