07話.[聞いておきたい]

「あんなに暑い暑いって言っていたのにもうこんな季節だね」

「ああ、今度は寒い寒い言いまくるぞ……」


 そういうことばかりに意識を向けているわけにもいかないのに苦手な人は辛そうだった。

 多分、勉強とかにも集中しづらいだろうから露骨に影響が出ると思う。

 でも、願ったところで早く時間が過ぎるわけではないから意味はないんだけど。


「でも、悪いことばかりじゃないよな、だってクリスマスがあるんだから」

「もしかして私と過ごすつもり? 家族を優先しなくていいの?」

「当たり前だろ、うるさかった姉貴も帰ってこないしな」


 彼からしたら当たり前のことらしい。

 私としてはありがたいことだけど、あまりにこっちを優先しすぎているからたまに心配になる。

 家にだって多く寄っていくし、ご飯だって食べていくときだってあるんだから昔から知っているとはいってもそろそろ文句を言われるんじゃ、とね。


「それなら私も過ごすとしよう、クリスマスなんかにふたりきりにしたら悪いことをしそうなふたりだからな」


 突然聞こえてきた低い声、ばっと振り返ると不敵な笑みを浮かべた希代さんがそこに立っていた。

 相棒が家にいないとか言っていたからついつい見てみたら、ぶんぶんと首を振られてしまう。


「結月、お前は昔となにも変わらないな」

「私は私……だから」

「だが、結月はそのままでいい、問題なのは弟の鉄也の方だ」

「鉄也も同じままだよ?」

「違う、よくない感情が強すぎる」


 苦手だと感じているのは大好きなのにわざと冷たく対応するところだった。

 相棒も希代さんが相手のときは複雑そうな顔になってしまうから嫌だった。

 だけど偉そうになにかを言おうものなら余計に悪くしてしまう可能性だってあるからそんなことはできない。


「少し前まではそんなに強くはなかっただろう、どうしてそうなった?」

「それは……結月が断らずにいてくれているからだ」

「結月、お前はいいのか? 迷惑ではないのか?」

「迷惑なんかじゃないよ、むしろ嬉しいぐらいだから」

「そうか、それなら最初の一時間は私もいていいか?」


 断る理由もないからうなずいておいた。

 別にその日ずっと一緒にいてくれても問題はない。

 相棒的にはどうか分からないけど、一緒にいられればいいというのは嘘ではないからだ。


「ケーキとかはこっちが買ってやろう」

「そ、それよりふたりきりにしてくれることの方が嬉しいんだけど」


 最近の相棒は自分の気持ちに正直になりすぎている気がする、抑えつつでもあれだけだったんだから抑えなくなったらそうなるのかなと。


「だから一時間と言っているだろう、その後はいくらでもゆっくりすればいい」

「いやいやっ、流石に泊まったりしないからなっ?」


 あ、そこは遠慮するんだ、相棒はよく分からないところがある。

 未だに大胆になりきれないのは私の態度が影響しているのだろうか?

 あれからはこっちも変えているつもりだけど、もしかしたらもっとはっきりしないと相棒的には足りないのかもしれない。


「ん? 鉄也が結月と決めていて、結月が嫌がっていないならいいだろう?」

「いや……、クリスマスなんだぞ?」

「まあまだ先の話だ、やらなければならないことをやらないとな」


 確かにそうだ、やることをやってからじゃないと楽しめない。


「結月、どうしてお前はこんなに非効率なことをしているんだ? 実家は近いのにひとり暮らしなんかして」

「だらだらしすぎていたから、かな」

「でも、安いわけではないだろう?」

「うん、そこは……ずっと気になっているけど」


 だから社会人になったら少しずつ返すつもりでいる。

 時間がかかっても少しずつ、積み重ねていけばいい。

 ここの家賃だけならそうかからない内に返せる……という考えは甘いか。

 近くてなるべく安いところをと頼んだんだけど……。


「ま、結月のご両親が許可をしたからこそ実現しているわけだからな、私が変なことを言っても意味がないか」

「いや、もっともなことだから」

「この話はもう終わりだ、私はゆっくりするからいまやらなければいけないことをしてくれ」


 希代さんは床に寝転がって目を閉じる。

 鉄也はそこに近づいて肩に触れた、だからすぐに開くことになった。

 なんで起こしたんだろうと気になっていたら「なんで当たり前のように姉貴がいるんだよ」と答えはすぐに知ることができた。


「お前もそうだろう、どうして当たり前のようにいるんだ?」

「結月に変なことをされても困るからな」

「結月を困らせるのはお前だろう、どうせその内側は――」

「当たり前だ、俺は結月が好きなんだ。だったら、そういうことだってしたいと思うのが普通だろうが」


 普通――人によって違うけど私と鉄也のそれはそんなに変わらない気がする。

 って、これもあれか、そうであってほしいという願望か。

 だから私もまあ、鉄也のペースで動いてしまっているということだった。


「その割には結月、お前は物足りないという顔をしているな」

「ああうん、だって鉄也は物凄く慎重に行動しているから」

「いやいやっ、だって完全に欲求を優先したら酷いことになるんだぞ?」


 これまで一度も酷いことになったことがないからなんとも、結局は想像の域を超えないことだ。

 暴力は嫌だ、だけど痛いこととかじゃなければ全く構わない。

 つまり、あっち方向に対することなら私としては受け入れられるということ。


「とても嫌がっている顔には見えないが」

「いやいや、だって……」

「ふっ、結局私の弟は情けない男だということだな」


 煽られれば感情的になるかと思えばそうではなく、鉄也は近くに寝転んで「どうせ俺は情けない男だよ」と言うだけだった。

 自分のペースでやってほしいからこちらからなにかを言うことはしなかった。




「なあ、稲澤はクリスマス、八敷とどう過ごす?」


 先に進んでいる先輩の意見を聞いておきたい。

 今日は丁度、結月が八敷と過ごしているからこそできることだ。

 本当にこういうときでもないと一緒にいられないからそこだけは少し微妙だった。


「残念ながら一時間ぐらいしか一緒にいられないんだよ、クリスマスプレゼントを渡して会話をするぐらいかな」

「抱きしめたりとか……しないのか?」

「あれ、いちいち言わなくていいと思ったんだけど、言った方がよかったかな?」


 言うまでもないこと、当たり前だということ――その差に再び微妙な気持ちに。

 結月のためだとか言って俺は言い訳をしているだけなんだ。

 だからってやっぱり、全部出していくのが正解だとも思えない。


「もういいかな?」

「あ、ありがとな」

「うん、じゃあまた明日」


 なんとなく帰る気にならなくて椅子に座っておくことにした。

 ただ、こうしていたところでなにかが変わるわけでもないんだよなという答えが出て、結局すぐに荷物を持って帰ることにした。


「よ」

「八敷? 結月は?」

「いるよ、鉄也の後ろに」


 振り向いてみたら確かに結月が立っていた。

 多分、俺が俯きながら歩いていたからだと思う、そうでもなければ流石に気づく。


「降参だ、なにをすればいい?」

「はい? 別になにかを求めているわけではないですが、あ! どうしてもなにかをしたいということならそいつにしてあげて」


 しかもそのまま去られてしまったという……。

 ちなみに結月はにこにこ笑っているだけ、こっちに向かって「瀬奈らしいなー」なんて言っているだけ。


「相棒、そういえば今日はなんでちょっと遅いの?」

「先輩に聞きたいことがあってな、でも、差を見せつけられて微妙な時間だったよ」

「先輩……ああ、稲澤君のことか」

「結月、別に名字呼びを続けることはないんだぞ?」


 仮に他の男子と仲良くなったとしても、付き合えなくても、それは自分の努力不足ということで終わってしまう話だ――と思っていたんだが、いまははっきりとそれじゃ嫌だと考えてしまっている。

 だから矛盾している、俺のためにではなくても続けてくれていることを嬉しく感じてしまう。


「瀬奈はともかく、稲澤君は本当に瀬奈にしか興味がないからね」

「だけど稲澤は『結月さん』と呼んでいるだろ?」

「関係ないよ、何度も求めてくるのであれば話は変わるけどねー。それより今日は相棒の家に行くね、私が手料理を振る舞ってあげ――お? なーに?」

「それよりこれがいい」

「外でこれはなー、家でふたりきりとかならいいんだけどー」


 勝ち負けではないがこういうところも悔しいよ。

 なんというかそう、弟的な扱いをされてしまっているからだ。

 こっちがわがままなのに優しい笑みを浮かべて「どうしたの?」と聞いてきてくれている感じだ。


「行こうよ、ご飯の後でもいいでしょ?」

「……なんでそんなに強いんだよ」


 このままじゃ嫌だ、でも、これなら……と期待してしまっている自分もいる。

 だってこっちがなにかをしなくても相手の方が動いてくれているからだ。

 いやまあ、ちゃんと気持ちを吐いたりしてなんにもしていないわけではないか。


「知らないよ、あ、言ってなかったけど私はね、相棒にわがままを言ったほしかったんだよ」

「わがままはいつも――」

「足りませーん、はいはい行こー」


 俺より強い人間だということは昔から分かっていた。

 こっちが物凄く緊張しているときに「肩の力抜きなよー」とか言って笑ったり、やったことがないことを任されても「楽しそー」とか言ってドヤったりしていた。


「悪かった、しっかりしているのに偉そうに言ってさ」

「んー?」

「過保護……だったところかな」

「違うなー、やっぱり私と相棒は違うよー」


 そんなの……当たり前だ、一緒ならなにも面白くない。

 むしろ俺と一緒なら好きになっていない。


「過去は変えられないよー、考え込んでも悪くなるだけだよーん」

「なんで今日はそんな感じ?」

「瀬奈と美味しいもの食べてきたから! いまの相棒に必要なのもそういうパワーだと思うんだよ」


 そうか、じゃあ頼らせてもらうことにしよう。

 彼女が何度も言っていた、一緒にいられればいいというのは確かなことだった。




「手伝ってもらって悪いな」

「気にしないで」


 最近はよく希代さんと遭遇する、そうしたら自然とこういうことになる。

 免許だって車だって持っているのに歩くことが好きなようだ。

 ちなみに、静かに横を通り過ぎようとしてもにやにや顔でこっちの意識を持っていくからずるいと言えた。


「希代さん、あんまり帰ってないんじゃなかったの?」

「そうだな、だが、やっとまとまった休みを取れたからな」


 どういう仕事をしているのか分からないけど、こういう言い方をするということは凄く大変なところなのかもしれない。

 この前の考えは甘すぎた、すぐにお金を返せるわけがない。

 というか、そもそもまともなところに就職できるのかどうかも……。


「き、希代さん、私ってちゃんとしたところに就職、できるかな?」

「さあな、そんなの結月の努力次第で変わるだろう?」

「も、もっともだー」


 こればかりは自分が頑張らないといけないことだ――って、これをあと何度死ぬまでに言うんだろう。

 とにかく、そして近くにいる人が全く関係ないわけじゃないという考えになるんだよね。


「ここまででいい、手伝ってくれてありがとう」

「うん、それじゃあ――」

「待て、やっぱり寄っていけ」


 で、何故か数分後には私の家にいた。

 寄っていっていいかと言い間違えてしまったのだろうか?

 本人はあくまで目を閉じてなんでもないですよ感を出しているだけだ。


「私は鉄也が気に入らない、理由は分かるか?」

「年頃だから? 優しいお姉ちゃんでいるには恥ずかしいとか?」

「そうだっ」


 ち、力強いな……。


「ああ~、鉄也はあんなに可愛いのに私は全く可愛くない、しかも弟の好きな人間に嫉妬してしまっているしな……」

「嫉妬しているの?」

「当たり前だっ、お前は私から宝を取ろうとしているんだぞ!」

「生んだわけじゃないのに……」


 離れていた人間が言うにはよく分からないことだった。

 それだったらずっと一緒にいるべきだろう、仮にそうでも相棒なら面倒臭がったりはしない。

 証拠は私だ、私といられるんだから家族である希代さんと過ごすことぐらい余裕なことでしかない。


「ん? 今日はご両親が来る日なのか?」

「いや、相棒だと思うよ」

「は? なんで鍵……お前まさか!?」


 いやだってひとりで相手をしたくなかったんだもん、それなら相棒を頼るしかないじゃないか。

 瀬奈はね、こっちが呼ぶと不機嫌になるから駄目なんだよ。

 稲澤君なんていちいち出すまでもない、仲良くしたいとか言っておきながらあれから一秒も一緒にいる時間が増えていないんだからね。


「来たぞー」

「お前! なに簡単に受け取っているんだ!」

「え、それは求めたら結月が『いいよ』と言ってくれたからだけど」

「なんでそれで当たり前のように受け取っているんだ!」


 逆効果だった、むしろ余計に暴走が酷くなった。

 数分の間は言い争い(片方だけ)をしていたものの、希代さんの方が疲れて終わることになった。


「つまり、希代さんは素直になれなかったというだけだよ」

「え、俺のことが好きなの?」

「はあ? 好きなわけがないだろうが!」

「だよな、好きなら普通に対応してくれるよな」


 素直になれないと苦労するということをこの件で知った。

 幸い、私も相棒も瀬奈も稲澤君も、全員正直者だからそういう点での問題はない。

 だけどもう二十歳を超えているのにこのままだと希代さんは……。


「間違いなく行き遅れるな、これ」


 これは相棒も悪いな、どうしていちいちそういうことを言ってしまうのか。

 普通に対応してほしいなら多少は抑える必要があるんだ。

 納得がいかないときでも愛想笑いぐらい浮かべられるようにならないとね。


「あ? おいお前っ、言っていいことと悪いことがあるだろうが!」

「だけど姉貴、そろそろ本当に興味があるなら動かないと」

「……あのなあ、誰だってお前と結月みたいに関係のいい相手がいるというわけじゃないんだぞ?」


 自分に問題がある場合は余計に難しい話となる。

 相棒がいてくれてよかったと感じている自分と、これでいいのかと申し訳無さを感じている自分がいる。


「うわーん! 鉄也が意地悪するー!」

「よしよし、大丈夫だよ、焦る必要なんかないよ」

「はっ!? こいつも敵だあ!」


 あっ、出ていってしまった。

 長く会っていなかったからなにが正解なのか分からない。

 敵か、あれ、そういえば敵対視されたことがないな私。


「おかしい、相棒とずっといたのに敵視されることがなかった」

「当たり前だ、俺はモテるわけじゃないんだから」


 そんなわけがない、一ヶ月に最低でも一回はされてきたじゃないか。

 なんでそこで変に嘘をつくのかが分からない、堂々としていればいい。

 私だってそういうところで引っかかったりはしない、というか、なんでも制限しようとする人間が相手だったら嫌だろう。


「残念少女だからなのか? もしかして、私程度じゃ相棒をどうこうできるとは思われていなかったから!?」

「だから違うんだって、俺がモテないんだからそうはならないってことだ」

「こんなにいいのにっ?」

「俺は結月からそう言ってもらえるだけで十分だよ」


 なんでもそういうことを言っておけばいいと思っている。

 私がそんなことで喜ぶと思ったら、納得すると思ったら大間違いだ。

 でもまあ、本人がこう言っているのにごちゃごちゃ言ったところで届かないことは分かっている、だからそれについては黙っておくことしかできなかった。


「なんかむかついたから休んで!」

「ぐえ!? な、なんでいまの内容からむかつくんだよ……」

「知らないっ、鉄也が悪いんだから!」


 くそくそ、結局なにも変わっていないんだから。

 いいって何回も言っているのにがばっとこない。

 こんな思考ばかりしていたらまるでえっちな子みたいじゃないか。

 だってそうくることを望んでしまっているんだからどうしようもない。

 こっちが恥ずかしい気持ちを味わう前に動いてと願っておいた。

 もうあのときのことはどこかにいっていた。

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