08話.[進めてみせよう]
「はい、プレゼント!」
「お、落ち着けよ、クリスマスなのになんで荒れているんだ……」
「それは鉄也が情けないからだよ! だからやりやすくなるようそれを用意したの」
希代さんの言う通りだった、鉄也は情けない男の子だ。
私のことを考えてそうしてくれているのなら逆効果だとはっきり言わせてもらう。
ちょっと自分勝手かもしれないけどいい加減焦れったくなったんだ、クリスマスの特殊な雰囲気を利用して進めてみせよう。
「な、なんでも言うこと聞く券……」
「がばっときなさいっ、私が全部受け入れてあげるから!」
「がばっとって……」
「そうだよ! 抱きしめるでもキスでもなんでもきなさいって言ってるの!」
したいならキス以上のことだって構わない。
私は鉄也って決めているし、そうやって求めてくるからには鉄也だって私と決めてくれているだろうからだ。
別に抱きしめることやキスだけで終わらせてもいい、あくまで内にあるであろう気持ちを全部吐かせようとしているだけだった。
「その前にご飯……食べたいんだけど」
「うん、ご飯を食べようよ」
「姉貴がせっかく買ってきてくれたからな」
残念ながら一時間という話すらなくなった。
敵だと、可愛くないからだと、そう言ってこれだけを残して去ってしまった。
希代さんがいるときにふたりだけの世界を構築して仲間はずれにしてしまう、なんてことにもならないのにどうしてこうなのか。
「やっぱりいつだって食事は大事だよ」
「最近は結月も適当じゃなくなっているしな」
「最近じゃないよ、もう何ヶ月も前からそうなんだけど」
「はは、俺としてはひとりだからってふりかけご飯で済ませようとしなくなっただけで嬉しいよ」
高校生になってからはそういうことも多かった。
だから鉄也、彼も何回も来てくれていたんだと思う。
だけど見ておいてやらなければいけないと考えるのならおかしくはないけど、どうしてそこから好きだということになるのだろうか?
駄目な人間を好きになるとは思えない、本人だって何回もしっかりしてくれよと言ってきていたわけなんだから。
「今年ももう終わるんだよな」
「早かったね」
「ああ、本当だよ」
やっぱり彼的には暑いことよりも寒いことの方が少し得意なようだ。
あんまり寒いと言っていない、むしろこっちが好きだと言ってきてばかりだ。
だからもう慎重ではなくなっているのかもしれないけど、言葉だけだからこっちが物足りなく感じてしまった、ということになる。
遠慮はいらない、ご飯を食べ終えたらこっちから動いたっていい。
好きならそれでいい、やはりそういう目で見られないということなら去ればいい。
「来年のクリスマスもこうして過ごせている、かな」
「そんなの分からないよ、しかもそんな先のこと気にしていても意味がないし」
変えなければいけないのは過去でも未来でもない、いまのことなんだから。
まあ、付き合わない方が変な心配をせずにいられるのは確かだ、この距離感のままでいられるんだからこれまで通りを続ければいいからだ。
「付き合いたいと思っちゃったんでしょ?」
「ああ、いままで通りではいられない」
「分かった」
ふたり分の量だからそんなにかからない内に食べ終わってしまった。
食事も入浴も終えてからゆっくりしたかったからお風呂に入らせてもらう。
元々ベッドに転んだら出たくない人間性なのもあって、歯も磨いてしまった。
そうしたら今度はもちろん彼の番、待っている間は特に緊張したりはしなかった。
「結月」
「いいよ、来て」
彼の希望で電気を消して再度誘う。
彼はまずこちらを抱きしめ、いつもみたいに「好きだ」と言ってきた。
求めてくるなら受け入れるとかそういうことでもないため、今回はちゃんと私も好きだと返した。
「いいか?」
「いいよ」
あっという間に終わっていく。
自分で求めておきながらあれだけど、こういうことは本当にいい雰囲気のとき以外にはするべきじゃないと分かった。
あとね、やっぱり心臓が過労死しそうで怖いのだ、せっかく相手と幸せな関係を築けてもドキドキしすぎたせいで早死にすることになったら嫌だからだ。
「……マジで嬉しいよ」
「ありがと」
「いや、それはこっちが言いたいことだ、受け入れてくれてありがとう」
暗闇でも少し時間が経過したことで目が慣れてきていた。
彼はとてもいい笑みを浮かべていた、だから私も影響を受けて笑ってしまう。
「さっきくれたこれはいつか使わせてもらうよ」
「うん、有効期限はないから」
「あと、これを受け取ってほしい」
「え、もしかしてこれ……」
「そう、調理器具のセットだ、ちょっとここにあるのはくたびれていたからさ」
えぇ、買わなくて済むのはいいけどいまじゃなくてもいい気がするんだけどっ。
まあいいや、彼と恋人関係になれたことをクリスマスプレゼントだと思おう。
他の誰でもない、彼とそういう関係になれるんだから満足しておくべきだ。
「そういえば今日は泊まっていいのか?」
「当たり前だよ、むしろ帰っちゃったら泣くよ?」
「そうか、それなら泣かせたくないから泊まらないとな」
って、キスをした後に普通に会話しすぎでしょ……。
猛烈に恥ずかしくなったから反対を向いて寝転んでおいた。
「ど、どうしたんだ?」とか慌てている彼が少し可愛かった。
「は? どうやって過ごしたか聞いてきてんの?」
「うん、そのまま聞いているんだけど」
本当にあれが正しかったのかどうか、聞いて判断したい。
決してキス以上のことはしていないけど、付き合ったその日にキスというのはどうなのだろうか?
幼馴染ならいいのかな? 最近知り合ったばかりでもないからいいのかな?
なにより、お互いに相手だけを見ていたのであれば付き合った日にそれ以上のことをしようと……。
「会話をしただけだよ、それ以上でもそれ以下でもない」
「うっそだー、瀬奈先輩がそれだけで終わらせるわけがないでしょー」
「じゃああんたは?」
「……き、キスぐらい?」
「キス程度でなに顔赤くしてんの? 余裕ぶっていたくせに所詮それぐらいか」
は、恥じらいがあっていいだろう、むしろ友達が嬉々として異性とキスばかりしている人間ではなくてよかったと思ってもらいたい。
だが、これが経験値の差かと少し悔しく感じている自分がいる。
鉄也も稲澤君に対して似たような気持ちを抱いたみたいだからお似合いなのかもしれない。
「そんな時代はとっくに終わったよ」
「さすが先輩っ、もうぶちゅうっていってそうだよね」
「……自分からしたことはないけどね」
「えー、駄目駄目先輩じゃんかー」
彼女の方がよっぽど恥ずかしがっていそうだった。
付き合えてからは積極的に行動することができなくなって、いつももじもじしていそうだ。
「ま、おめでと、面倒くさい女を振り向かせられて鉄也も嬉しいだろうね」
「面倒くさいは余計だよっ、でも、ありがと」
「ツンデレなの?」
知らない知らない、そんな単語は知らない、しかも私にはツン状態のときなんてないから。
顔を合わせる度にキスをするような人間にはなりたくないからこのままでいい。
今日も稲澤君と話していた鉄也と合流して帰ることにする。
「やっぱり瀬名は経験値が高かったよ」
「俺もあのとき迷って聞いたけど他者なんて関係ないよ、俺らは俺らのペースでやっていけばいいんだ」
「ちなみにどれぐらいの頻度でしようと考えているの?」
「俺はできるなら……毎日一回、かな」
毎日かあ、食事も入浴も終えた後なら大丈夫だろうか?
でも、何回もそうしていたらありがたさがなくなってしまう気がする。
また、興味がなくなってしまうこともありえるかもしれないし……。
「一週間に一回はどう?」
「あ、言っておくけど結月が嫌ならちゃんと合わせるから、ちゃんと我慢するから安心してくれ」
ああもう、そんなこと言われたらと揺れてしまう。
だってこれまで散々我慢して合わせてくれた子なんだ、それなのに付き合ってからも我慢させるというのは大変よくない。
私に向かっての爆発ならいいけど、他の方向へ向かっての爆発は避けたかった。
受け入れておくことでこの関係でいられる時間が増えるというなら私は……。
「我慢しなくていいよ、これまで散々我慢させてきちゃったからさ」
「いや、関係が変わろうと我慢は必要だ、これは俺が悪いだけだ」
悪いとまで言わなくてもいいのに、もう……。
いいか、話も終わったからいまはゆっくりしよう。
「まだ冬休みだからいいよな、どうするか」
「希代さんとも過ごしたいかな、クリスマスは結局過ごせなかったから」
「行くか、最近はちゃんと毎日帰ってくるから俺としても安心できるよ」
他市に家を借りているからこその発言だったみたい。
まあ、そうでもなければどこで過ごしているの? ということになってしまうからそれでよかったんだけど。
「ちっ、敵が来た……」
「もー、そう言わないでよー」
「冗談だ、結月、ちょっと鉄也を借りるぞ」
「どうぞどうぞ、あなたの家族なんですから」
こちらは鉄也の部屋でゆっくりすることにした。
やっぱり瀬名はこっちから誘うと怖いからああいうことはない方がいい。
そういうのもあって短時間で疲れていたから座れたときは落ち着けた。
「そうだ、にしし」
あんまり家に来られないときのために対策が必要だ、だからこれは仕方がないことだと思ってほしい。
「ただいま――って、またか……」
「一枚だけだから許してー」
「俺の服なんて持っていってどうするんだよ……」
「この前みたいに濡れたときにもありがたいでしょ?」
「じゃあ結月の服をくれって言っても嫌だと断るだろ」
だってそれだと完全に理由が不純になってしまうからだ。
妹がいるとかだったらあんまり着なくなった服を兄経由で、というのもありだったのかもしれないけどね。
「ね? いいでしょ?」
「はぁ、もうそれでいいよ」
「ありがとー、ぎゅー」
これで寂しい気持ちにはなりにくくなる、それぞれ別々にテスト勉強をやることになってもそのときのモチベーションとなる。
瀬奈が怖かったものの、満足な一日となった。
「はい、甘酒」
「ありがとー」
残念ながら瀬奈&稲澤君とはここには来られなかった。
でも、
「寒いな、おい鉄也、私を暖めろ」
「無茶言うなよ……」
成人している希代さんとは来られたから不満はない。
暗闇が怖いとかそういうこともないので、待っている間は楽しくお喋りすることができていた。
それにしてもこういうことには「寒いから嫌だよ」とか言って付き合ってくれていなかったのに希代さんなんでだろう。
私達の邪魔をしたいという理由だけでは動けないだろうから、あ、宝である彼とゆっくり過ごしたいからかと自己解決させる。
「結月、私はその寒そうな足を見ているだけでひええとなるんだが」
「え、ミニスカートとかじゃないよ?」
「ズボンでいいだろズボンで、鉄也に見せたいということなら家で見せればいいだろうに」
そういうつもりは全くなかった、私はあくまでいつもの感じで来ただけだ。
さすがに彼も着物までは持っていなかったので、今回は無理やり着させられるということにもならなかった。
やっぱりああいうのは可愛かったり美人な人が着るべきだと思うんだ私。
「……家を離れる前に言えばよかった、俺としても見ているだけで寒いよ」
「ちゃんと長いやつなのに……」
断じてアピールのためにしているとかではないぞっ。
仕方がないから今度から言われないようにズボンを買おうと思うとまで考えて、彼が履いてるジャージの下だけでも貰えばいいんじゃないかという結果が出た。
ただ、あれはそれなりに高いことを私は知っている、だからさすがに簡単に貰うわけにもいかないわけだ。
はぁ、なるべくお金を使わないようにしたいのになあ。
「仕方がない、私の弟を受け入れてくれたということで買ってやろう」
「いいよ、申し訳ないよ」
「弟の服を奪われるよりマシだ」
「うっ、わ、分かったよ……」
それでもいまはと意識を向けたタイミングで新しい年になってしまった。
なんか全くそういう雰囲気を楽しめなかったことになるけど、うん、これもまた私達らしくていい気がした。
「寒いから私は帰る、お前は結月を送ってやれ」
「おう、気をつけろよ」
意識しなくてもふたりきりになるのはいいことなのかどうか分からない。
空気を読んでそうしているということなら必要はないし、ただ帰りたいだけだということなら寂しいことだった。
「帰るか」
「うん」
神社からそう離れていないから家にはすぐに着いた。
「寄っていくかな、初日の出も見るつもりだからさ」
「寒いのが苦手なのに物好きだね」
そうか、ということはまだ一緒にいられるのか。
抱きしめられることよりも、キスされることよりも、ただそのことが嬉しいことだと言えた。
「悪い、一緒にいたかったからそれらしい理由を作ってみただけだ」
「私も一緒にいたかった、だからどうでもいいよそんなことは」
風邪を引かないように、そして寝ないようにお布団だけを持ってきて自分達に掛けておくことにした。
うつ伏せで寝転がっている状態ならさすがに眠たくはならないだろう。
「アルバム見ようぜ」
「いいねー」
もちろん小中時代は実家で過ごしていたから写真がいっぱいある。
ここはまあ、両親次第だから当たり前ではないけども。
「この頃は結月の方がお姉さんって感じだったよな」
「鉄也はちょっとうじうじしがちだったからね」
そのとき抑え続けてきたからこそいまはこんな感じなのだろうか? もしそうなら悪いことだとは言えない気がする。
「だけど途中で身長を抜いて、こっちの方がお兄――」
「いまでも私がお姉さんだから」
「そ、そうか……」
「そ、だからお姉さんがこれからも可愛がってあげますからねー」
やばい、暖かいのもあって瞼がくっつこうとしてしまっているぞ。
初日の出の件は嘘だからどうでもいいけど、せっかく彼がいるのにこのまま寝てしまうのは嫌だ、もったいない。
「これからも頼む」
「んー……」
「ははは、寝ればいい、まだまだこれからもいっぱいいられるんだから」
「んー……、そうするー……」
駄目みたいだったから任せることにした。
お布団と彼の温もりはいまの私には効果絶大だったのだった。
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