06話.[どう見てみても]
「で、テストは無事に終わったわけですが」
「なんで敬語? 約束を破ったりしないよ?」
やっぱりなしということになっても構わない。
楽しむためにも頑張ったというだけだった、仮にそれがなくなってもテストが無事に終わったことになるんだから問題にはならない。
ちなみに鉄也は「普通に返すなよ」と言って嫌そうな顔をしていた。
「さて、鉄也はどこに行きたいのー?」
合わせるつもりだからこっちの意見はどうでもいいだろう。
というかきっと相棒がそんなことをさせない、デートということになれば絶対に自分で考えようとするはずだ。
「そりゃデートなら映画とか見て、ご飯を食べて、という感じじゃないか?」
「その後はどっちかの家で過ごすのもいいかもね」
「お家デートってやつか、それって普段となにも変わらないよな」
「変わらないこそいいんでしょ、正直、鉄也といられればどこでもいいしー」
きっとこれは瀬奈も同じだ、程度の差はあっても似たような思考をしているはず。
でも、相手からしたらそれだけでは足りないのかもしれない、色々なことをしてもっと相手から評価されたいのかもしれない。
それだけではなく、そういう風に求めてもらえるように頑張ろうとするのかもしれなかった。
「なんかさ、俺がいくら頑張ってもきっと結月には勝てないと分かったよ」
「どれぐらいかは分からないけど、好きになってしまったからじゃない?」
「そういうことかな」
振り向かせようと頑張る側だったら私だってこんな余裕な態度ではいられない、逆の立場になったら彼よりもずっと悔しい気持ちなんかを味わいそうだった。
ただ、この前も話したようにこっちには影響がありまくりだった。
むしろあれからは慌てたりすることもなくて不安になっているぐらいなのに、よくもまあ好き勝手に言ってくれたものだ。
「私は悔しいよ。デートって言ったときはあんな反応を見せてくれたのに、何故か今日まで普通だったからさあ」
「そっちにばかり意識を向けているわけにもいかなかったんだ。楽しめるよう頑張るって結月も言っていただろ、だから俺も同じ考えで頑張っていたんだ」
「むー、なんか嫌だなー」
それにしたって相棒はすぐに帰りすぎだ、何度も泊まってくれとか無理なことを頼んでいるわけではないのに三十分もいてくれなかった。
私よりも優秀なのに「悪い点を取ったら嫌だから」とか言ってきてさ、最後辺りは嫌味かな? なんて考えたぐらいだ。
なんというかさ、あれだけ言ってきていたくせに態度が伴っていないというかさ、もうちょっと大胆にきてくれたっていいと思うんだけど……。
「口先だけなんですか、私を試していたんですかー?」
「違うよ、俺程度だと両立は無理だったんだ。だけど今日でもう終わった、これからは本気でいくからな」
「本気ねー、その割にはなにもしてこないんだからー」
とはいえ、いまは求めていないとか言った私も悪いのだ、受け入れられる的なことを言われた後にそんなことを言われたら相棒だって不安になってしまうよね。
だからこれは逆ギレみたいなものだ、そして、待ててはいないことになる。
「ごめん」
「は、なんの謝罪だよ?」
「私は矛盾しているから、鉄也は我慢してくれているだけなのにさ……」
きっとそうだ、願望みたいなのも含まれているけどきっとそう。
嘘なんか言ってない、本当に今日から動こうとしているんだと思う。
少しずるいけどこっちは待つだけだ、受け入れておけばがっかりさせることはないはずだった。
「なんだ、無理とか言われると思って心臓が止まりかけたんだけど……」
「そんなわけないよ」
本当に悪い状況でもない限り嘘をついたりはしない、これまでだってなんでも吐いて生きてきた。
そういうのもあって、私はこれからも私らしく生きていくだけだ。
だけどもし、もし私が待っているだけだと不安になってしまうということなら、なにかをすることで安心できるということなら頑張りたかった。
一回矛盾してしまったら死ぬまでにたくさんしようと問題ないかなと開き直る。
「お、おいっ」
「何回も言うけど弄びたいわけじゃない、私は鉄也といたい」
「急に変わりすぎだろ……」
「そう? 私はずっとこんな感じだったよ」
大きくなってごちゃごちゃ考えるようにならなければ小学生時代にはそういう関係になれるよう頑張っていた。
もっとも、そのときから相棒が好きだったのかは分からないからあんまり意味のない妄想ではあるけど。
「ね、私のこと好き?」
「好きだ」
「うん、それなら私もそのつもりでいるから」
そういう関係になりたくなったらぶつけてきてと言っておいた。
そ、そこはさ、やっぱり女だからしてきてほしいというか、うん。
「デートは土曜日でいいよね?」
「おう、早い方がいいからな」
「じゃあそれで、それなら今日は家でゆっくりしよー」
これでまた課題がある日以外はごろごろゆっくりとすることができる。
相棒とだってあんまり一緒にいられなかったから取り戻すのもいいだろう。
「足、いい?」
「いいぞ」
今日はこっちの方から借りることにした。
このある程度の硬さがある感じなのが私にとっていいことだった。
「……濡れたな」
「うん、濡れたね……」
集合したときと二時間ぐらい遊んでいたときは晴れだったのに一気に変わって私達は濡れ鼠になった。
「走るか、どっちの家にする?」
「それならやっぱりいつも通り私の家かな」
「そっちの方がいいな、結月の着替えもあるから」
走ることは嫌いじゃないからと頑張ろうとしていたら持ち上げられたて固まった。
相棒は「じっとしていてくれ」と言って走り出す、地面に足が触れているわけではないのに不安な状態になったりはしなかった。
「はぁ、はぁ、着いたな……」
「自分で走れたのに……」
いやまあ、それなら先に言えよって話だけど。
実際にしてもらってから言うのは卑怯だ、なにをしているんだと呆れた。
「……今日はあの日と比べ物にならないぐらい透けていたからな」
「え、もしかして……」
「ああ、それもな」
今日に限って濃い色の服じゃなかったということになる。
学校のときと違って下になんか着ていたわけではなかった。
「ありがと、お風呂入ろうよ」
「結月がな」
「駄目だよ、絶対に先に鉄也に入ってもらうから」
中学生のときにぱくった相棒の服とズボンがあるから問題ない。
元自分の服となればノーパンツでも大丈夫だろう。
いやとかでもとか言っていた相棒をお風呂場に移動させ、こっちは玄関のちょっとした段差に座って待っていた。
「下着か」
別にそれで相棒をどうこうとか考えたことがなかったから至ってシンプルな物だ。
質とかにもこだわっていないから安価だし、なにより、安価だからこそ多少雑に扱っても引っかからないというメリットがある。
だけど……もし抑えきれなくなってがばっとこられたときにそれだとちょっとね。
だからってやっぱりそのために際どいやつを買うというのもちょっとというのが現実だった。
「ほら結月っ、早く入れよっ」
「はーい」
お湯を溜めているわけではないからささっと洗って戻ってきた。
濡れてしまった場所を拭こうとしたら相棒が既にやってくれていたからベッドの側面に背を預けて座っておくことにする。
「なんで俺は食事を優先したのか……」
「映画とか見たかった?」
「ああ、映画を見た後はゲームセンターとかに行って遊びたかった」
映画館は残念ながら近くになくて電車とかに乗る必要があった。
本当はそのつもりだった、だけど相棒のお腹が鳴ったからご飯を先に食べようという話にしたのだ。
ジュースを飲むことや話すことに夢中になって一時間半も消費してしまった結果が濡れ鼠へと繋がっている。
駅もゆっくり歩くと地味に遠い場所で、というやつだった。
「見ているときに鳴ってもあれだし、結月がこう言ってくれているんだからと決めたことは後悔していない。でも、そのタイミングで腹が鳴ってしまう俺が悪いんだ」
「まあまあ、また何回でも付き合うからさ」
それにこれぐらいの緩さは私達らしくていいじゃないか。
いまさらそんな失敗でどうこうなってしまう関係じゃない。
相棒的には物足りなくてもこちらとしては満足できているんだから落ち込む必要なんかないのだ。
「……なんで結月はそうなんだよー」
「私は私だよ、だって鉄也が悪いわけじゃないんだしー」
「結月は怖いよ、いつもにこにこしていてさ」
え、そうかな? 相棒とかが相手ではないときは露骨に変えていそうだけど。
相棒限定であってもということならそういうことなのかもしれない。
「最初はただの仲がいい幼馴染だったのに俺が壊した。そういう言葉を聞いたり、可愛らしい笑みを見る度によくない感情が高まっていった」
「意識してそうしていたわけじゃ……」
「ああ、だから俺が壊したって言っているだろ? 俺が勘違いしないで我慢できれば多分結月が求める落ち着く距離感でいられ――……だからそういうところだぞ」
「夏休みのときはそうだっただけ、もうあのときは違うんだよ」
決して惑わせたくてそういうことをしていたわけではない、が、そんなことを言われて嬉しく感じないわけがない。
なにより相手は他の男の子ではなく相棒だ、鉄也だ、それならなおさらというやつだろう。
「ふふ、そっちこそ私を勘違いさせようとしているんじゃないの? 私にとって嬉しいことを吐けばいいと思っているんでしょ」
「勘違いさせたいんじゃない、振り向いてほしいんだ」
「だからさー……」
鉄也はこの前みたいにこっちを抱きしめて「分かってくれ」と。
何回も言われて困っているからこんなことを言っている場合ではないのだ、あまりにも真っ直ぐすぎてついつい遠回りしようとする自分がいるからこういう反応になるのだ。
でも、今回はそんなことはしない、というかできない。
「はいはい、私なんてもうとっくの昔に振り向いているんだけどなー」
「結月にとってのとっくの昔って随分近いんだな」
「ははは、確かにっ」
だけど前であることには変わらない。
なので、細かいことは気にしないようにしておいた。
「手伝ってくれてありがとう」
「気にしなくていいよ、ほら、私は放課後暇人だから」
自分のためにしか作らないから急ぐ必要すらない。
怖いところが苦手ということもないし、完全下校時刻まで付き合うことになったとしても構わなかった。
まあ、言ってしまえば相手が知っている稲澤君だからだ、それ以外の人だったら一時間ぐらいしか付き合うことはできなかっただろう。
「ここって結構使われているの?」
「うーん、テスト週間だったら、かな」
「そっか」
反対側の校舎にあるから仕方がないのかもしれない。
だけどここは寝るのに丁度いい感じがした。
電気を点けずに、そしてずっといさせてくれれば翌朝までぐっすり寝られる自信しかない。
「よし、任された分は終わったよー」
「ありがとう、結月さんは座って休んでて、家まで送るからさ」
「え、大丈夫なの?」
「瀬奈には言ってあるから大丈夫だよ、瀬奈も『あいつならまあ』と言ってくれたから心配しないでいいよ」
「それならお願いしようかな、稲澤君とも話したいからさ」
それこそこういうときでもないと話せないというやつだった。
いやもう本当に付き合ってからは護衛並に一緒にいる瀬奈が怖いのだ。
「稲澤君」と声をかけつつ近づいたら多分切り捨てられる、なんてね。
「お疲れ様、それじゃあ鍵を返して帰ろうか」
「うん、帰ろー」
外で待っていてほしいと言われたから待っていたらすぐに稲澤君が来てくれた。
こういうことは滅多にないから少し緊張している自分がいる。
これは瀬奈に怒られてしまうかもしれないというそれだけではなく、彼とふたりきりになることが滅多にないからだろう。
「途中から瀬奈しか見えていなかった、だから僕はもったいないことをしたと思っているよ」
「はは、まさかそんなことを言われるとはー」
「きみとだって出会ったんだ、それなのにこっちは醜く嫉妬しただけだったよ」
そんなこと言われるとはと言いたくなる機会は二度あったということだ。
まさか同性のこっちにまで嫉妬してくるとは考えもしていなかった。
そう考えると相棒はいつも冷静な対応ができていたな、彼はいい奴とかそういう風に言っていただけだし。
あ、いやまあ、だから相棒の方がすごいとか言うつもりはないけどね。
彼には彼の、相棒には相棒のよさがあるというだけの話だった。
「これからも仲良くしてね」
「うん」
「あとは瀬奈をよろしく、あの子、結月さんといたがっているから」
「ははは、瀬奈は優しいなー」
瀬奈の方は学校のときはこっちを優先してくれようとしているのが伝わってくる。
すぐに教室に来てくれるし、なんなら遊びにも誘ってくれるぐらいだから最初のあれが余計におかしく感じてくる。
相棒のことを狙っているから無条件で近くにいられる私のことが嫌いなんだと考えたんだけどなー、実際は全く違ったわけで。
「聞いていいのか分からないけど、鉄也君はどうなの?」
「んー、ちょっと変わったかな」
「おお、凄く慎重にやっているんだね」
間違いなく相棒は慎重にやっていると言えた。
自惚れでもなんでもなく、自分の欲求を完全に優先するのであればもうがばっとこられていると思うからだ。
「ねえ、瀬奈と付き合う前はごちゃごちゃ考えちゃったりした?」
「したよ、お風呂で三時間ぐらいどうするべきかって考えたぐらいだよ」
「そっか、やっぱりそういうことが誰にでもあるよね」
「振り向かせないといけない側だったからね」
分かるときは延々にこない……はずだ。
私が相棒と付き合って、それだけではなくいつかはきっと……をする。
やっぱり離れたくない、自分が決めたことは守るから矛盾していない。
問題なのはいつか相手が離れたいと言ったときにそれを受け入れるかどうかということだけだった。
「着いたよ」
「あっ、はは、送ってくれてありがと」
「うん、それじゃあまた明日ね」
なんか会いたくなってしまったけど我慢してご飯を作ることにした。
美味しいと言ってほしいからひとりでも頑張れる。
その途中、何故か炭酸が飲みたくなってしまったから食べ終えた後にスーパーに行こうと決めた。
こういう欲求というのはいまみたいに我慢すればするほど欲するようになってしまうから駄目なのだ。
気持ちよく寝られなくなってしまっても嫌なのでと、ほとんど正当化しつつ調理と食事を終えた。
「ふふふ、なんか夜に出ることってあんまりしないから新鮮――ぎゃあ!?」
「うるさいんだけど、裏切り者さん」
「せ、瀬奈か……って、なんで裏切り者扱いをされているの?」
「なに仲良く帰ってきてるの!」
い、言ってあるから問題にならないんじゃなかったのか稲澤君っ。
いまの彼女は物凄く怖い、普段全く怒らない相棒が怒ったときより怖いぞっ。
「はぁ、連絡はしてきていたからそれは許す。だけどね、いまからなにをしようとしていたのかなあ?」
「ちょ、ちょっと炭酸を買いに行こうと――」
「馬鹿! 夜にひとりで出歩こうとしない!」
え、そう言っているあなたはどうなの……?
どこをどう見てみても彼女ひとりの姿しか見えない。
透明になれる薬があるわけでもないし、魔法があるわけでもないし、というか、そんなことをする必要はないからひとりということになるけど。
「私も行く、そのかわり一本奢って」
「いいけど……」
「いいから行こ」
向かっている途中「ごめん、私も鉄也と一緒に帰った」と教えてくれたけど、なにを気にしているのか分からなかった。
稲澤君の彼女という点でも、また、仮にそうでなくても全く問題ではないからだ。
これぐらい気にしろよと教えてくれているということなのかな?
分からないから黙っておいた。
十月後半の外はいまさらだけど少し冷えるぐらいだった。
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