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入学式から一週間経って、高校生活にも慣れてきた。
春休み中に復習をサボっていたこともあって、初回の授業では教師の説明が何一つ理解できずに散々な目にあった。土日休みに香奈城から勉強を教えてもらって、何とか食いついていける程度には学力を取り戻しつつある。良い成績はとれなくていいけれど、せめて平均は欲しい。
でもここ、進学校だからな。
俺の学力でどこまでついていけるか、かなり不安だった。
ケンカよりも、家事よりも。
勉強を優先させるべきだったかなぁ、と天を仰いだ。
「疲れた……」
数学で凝り固まった脳を休めるべく机に突っ伏していたら、誰かがぐにぐにと肩を揉んできた。中学時代の悪名は高校にも広まってしまっていて、同級生は俺に近付いてこない。こんなことをしてくるのは香奈城くらいだったが、それにしては指が細かった。そもそもあいつ、隣のクラスだし。
つまり、と考えて首だけを向ける。相原が犯人だった。
今日も満点の笑みで俺の隣に立つ彼女はセーラー服姿だ。
学ランよりも似合っている。可愛いし。そんなことを思った。
「さぁ、気分転換の時間だぞー」
「うわ、出た。体育の時間になるとめちゃくちゃ元気になる奴じゃん」
「浦島君だって好きだろ? 素直じゃないなァ」
「嫌いじゃないだけで、別に好きじゃないよ。相原と一緒にするなって」
「なにをぉ。くらえっ、体育が好きになるビーィム!」
クラスメイトの視線と笑い声を吸収して、どんどん相原のノリが軽くなっていく。それに付き合わされる身にもなってほしいが、彼女のおかげで俺は居場所を失わずに済んでいる。
不良も美人には弱いんだな、なんて台詞が聞こえてきて、俺は肩をすくめた。
「ん、あー。行くか」
「おうよ、浦島君。その意気だぜ!」
「熱血キャラにでもなる気? 似合わねぇなぁ」
相原はニコニコと、奇天烈な言動をするのが魅力なのだから。
相原が心待ちにしている体育の授業は、香奈城のいる五組と合同で行われる。今は体力測定の時期だから関係ないけれど、五月からは希望者ごとに種目とグループを分けて授業を行っていくらしい。初回の体育はオリエンテーションと施設説明で運動をしていないから、ある意味で今日が初めての体育だ。
教室を飛び出した俺達は、競うように歩を進める。
「ほら、早く早くぅ」
「押すなって、階段で腕を組もうとするのもやめろ」
「着替えたら校庭に集合ね! 今日は体育館じゃないぞ!」
「はいよ。分かってますとも」
相原に急かされてクラスでも早い内に更衣室へと向かう。直前は空きコマなのか、誰もいない更衣室で着替えを済ませた。……これ、あんまり早くても体育大好きっ子みたいで恥ずかしいな。相原と香奈城が入学式の前に騒いでいたこともあって、俺と彼らの知名度は悪い意味で高いのだった。
グラウンドに出て、防球ネットを支えるコンクリートの柱に背中をつけた。手持無沙汰になって腰を下ろす。ぼんやりと空を眺めていたら、相原が駆け寄ってきた。中学の時は男女別だったから、体育の時間に女子がいるというだけで新鮮だ。
肉付きの良い脚が眩しい。
性格に違わず健康的な身体をしているようだ。
「浦島君にヤンキー座り、超似合っているね!」
「それ褒めたのか。褒めたんだよな?」
「そりゃ当然」
「……え、結局どっちなんだよ」
相原と喋りながら、電線に止まった雀を数える。十五匹なのか十六匹なのかで議論を交わしている間に、クラスメイト達がぞろぞろと更衣室から出てきた。遅れると言っていた一ノ瀬の姿を探すが、まだ見つからない。
香奈城はというと、クラスの女の子に絡まれていた。一人とかじゃなくて、グループに囲まれて容姿を褒められている。いや別に羨ましくはないんだけど、香奈城の心労を思うと涙が出てくるな。
「はい、浦島君。キョロキョロしないの」
「首を捻るなよ。前から言うつもりだったんが、お前の距離感バグってないか」
「ん? そうかな。そうなのかな」
肩が触れ合うほどに近い相原が、不思議そうに首を傾げる。
紅やで絡まれるようになった頃から薄々感じていたが、相原の友人に対する距離感の近さは、友人が少なかった俺にとって毒だった。なんというか、近すぎるのだ。親友である香奈城ともつかず離れずの関係を保っていたのに、相原は何かあるたび俺にくっついてくる。少し動けば肘が当たるほどの距離に他人がいることに、俺は慣れていないのだった。
これが女子というものなんだろうか。分からん。
女子の友達なんて中学じゃ一人しかいなかったからな。
「浦島君。あたし、ちょっと離れた方がいい?」
「いや、それはそれで寂しいような」
「えー、わがままー。どっちだよ」
「俺に聞かれても困るんだけど。んー、どちらかと言えば……」
「おっと、答えは保留してヨシ! それまではこのままね」
えい、と相原は肘をぶつけてくる。ヤンキー座りをしていた俺はバランスを崩して尻もちをついた。お返しとばかりに肘打ちを返すと、彼女は器用に避けて俺に第二撃をぶつけてくる。
クラスメイトが校庭に揃うまで、俺達の不毛な争いは続くのであった。
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