05話.[だけど好きだよ]

「よし、どうだ?」

「おお、なんかいい感じ」


 私でもいい感じにしてくれるんだから浴衣パワーはすごい。

 自分だけではできないことになるけど、誰かがいてくれれば変われるんだから悪く考える必要はないだろう。


「それにしてもなんで鉄也ができるの?」

「姉貴に強制されていたからな」

希代きよさんかー、あんまり話したことないなー」

「だろうな、ちなみにこっちも最近は全く話せてないよ」


 他県で暮らしているから実家に帰ってくることは少ないらしい。

 たまにふらっと帰ってきても大抵は学校のときで会えないままで終わるみたい。

 私としては少し苦手な人だから積極的に絡みに来る人じゃなくてよかったかなー。


「行くか、稲澤達も待ってる」

「うん、行こー」


 ただ、いつもみたいに楽しめるのかどうかは分からなかった。

 なんというかそわそわする、隣に相棒がいてもこうだから浴衣を着てしまった時点でという話だけど。

 それにしてもねー、急に「浴衣、着るよな?」とか笑顔で言われても困るよ。

 我慢するのをやめたみたいだけど、それで恥ずかしい思いを味わうのはこっちなんだからさ。


「手を繋がないか? ハイテンションにならないために、俺のためにも頼む」

「いいよー」

「よし、じゃあゆっくり行こう」


 と言っている割にはいつもより少し早い歩行速度だった。

 焦っても仕方がないのに、まだまだ余裕があるのにこれなんだからおこちゃまだ。

 でも、斜に構えず楽しもうとしているところは可愛くていいかも……って、私も駄目だなと内で呟いた。

 明らかに浮かれてしまっている、あと、甘いのはこっちもそうなのかもしれない。


「あ、あんた遅いんだけど」

「むしろ瀬奈達が早いんだよ」


 まだ十七時前なのにこんな言われ方をするとは思っていなかった。

 ハイテンション、浮かれてしまっているのは彼女も一緒なのだろうか?

 まあ、こういう日にぶすっとしているよりかはいいか。


「牛船さん、よく似合っているね」

「ありがとー。ちなみにこれは鉄也がやってくれたんだー、これだって鉄也が買ったやつだからねー」


 そうしたら何故か瀬奈が「え、鉄也……」と呟いていた。

 何故か鉄也も慌てて「か、勘違いしてくれるなよ? 結月に着てほしくて買ってきたんだ」と答えていた。


「じゃあ持ち帰るってことでしょ? 家に帰った後は……」

「しないよっ、稲澤、相棒を止めてくれ」

「ははは、瀬奈らしいね」

「駄目だ、稲澤はもう洗脳されてしまっている……」


 洗脳されてしまっているのは正直、鉄也もそうだった。

 あまりにもこっちを優先しすぎていて不安になる。

 自分のことをしてと言ったところで「これが俺のしたいことだ」と何度も返されて終わった。


「じゃ、私と結月で見て回るから」

「「「え」」」

「どうせそれぞれふたりきりになったら一緒に来ていることなんか忘れて世界を構築してしまうでしょ? だから最初の一時間ぐらいはそうしようと思ってね」


 なるほど、特に彼女と彼ならそうしかねないからいいことかもしれない。

 一時間だけならということでふたりも納得していたので、早速、彼女と一緒に見て回ることにした。

 軍資金はそれなりにある、だから最初の一時間で全てを使い切ってしまうということもないだろう。


「で、どこまで進んだの?」

「泊めたぐらいかな」

「はあ? え、マジ? ……なんであんた達がそんななの」


 いやだから、そうやって積極的に動ける人ばかりではないんだってば。

 それこそ慎重に動かないと仲良くするどころか一緒にいることすら不可能になってしまうかもしれない。

 やっぱり怖いよ、ああいうことを言われてしまったからこそ怖くなる。

 いままで通りでいいのかどうかとか、そういうことをよく考えてしまう。


「こっちなんかもう付き合い始めたんだけど」

「え、おめでとう。でも、それなのによくいま別れたね」


 そういうときこそふたりきりでいたいと考えると思うけど。

 相手が鉄也だからこそだろうけど、うん、彼女は不思議なことをした。

 だけどこういうところが好きだったりする、敢えてこっちを優先してくれようとしてくれるところがね。


「こういうことを聞きたかったの、あとはまあ……友達だから? 少しでも一緒にいないと夏休みが終わった後に『え、誰ー?』とか言われかねないから」

「そこまで頭が残念ではないよー」


 彼女達が付き合おうと私達が付き合おうとそこは変わることはない、相手が離れたがるまでは一緒に居続けると決めているからだ。

 相手から来てくれる分には自分の存在が相手にとってどうこうと考えなくて済むので、これからもそういうことが多ければいいなと願っている。


「つか、泊めたことってあんまりなかったの?」

「ないよ? 家に来ることは多いけどね」

「なんなのあんた達……」

「幼馴染だよ、基本的にはこんな感じだよ」


 こんな会話をしている間に三十分ぐらいが経過した。

 で、意外にも我慢できなくなったのは稲澤君で、結局、一時間もしない内に鉄也とふたりで行動することになった。

 瀬奈と同性の私にも嫉妬できてしまう子だから違和感はないものの、なんとも言えない気持ちになったのも確かなことだった。


「鉄也、あのふたりはもう付き合い始めたんだって」

「稲澤が教えてくれた、あっという間だったよな」

「私が瀬奈とこそこそしていたおかげだね」

「ああ、そういうことになるな」


 実はまだなにも食べていないから焼きそばでも食べることに。

 お祭りの規模があんまり大きくないのに人がたくさんいるから座るのも一苦労だ、だけど普段はしないことをできるというのがよかった。

 歳を重ねるとほら、探検とかもしなくなるからさ。


「あんまりそっちに行くと会場を出ることになるぞ」

「大袈裟だよ」


 賑やかさを味わえるところじゃなかったら意味がない。


「ここにしよ、早く食べよ」


 お腹空いた、お昼ご飯を食べていないから早く食べたかった。

 多少暗いことでがっついているところを見られなくて済むのがいい。

 正直、いまはふたりきりでいるのを少し避けたいぐらいだったんだ。


「言い忘れていたんだけどさ、今日の結月……滅茶苦茶可愛いぞ」

「いつも通りの私だよ」


 残念少女を少しぐらいはよくできてしまう浴衣が素晴らしいだけだ、もっと言えば相棒のセンスがよかったから、ということになる。

 分かっているさ、自分が美少女なんて言うつもりもない。

 本当に美少女だったのならもっと求められていただろうし、なにより、同性からやっかまれているはずだからだ。


「いや本当にマジだからっ」

「いいから食べようよ」


 今日の私が普段と違ってよかったとしてもお腹は満たされない。

 だからいまは食事だ、花火までは時間があるから食べてからゆっくり話せばいい。

 はぁ、それにしてもなんで急にこうなんだろうねー、去年まではここまで露骨な感じでもなかったんだけど……。


「ごちそうさま、美味しかったー」

「なあ、いいか?」

「ご自由にどうぞー、私はいまので満足できたからねー」


 食べていたのは私ばっかりだった、相棒はずっと違う方を見て過ごしていた。

 で、終わった途端にこれだから笑いたくなってしまう。

 相棒はこっちの手を握ると「結月の手が好きなんだ」と言ってきた。

 男の子である自分の手と比べたら違うから、ではない、もうなんでもかんでも私をよく見てしまっているからこその発言だ。


「そんなに私が好きなの?」

「好きだけど」

「あれ、真っ直ぐに答えるんだ」

「当たり前だ、嘘をついたって意味ないだろ」


 ……でも、そういうのはいま求めていないのだ。

 お祭りの日だからじゃない、いますぐどうこうって瀬奈みたいに動けない。

 いまの距離感が好きなのだ、もっと近づいてしまったら変わってしまうかもしれないという不安がある。


「……いまはそういうのいいや」

「……いつならいいんだよ」

「そんなの分からない。近いかもしれないし、遠いかもしれない」


 だからそれが嫌ならと言うことは、しなかった。

 言ったら絶対に「俺はっ」とかって感情的になる。

 冷静に対応をしてほしいからこうするのだ、適当ではないからこそだと……分かってくれればいいけど。


「はぁ~、なんかご飯を食べた後に寝転べるのは幸せだな~」

「食べてすぐは駄目だろ」

「鉄也もしてみて」

「それに髪が長いんだから気をつけろよ」

「はは、私よりも気にしているねー」


 髪は母が長くしているから真似をしているだけだった、昔は私の母のことを奇麗だとか相棒が言っていたからというのもある。

 あのときの私は確かに相棒だけを見ていた、このまま仲良くして付き合うんだろうなって想像をしていた。

 さすがに結婚したところまでは私の残念な想像力では無理だったけど、うん、そういうのを強く求めていたんだ。

 だけどいまは……大きくなったからこその問題があって……。


「……私はさ、心臓に悪いから嫌なんだよね。明らかに速くなるし、このまま続けると長生きできなくなっちゃうかもだから」


 幸せな関係になれても早死にしてしまったら意味がない。

 長く一緒にいるためにもこういうことは少ない方が絶対にいい、が、これはコントロールできるわけではないのが難しいところだった。


「それってつまり、俺相手にそうなってくれているということか? 寿命の方はともかく、それなら俺は嬉しいけどな」

「ずるいよ、どうせ相棒は私がなにかをしてもドキドキしたりしていないんでしょ」

「はあ? そんなわけないだろ、今日だけで何回そうなったか……」

「う、嘘つき」

「じゃあ触ってみればいいだろっ、ほらっ」


 ……こうして証拠を見せられたらどうしようもなくなる。

 現在進行系でそうなっているなんて相棒も大変そうだ。

 ただ、私ばっかりじゃなくてよかったと感じている自分がいた。


「……私のも確認する?」

「で、できないだろ……」

「……胸だってあんまりないし、耳でも当てればよく分かるよ」

「じゃあ、ってならないよ」


 冗談に決まっている、本気にされなくてよかったとしか言えない。

 なんとなくそんな会話をしたことでそれからはいつも通りに戻れた。

 花火の時間になったら見やすいところまで移動してちゃんと見た。

 握られている手に意識がいくこともなく、ずっと目を奪われていた。


「もう終わりか」

「大満足だよ、今年も相棒と来られてよかった」

「そうか、俺も結月と来られてよかったよ」


 これで私にとって夏のイベントは全部終わってしまったからゆっくり過ごすことしかできないことになる。


「じゃ、風邪を引くなよ」

「相棒もね、今日もありがと」

「ああ、また明日な」


 少しずつ離れていく。

 私は獲物を見つけたときの猫ちゃんみたいにその背から目を離せなかった。

 追えばすぐにでも追いつける距離、また泊まってって言えば相棒はきっと受け入れてくれることだろう。

 ……それでもなんとか抑えて家に入った。

 あんなことを言っておきながら自分勝手なことはできなかった。




「夏休みに戻りたい、弘といちゃいちゃしていたい」

「瀬奈らしくないねー」


 もう一ヶ月半も経過しているのにずっとこの調子だ、私がではなく彼女がだから面白い話だと言える。


「でも、付き合っているならこれからでも楽しくできるでしょ?」

「だってテストがあるでしょ、こういうのが邪魔なんだよ」

「それもほら、稲澤君とできるでしょ?」

「そうだけどさあ、つかあんたはそういうのないわけ?」

「特にないかな、学校も好きだから」


 学費などを払ってもらっているからというのは普通にある、が、決してそれだけのためにこうして出てきているわけではないのだ。

 私はここの雰囲気が好きだ、色々な子がいるから見ていて飽きない。

 それに学校なら彼女や稲澤君とだって自然と話せる、呼び出すことになると少し変わってくるからこの環境はありがたかった。


「あんたって意外性の塊だよね、学校とか特に嫌いそうなのに」

「眠たくなるからそこはちょっとあれだけどね、だけど好きだよ」


 むしろそうやって定期的に頑張る必要がない人生だったら生きる意味なんてない。


「というかちょっと寒くなってきてない? 私、冬嫌いなんだけど」

「もう十月だからね」


 寒くなればお風呂が気持ちよくなるし、温かいご飯ももっと美味しく感じるようになるから問題はない――あ、ひとつ問題はあるか。

 それはすぐに暗くなってしまうことだ、あとは鉄也が暑がりであり寒がりでもあることだと言える。


「夏は嫌になるほど暑いくせにすぐにこれって……」

「ははは、不満ばっかりだねー」

「生きていればこういうことばっかりだよ、でも、全部が全部そういうことでもないんだけどさ」


 楽しいことも確かにある、だからこそ最大限に楽しめるようやらなければいけないことに集中しなければいけないのだ。

 だから文句を言っていたところで意味ないよと言ったら「うるさい」と拗ねたような顔になって笑ってしまった。

 多分、私よりもしっかりできる人間でいたいんだと思う、そういうのもあって私からこんなことを言われることは複雑なのだ。


「あんたさ、勉強もいいけど恋にも真剣にならないと駄目だから。いつまでも当たり前のように鉄也が側にいてくれるなんて考えていたら駄目になるよ」

「ありがと」

「ふぅ、さてとっ、勉強をやりますかねっ」


 私も頑張ろう、いい結果が出たらご褒美としてなにかを買おう。

 寝ることも食べることもお風呂に入ることも好きだから、どの種類であってもご褒美となり得る。

 最近はひとりだからって適当にしたりしないし、作り続けたことによってレベルも上がっているから鉄也に食べてもらうのもいいかもしれなかった。


「だーれだ」

「え、ひ、弘?」

「はは、正解。あ、迎えに来たんだ、一緒に帰ろう」


 瀬奈は少し複雑そうな顔でこっちを見てきた、今回誘ったのは向こうの方だから気になっているのかもしれない。

 私としては本当にいたい人と過ごしてほしいから今日はありがととお礼を言っておいた。


「……じゃ、また明日ね」

「うん、また明日ねー、稲澤君もねー」

「うん、また明日も会おう」


 ところで、稲澤君と一緒にやっていたはずの相棒はどうしたのだろうか? と探してみたらまだ真面目にやっている相棒がそこにいた。

 静かに近づいて横の椅子に座る、それでも気づかないぐらいだから物凄く集中できているということだ。

 なんとなく横顔をじっと見ていたら頬に触れたくなって触れてみた結果「おわっ」と驚いた相棒が見られて大満足だった。


「……この前の仕返しか?」

「ううん、触れたくなっただけー」

「はぁ……あれ? 稲澤はどうした?」

「もう瀬奈と帰ったよ、挨拶とかしなかったの?」


 相棒はきょろきょろと見回す、でも、もう稲澤君は学校にはいない。

 全部説明したら「全く気づかなかった……」とちょっと情けない顔になっていた。


「私が来てもそうだもんねー、勉強の方が好きなんだー?」

「ちがっ、集中してやらないともったいないからやっていただけだよ」

「はははー、冗談に決まっているでしょー」


 相棒も頑張っているということだ、だからちょっと後悔している。

 自然と気づいてくれるまで待っていればよかった、これでもう今日は集中できないかもしれないのに……。

 駄目だな、なんで私ってこうなんだろと考えて、私だからだという答えが出てきて苦笑する。


「鉄也、テストが終わったらデートしようか」

「はっ……」

「弄びたいわけじゃないもん、それに私だって鉄也といたいんだよ」


 何回もアピールされればこっちだって間違いなく影響を受ける。

 当たり前じゃない、いつかは冷めて離れていってしまうかもしれない。

 いくら幼馴染とはいっても、いまは好きだといっても、私が躱し続けていたら鉄也だってどうなるのかは分からないから。


「だ、だからってで、デートなんて……」

「いいでしょ? 嫌なら断ってくれればいいけどさ」

「断るわけないだろ」

「そっかっ、じゃあそのとき楽しめるように頑張るねっ」


 切り替えることが大切だった。

 ただまあ、できているかどうかは分からないので、そこも私なりに頑張ろうと決めたのだった。

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