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ことあるごとに、相原と勝負している。
クラスメイト達も最初は困惑していたけれど、慣れてしまえば楽しむ余裕も出てくるらしい。今や、外野から「勝負しないの?」と言われることの方が多い。今日も今日とて体育での激戦を通して、俺達は友情を深めあっていた。
が、その後の昼飯は別々だったりする。
「いや、マジで女心は分からん」
「そんなことを言っていたらモテなくなるよ?」
「元からモテてないし。それに、こいつはモテているからな」
「え、それって僕のこと?」
四月末になって、クラスでのそれぞれの立ち位置が定まりつつあった。
相原は女の子の友達に囲まれて、今日も賑やかに昼ご飯を食べている。彼女がホンヤの女神として雑誌に載っていたことを知っている子もちらほらと見かけた。どうやら人気者というのは嘘ではなかったらしい。
お茶を口に含んで、相原から視線を切った。
俺は一ノ瀬と、なぜか隣のクラスから遊びに来ている香奈城と卓を囲んでいる。
「浦島、最近楽しそうだね」
「それは否定しないけど、もっと別な道は辿れなかったものか」
「いいじゃん。相原さんのおかげで、クラスにも馴染めたわけだし」
「んー、まぁ、そうだけど」
馴染んだ、と言ってもいいのだろうか。
確かに、同じクラスの男子とはめちゃくちゃ仲良くなったんだよな。色んな授業で相原と競争をしていたら、同情や好奇心で話しかけてくる奴が増えた。次第に、面白いやつ認定も受けてしまったのだ。喋ってくれる相手が増えたのは僥倖と言えるだろう。だが、友人と呼べる相手か微妙なところだ。知り合いが増えただけだし、なんだったら俺は玩具みたいな扱いだ。
ピエロかよ、と一人で頬を膨らませていた。
不良扱いよりはマシだけどさ。
「俺のことはどうでもいいだろ。香奈城、お前はクラスから抜けていいのか?」
「ん? まぁ、僕も友達と食べたいから」
「旧友よりも新しい友人を大切にすべきだと思うが」
「そうかなぁ。僕にとっての親友は、浦島だけだからさ」
それでいいのかなぁ。香奈城がいいって言うなら、それで正解なんだろうけど。
相原ほどじゃないが、香奈城もよく分からないことを言う奴だった。
天気がいいから、窓を開けて教室に風を入れていた。縛られたカーテンがせめてもの抵抗とばかりに裾をはためかせている。覗く窓の外には中庭があって、数人の生徒が外で弁当を広げていた。
昼飯を食べ終わったら、藤棚下のベンチで昼寝しようかな。
もぐもぐと菓子パンを頬張る。中学校では給食があったけど高校は弁当制だった。毎朝起きて弁当を作るのは面倒だから、菓子パンを食べて過ごすことにしている。コンビニで弁当を買ってくるよりも安上がりだし手間もない。朝ごはんはコメかうどんだから、飽きる心配もないだろう。困ったら総菜パンという心強い味方がいるし。
もそもそと口を動かしていたら、一ノ瀬が頬を緩めた。
「どうした?」
「いや、にーちゃんに似ているなと思って」
「そういえば、一ノ瀬には兄ちゃんがいるって話だったな」
「ん? いや、お姉ちゃんだよ」
「意味が分かんないんだけど。え、にーちゃんだろ」
理解を秒でひっくり返されて、一ノ瀬に説明を求める。
彼女はスマホを取り出して、写真がいっぱい入っている画面を見せてくれた。そのうちの一枚を拡大すると、一ノ瀬と、彼女のにーちゃんが映っている。どうみても女の子だった。それも、かなり綺麗な部類に入る。一ノ瀬が彼女の肩にもたれかかっていて、にーちゃんの目元には優しい笑みが浮かんでいる。仲睦まじい姉妹に愛を感じた。にーちゃんは爬虫類のような、どこか人間離れした雰囲気こそあるが、何度見返しても美人だった。
「この人がにーちゃん?」
「うん。二乃っていうんだ。だからにーちゃん」
「へー。次女だから二乃なのかな? 美鶴は三女でミツル、とか」
「違うけど。二乃は長女だよ、私と同級生だし」
マジで意味わかんねーな。
一ノ瀬家の家庭事情は複雑なようで、考える分だけ脳のシワが増えそうだ。求めれば彼女なりの丁寧な説明をしてくれそうだったけれど、話を聞くだけで俺の理解力がレベルアップするほど難しい内容に違いない。これ以上賢くなっても困るから、考えないことにした。
「ま、別にいいか」
心と体の性別が異なっている奴がいれば、指向が他人と異なる奴もいる。歩んだ人生によって性格が変わる奴も、ずっと不変の人間性を抱えて生きていく奴もいる。他人の人生なんて、詮索すればするほどに深くはまっていく沼みたいなものだ。興味はあるけれど、今の俺には扱いきれないだろう。
俺は人の心が分からない。だから宇宙人と呼ばれた。
そんな人間が他人のすべてを理解するなんて、一生かけても無理なのだから。
昼飯も終わったころ、教室の入り口に人影が見えた。
日本人形のような雰囲気の少女で、俺と目が合うや否や弾かれたように消えていった。幽霊や妖怪の類かと不安になって横に座る友人に視線を向ける。ちょうど香奈城にも見えていたのか、その目は廊下に向いていた。
「誰かいたような気がするんだけど。香奈城、分かるか」
「根津さんかな? うちのクラスの」
「ん? それじゃ私、会いに行こうかな」
「知り合いなのか、一ノ瀬は」
「そうだよ。みーことは仲良しなんだ。小学一年生から九年間同じクラスだったし」
すげぇな、と素直な台詞に感嘆符が十個くらい付いた。
ヴイ、と格好良い発音とピースサインを残して、一ノ瀬は廊下へと出ていく。香奈城も一ノ瀬も知っている少女を俺だけが知らないのは不公平な気がして、それとなく聞いてみる。
「根津ってどんな奴?」
「ちょっと暗い子かな。休み時間もずっと本を読んでいて、こっちから話しかけてもあんまり快い返事はもらえない感じ」
「お前から女子に話しかけることもあるのか」
「英語の授業とか、隣同士で発音練習するでしょ。僕と彼女、隣同士だから」
そうなのか? と首を傾げる。うちのクラスではセンテンスごとに一人ずつ読み上げさせられる程度で、そこまで気合の入った発音練習などしていないのだけど。学期末のテストが、俄然心配になってきた。
根津のことを考えながら最後のパンを頬張る。
クラスの女子が近づいてきて、香奈城に話し掛けた。
「ね、香奈城くんだよね。ちょっといいかな」
「え、今は浦島と喋るので忙しいんですけど」
「香奈城、お前な。……用事思い出したから、あとはよろしく。ついてくるなよ」
クラスの女子へ香奈城を差し出すことにした。
中庭のベンチで昼寝するのを用事と言っていいのかは知らないが、香奈城に興味津々な女生徒たちに会話の機会を与えるのは善行に類するものだろう。女性を苦手にしている香奈城に少しでもダメージ、もとい苦手克服のチャンスを与えるべく俺は日々奮闘しているのであった。嘘だけど。
金曜日特有の開放感に軽くなる足取りのまま、階段を駆け下りる。
漫画やアニメじゃ、今日みたいななんでもない日に世界を一変させる大事件が起こる。だけど現実は、平々凡々を積み重ねて出来ていた。宇宙人ってのもただの渾名だし、俺には特別な能力なんてないからな。
そろそろ始まる五月の連休が明けても俺を取り巻く環境が変化することはないだろう。心に住み着いた退屈という怪物を飼いならして、毎日を笑って過ごせれば、俺はそれで満足だ。たったひとつだけ、心配なことを挙げるとすれば。
あの根津って女子に睨まれていたような気がして。
それが少しだけ、気がかりだった。
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