04話.[真っ直ぐすぎて]

「いない……」


 連絡をしても反応すらしてくれない。

 朝はあんなに元気だったのになにかがあったんじゃないかって不安になり始める。

 ……自分の気持ちを優先して結月の家に残ればよかった。


「ゆ、結月かっ?」

「えー、そんなの当たり前だよー、どうしたのー?」

「結月、どこにいるんだ?」

「瀬奈や稲澤君とプール施設に来ているよ」

「そうだったのか」


 意外とインドア派というわけではないから違和感はなかった。

 八敷であれば誘いそうだし、八敷が誘ったのであればと稲澤も受け入れる。

 やっぱり一緒にいればよかった、もったいないことをした。


「鉄也も来る? まだいるみたいだから大丈夫だよ」

「それなら行くかな」

「うん、じゃあ待ってる――」

「結月!」

「み、耳がー……、……どうしたの?」


 気持ち悪いことを言おうとしているのは分かっている。

 でも、なんか嫌だったから言わせてもらった。

 だが、彼女はそれについてなにかを言うことはなく、再度「待っているからね」と言って切ってしまった。

 ……すれ違いになっても嫌だからすぐに行こう。


「あ、鉄也っ」

「結月……は、それか」

「うん、いちいち買ったりしないから」


 なんだ、買ったとかそういうことではなかったのか。

 先程も考えたようにインドア派というわけではないが、かといって、進んで自分からプールに行こうとか言い出すタイプでもないよな。


「あ、それで稲澤達は?」

「休憩中、なんか瀬奈が疲れちゃったみたい」

「なるほどな」


 立っているだけで暑いから早くプールに入りたい。


「結月、付き合ってくれないか」

「いいよ」


 ひとりだと寂しいから誘ってみたら受け入れてくれた。

 前を歩かせてちゃんと守れるようにする。

 長い髪なのに暑いとか言わないのはなんでだろうなという感想を抱いた。


「ちょっと残念だった、それ以外の水着……見たかったんだよな」

「今日急に決まったことだったから、というか、ふたりの邪魔をしたくなくて帰ろうとしたんだけどできなくてねー」

「そうだったのか」

「夜に会っているからいいんだってー、あと、こういうときでもないと私が付き合ってくれないかららしいよー」


 特別ふたりきりに拘っているわけではないのか。

 相手の気持ちを既に知っているから、というのもあるのかもしれない。


「ん? 用事があったりしないで、眠たくなかったら結月は付き合うだろ」

「だよねー、それなのに変えてくれなくてさー」


 俺のときとは違って避けていたとかそういうことでもない、なんなら学校では八敷達といることの方が多いぐらいだ。

 もう十分一緒にいるのにもっとと求めるのはふたりきりだとすぐにそういう雰囲気になってしまうからなのか?


「あ、そうだ、鍵の件だけどさー」

「お、おう」


 さっきからずっと顔を見ないで会話をしているからいまので一気に不安になった、こういう気持ちを味わうぐらいなら結月の目を見て色々考えていた方がマシだ。


「なんかその方が安心できるからひとつ持っててよ、自由に来てくれればいいし」

「そうか」


 少しほっとしていたら「鉄也、あ、相棒の近くに本命が現れるまではこうしていさせてねー」と。


「……鉄也、本当に来たんだ」

「おう」

「私はもう駄目だ……」


 ちなみに稲澤の方は元気いっぱいで結月と楽しそうに話をしていた。

 暑さに耐性がある組とそうでない方で別れていることになる。

 しっかし、楽しい場所でもあるのにどうしてここまで弱っているのか……。


「あいつら元気だよね、結月だって同じぐらい明るく遊んでいたのに」

「体力がないとかそういうことじゃないからな」

「そうそう、何気に能力が高いよね」


 面倒くさがりというわけでもないからやらなければいけないことはちゃんとやる。

 だから正直、俺のいままでの行動は結月からすればいいのかどうか分からない。

 いつでも来ていいと言ってくれたぐらいだから嫌がられているわけではないだろうが、このまま自分のしたいことを優先して行動するのは……。


「よいしょ……っと、でも、やっぱりあいつらが仲良くしているところをあんまり見たくないかな」

「誘われたって教えてくれたけど」

「そ、だからあんまり自分勝手なことはできないんだけどさ」


 それでもそれとこれとは別、みたいだ、全く遠慮することなくふたりの間に自然と移動していた。


「相棒ー、なにぼうっとしているのさー」

「いま行く!」


 お金だって払っているから楽しまなければ損だ。

 多分、八敷の疲れ具合的にあんまり残らないから尚更そうだと言える。

 それと暑さに耐性があるとはいってもやっぱり結月に無理をしてほしくないからてきぱき行動しなければならない。


「やっぱりいいな」

「プールが?」

「いや、結月の目だ」

「目? なんで目?」

「俺がそう感じただけだから」


 細かく言ったところで「なんで?」と返されるのが目に見えているからやめた。

 ただ、やっぱり学校のそれで少し残念に感じている自分もいて忙しかった。




「はい」

「ありがとな、あっ、別に稲澤達の話を聞いて羨ましくなったわけじゃないぞっ?」

「なに慌ててんのさー」

「……夜にも一緒にいたいのは俺も同じだけどさ」

「そういうことがしたくて求めたの? 別に気にせずに来てくれればいいって言っているんだけどなー」


 こちらが拒絶したわけでもないし、いまも言ったように何回も来てくれればいいと言っているのだ。

 だからどうして不安になるのか分からない、いまみたいに慌てる必要があるのかも分からない。


「相棒って結構臆病だよね」

「違うよ、臆病なんかじゃない」

「そー? ま、いいけどさー」


 プールで遊んで疲れた、元気な相手に合わせるというのは大変だ。

 いま床に転んでいるときっとすぐに夢の世界に旅立つことになる、だから今日は転ばずに座っているところだった。


「眠たいのか?」

「大丈夫」


 一緒にいてくれているときに寝てしまうのはもったいないからできない。

 あと、転ぶとすぐに足を貸そうとするところも嫌だった。

 あれでは相棒の足が疲れてしまう、なにより、自分が決めたことをいまからでも守れるようにならなければいけないんだ。


「課題でもやろうかな、今日はまだ少しもやっていなかったから」

「偉いな」

「自分のためだよ」


 少しは彼のため、あとは全部自分のためだった。

 静かになっても気まずくは感じないから集中できている。

 話すことはやることをやってからでも全く問題なくできるんだ、だったら一秒でも早く話せるように頑張るだけだ。


「ひゃっ、あっ、んん! ……なに?」


 寝ているときに大声を出されても気にならないのにこれには驚くってなんで……。

 しかも変な声を出してしまったからかなり恥ずかしい。

 ちなみに相棒は「なんか触れたくなった」と答えてくれたけど……。


「ま、また急に触れられても困るから離れておくねー」

「おう」


 一軒家というわけではないからそう離れることもできない。

 ただ、距離を作れば動いたところで気配で分かるから大丈夫だ。

 心臓に悪いし、寝る前にうわーっって叫びたくなるだろうから必要な対策だった。


「今日はこれぐらいかな……って、鉄也寝てるの?」

「……いや、目を閉じていただけだよ」

「寝るなら布団を掛けなきゃ」

「いいのか?」

「だから私は断っていませんよー」


 とはいえ、普段私が掛けているやつしかないんだよなあ。

 汗をかくほうじゃないから大丈夫かな? いや、夏だと油断していたら風邪を引いてしまうからこれも必要なことだ。


「はい、休みましょうねー」

「それなら近くにいてくれ」

「はは、寝ぼけているの? そもそも違う部屋がないでしょー」


 それでもお腹が空いたからご飯を作ってしまうことにする。

 作り終えたらふたりで食べて、食べ終えたらお風呂に入る。

 今日は多分、早めに眠たくなるだろうからそのときになったら任せればいい。

 相棒とか瀬奈にももっと睡眠を楽しんでほしかった。


「できたよー、相棒起きてー」

「……ご飯か」

「うん、食べよー」


 早く食べてなにもかもを終えてしまおう、そうしたら今度こそ気持ちよく寝ることができる。


「もう、全く食べてない……」

「あっ、悪い、食べさせてもらうよ」


 こっちはもう食べ終えたから洗い物を開始、でも、量があるわけではないから食器が持ってこられるまで待機の時間になった。

 眠たいときは他への意識がどこかにいくから気持ちは分かる、下手をしたら転びそうになるぐらいだった。

 そういうときはいつも頬をつねってどこかにやるのがお決まりだけど、相棒はどうやって眠気をどこかにやるんだろうか?


「ごちそうさま、美味しかった」

「お粗末さまでした」

「自分のは自分で洗うからいい、結月は風呂に入れよ」

「お? うん、じゃあ入ってくるよ」


 丁度ご飯を食べ終えると溜まり具合が絶妙でよかった、今回は洗い物もしていたからなおさらのことだと言える。


「ふぅ、今日も温かいお湯だー」


 お昼はプールに入っていたからなんかいつもより気持ちがいい。

 廊下というか玄関前的なところから話しかけられたからびくっとなったけど。


「なんだいなんだい、今日は鉄也がおかしいね」

「いや、いつも通りだけど」

「その割にはぼうっとしていたし、いまだって話しかけてきたりしたからさー」


 扉を開けられたら生まれたままの姿を見られることになってしまう。

 特別な関係ではないからさすがに相棒ならいいとは言えない、また、確実に彼の今後に迷惑をかけることになるからできないんだ。


「いや、いつもだったら違う水着が見たいとか言わないじゃん。いつもなら『ちゃんと日焼け止め塗ったのか』とか『水分補給しているのか』だから」

「あ、そういえばそうだ……」

「ほらー、やっぱりいつも違うんだよねー」


 ユニットバス形式は一応メリットがあるな。

 室温が高くなっているから拭くときに体が冷えたりはしない。

 デメリットは換気がしづらいことだ、臭いもこもるからそこはも微妙だ。


「開けますよー」

「お、おいっ、あ……」

「服は着ていますよ、ふふふ、もしかして相棒はスケベなのー?」


 屈むと丁度いいところに鉄也の顔、という感じになった。


「……そうかもしれない」

「ふふ、だけど私は鉄也を困らせたくないからそんなことしないよ? いつか本命が現れたときに引っかかる理由を作りたくない。それにほら、鉄也は私が触れようとしたらあんなに拒んてきたじゃん、それなのにわざとそんなことをしたりしないよ」


 そこまでお前は影響力がねえよ、とか言われたらどうしようもないけど。

 あれがなかったらもう少しぐらいはいまと違ったかもしれない。

 私ももっと積極的に仲良くやろうとしていたかもしれない。

 だけど現実はそうだった、だから瀬奈達みたいにはできないのだ。


「あれは――」

「いいよ、大丈夫」

「だからっ――」


 この前鉄也がしてくれたみたいに両肩を掴んで止める、完全に座った状態ではなかったから私の力でもなんとか止められた。


「もう離れたりしないから安心して、別にそのためにこんなこと言っているわけじゃないんだから」

「……でもさ、本命が現れるまでとか線引いているんじゃねえかよ」

「そんなものでしょ?」


 鉄也はよくてもその相手が受け入れられないという可能性がある、敵視なんかはされたくないからそういうことになったら仕方がないと片付けるしかないんだ。


「もちろん、ずっとこのままでいられるのが一番だよ? でも、私はともかく鉄也は変わるかもしれないじゃん」

「……そうなってほしいってことかよ」

「違うよ、だって何回も告白され――」


 彼はこっちの頭を抱くと「分かれよ! なんでそうなんだよ!」と叫んできた。

 抱きしめられたことよりも今回も耳元で大声を出されて……。


「あっ、わ、悪いっ!」

「……ん~」


 こういうことをされると本当に正常な状態ではいられなくなる。

 なんかぐるぐるしているというか、いつも通りではないのは確かだ。

 食事も入浴も終えたから転ぶという行為を解禁して休んでいた。


「んん、はぁ、やっと回復したよ」

「悪い……」

「ははは、なんか鉄也らしくないね」


 やっぱり普通が一番だ、健康体で生んでくれてありがとう両親達よ!


「……あのさ、俺が結月を求めるのはなしなのか?」

「え? そんなことないよ」

「なんだよそれ……、じゃあ変なこと言うなよ……」

「い、いやだからっ、私はそうならなかったときのことを考えて言ってあげていたんだよ」


 どうなるのかなんて分からない、幼馴染だからって必ず求めるわけじゃない、むしろこっちが付き合うことを期待して行動していたら嫌だろう。

 伝わってないかもしれないけど私は本当に鉄也のことを考えて行動しているのだ、だからあのときだって甘えないようにしていたというのに……。


「というか、かなり大胆な発言をしたよな、俺ら」

「どこが?」

「はぁ、八敷と稲澤を応援している場合かよ」

「え、だって友達なんだから当たり前だよ、鉄也の恋だって応援するよ?」


 課題もきっと八月の頭ぐらいには終わるから時間はある。

 それこそ学校が始まったらそれぞれのことで忙しくなるからいま頑張っておくのが一番だと思う。

 連れてきてほしいとかそういうことなら私でもできる、いや、相棒のためならやってあげたいというだけだった。


「あのふたりはもうこっちがなにもしなくても勝手に進展するよ、だから俺の恋を応援してくれ」

「分かった、じゃあ最初になにをすればいい?」

「……俺ともっといてくれ」

「そうした方が協力もしやすいもんね、了解」


 ……なんて、鈍感でもないんだから分かっているよ。

 私を求めるのはなしなのか、なんて直球過ぎて困っちゃうよ。

 あまりにも真っ直ぐすぎて遠回しな対応をしてしまった。


「今日はそろそろ帰るわ、風呂に入って俺も課題をしなければいけないから」

「……泊まってくれてもいいんだけどなー」

「いいのか?」

「はぁ、そっちこそあんなこと言っていた割には適当――」

「おまっ! ちゃんと分かっていたのかよ……」


 当たり前だ、むしろあれで分からないなら鈍感すぎて引くよ!

 だから再度泊まってくれてもいいんだけどと誘ってみる、そうしたら「泊まるっ、泊まるから待っていてくれっ」と大慌てで家から出て行ってしまった。


「まあ、あそこまで喜んでくれるなら悪い気はしないなー」


 鍵を持っているからもうベッドに転べてしまうのはいいことだ、ベッドに転んでお布団に入ったらトイレとか以外で動きたくないからだ。

 今回は完全にこちらが夢の世界に旅立つ前に戻ってきてくれたから寝る前に顔を見られて嬉しい結果となる。


「布団も持ってきた、これで問題ないな」

「うん」

「今日は疲れたから寝るか」

「課題は?」

「……結月といるのにそんなのどうでもいいだろ」


 えぇ、別に特別なことができるわけじゃないんだからやればいいのに。

 夜ふかしは無理だけど、声をかけてくれたらきっと反応する。

 というかまだまだ時間があるんだから焦る必要なんて全くなかった。


「くそ、俺はもうちょっと後にプールに行きたかったのに、そうしたら結月の違う水着姿だって見られたはずなんだ」

「それならまた行く? プールがあれなら海でもいいよ?」


 違う水着を着ていても私は私だ、きっとこんなものかという反応になる。


「でも、それはつまり買ってもらうってことだからな、結月が欲しがっているならそれでもよかったんだけどさ」

「……どうしても見たいならいいよ? お小遣いは貯めてあるし、鉄也が喜んでくれるなら私は……」


 それでもどうしても見たいと言うのなら、それで喜んでくれるということなら、私は買うことになったっていい。


「……そんなこと言うなよ、止められなくなるだろ」

「止めなくていいよ」

「結月……」


 ちなみにもう真っ暗だからどういう顔をしているのかは分からない。

 もやもやしているのかもしれないし、駄目だこいつと思っているのかもしれない。

 煽ったり揶揄したりしたいわけではないから黙っていた。

 相棒も特になにも言ってくることはなかった。

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