第239話 カールの現況
走行中解放も駅での連結も列車の中に乗ったままだとわかりにくい。
車窓の動きと車両の振動でやっているなとわかるだけだ。
本当はカメラ、それもビデオカメラを持って外から撮影しながらじっくり見るのが正しく有意義な体験方法だろう。
だが今回は車両から降りる訳にはいかないし、そもそもビデオカメラどころかカメラも存在しない。
そんな訳で鉄としては大変もどかしい思いをする事になった。
あと車内で食べたのが駅弁では無く持ち込み弁当だったのも少々悲しい。
やはり鉄の旅には気に入った駅弁と飲み物を買う方がふさわしいと思うからだ。
もちろん持ち込み弁当になったのには理由があって、今回の場合は妊娠中のセリーナさん対策。
幾つかの食材の臭いが駄目らしく、それにひっかからない食事を領主館で作って持ってきた訳だ。
鶏肉とキノコと根菜の煮付け、サバ塩焼き、ポテトサラダ、生野菜、ビーフパストラミ、コンソメ系のスープ、パンという食事。
臭いがあまり強くならないよう全部冷ましてあるけれど、味そのものは美味しいし文句は無い。
しかし旅の風情という点で少々……
そう思ってしまうのは鉄の性だろうか。
そんな訳で久々の鉄旅としては不完全燃焼でサルマンドの駅に到着。
駅前付近は再開発時に更に整備し直した。
うちの商会以外にも温泉施設や店舗を建設できるよう、プロムナード的な道も作ってある。
既にうちの施設以外の店が2店舗出来ているのが目に入った。
しかし今日はセリーナさんがいるし、冬だから外はかなり寒い。
なので駅の隣にある施設へ直行。
受付で3部屋分の鍵を受け取って中へ。
さて、現在時刻は
結婚式は
まずはそれぞれの部屋で着替えだ。
「うちはゆっくりと着替えて時間に間に合うように部屋を出る事にするよ。合流は会場でいいかな」
「わかりました」
兄夫婦や父とは廊下で別れる。
ローラと、ローラ付のメイド兼護衛兼秘書であるクロエさんの3人で部屋の中へ。
以前はこの部屋、隣室とリビングの2間構成だった。
しかし営業中に、『使用人2人が泊まれる程度の部屋が欲しい』という要望があったことから、庭側に使用人室を増設。
という事で早速使用人室を確認してみる。
4畳程度の細長い空間に二段ベッドと机、流しがあるという造りだ。
狭いけれども窓もあって悪い雰囲気では無い。
そして増設ついでに出来た屋内浴室も確認。
こちらは洗浄泉仕様で、中に入ると魔力を感知してお湯が流れるようになっている。
うん、中々いい感じだ。
庭が少し狭くなってしまったけれど、この設備なら前よりいいだろう。
「ローラ様はこれから服装等のお支度をされますけれど、リチャード様はどうされますか?」
クロエさんからそうお伺いがきた。
こういった場での女性の着替えその他はかなり時間がかかる。
一方で僕は着替えて髪を軽く整える程度だ。
「着替えて新郎に会ってくるよ。お偉いさんが多くなったら話しにくいから」
「わかりました。こちらは2の鐘と
「わかった。僕もその頃までには戻ってこよう」
さっさと着替えて部屋を出る。
カールの魔力反応はいい加減覚えているから居場所はすぐにわかる。
宿泊棟ではなくレストランや大広間、会議室などがある建物。
大広間に隣接する小部屋だ。
渡り廊下を通って会議室棟へ。
いわゆる新郎控室なのだろうか。
中にはカール以外の魔力反応は無い。
そこに安心しつつ扉をノックする。
「あいているぞ」
ならばという事で遠慮無く扉を開けて中へ。
「一人なんだな、今は」
「ああ。皆さん挨拶準備その他で動いている。俺もそうしたいところだが、一応新郎だという事でここで待機だ。ローチルド家では外様でもあるからな。ここで大人しくしている」
なるほど、此処で一人でいるのはそういう訳か。
「それでどうだ、最近は? こっちはそう変わらないが」
「随分とまあ、色々とあった気がする」
カールの方はその通りなのだろう。
僕の方は日常業務が続いているだけだけれど。
「それでも出来た事はそう多くない。基本的にはシックルード領などでやった施策の模倣だ。
税率を下げて中央市場を整備して鉄道を走らせて流通を整えた。あとは農地整備、土属性の魔法使いを大量に雇って農地の形を整え、かつ一戸あたりの耕作面積を増やした。
まだ出来たのはそこまでだ」
いや、10月に着任してまだ3ヶ月経っていないのだ。
「この期間でそこまで出来たなら上出来だろう」
「鉱山やら何やら手を付けるべき所は山ほどある。しかし人や物が足りなくて進まない状態だ。金はまあ王家からの昇爵準備金その他で何とかなってはいるんだがな。
何と言うか今頃になって
離れてあそこの良さが良くわかった。あそこはその気になれば魔法持ちや技能持ちを思いのままに動員できる。資材だってある程度は思いのままだ。
今は何をするにも人や物が足りない」
人や物が思いのままか。
でもまあ、
「それは仕方ない。
カールは苦笑した。
「確かにその通りだ。ただ此処は5年かける訳にはいかない。一応は伯爵家よりも上位という設定の爵位だからな。人口が急に増えるとは思わないが、経済規模はせめて伯爵家水準まで上げる必要がある」
なるほど、それなりにノルマかプレッシャーはある訳か。
「大変だな、辺境伯も」
「ああ。なんで現在
イザベラには
農業援助だの改善だの指導だのは
俺としては伯爵自らが飛び回るのはどうかと思う。だが確かに必要な仕事だし領内の士気も上がるから文句は言えない。
俺の仕事はディルツァイトで出来る関係が主だ。領内にゼメリング領時代から残っている真っ当なところへの挨拶、そして事務関係という訳だな。
わかってはいたつもりだし覚悟もしていた。それでも疲れる。本当は俺自身が現地へ飛んで手を出したい所が山ほどある。しかし時間も手数も足らない」
何と言うか……
「ローチルド伯自身まで飛び回っているのか」
「ああ。ただ流石に専門だけあって農業現場に関しては俺より知識も魔法も遙かに上だ。学校で学んだ後、王立研究所の報告で常に知識を更新していたらしい。そっち専用の魔法もバリバリ使える」
カールがそう認めるという事で実力はよく理解出来た。
しかし疑問は当然出てしまう訳だ。
「でも団長がそれで第三騎士団の方は大丈夫なのか?」
「第三騎士団関係のほとんどは領主や代行ではなく副長判断で動くようにしてある。それでも経理だの決裁だのは最終的にローチルド家で見てやらなきゃならん。
その上で今までの制度も変えなきゃならんから厄介だ。
例えば商取引関係、スカム商会一括から入札制にして大分安くはなった。しかし今まで必要経費がかなり抜かれていたようで、設備も装備も駄目駄目だ。その辺りは再整備計画も立てなきゃならん。
幸い第一騎士団からそれなりの実務家をスカウトしている。それでも最終的な承認はこっちだ。承認するなら当然妥当性も確認する必要がある」
何というかカール、領主代行代理と言っているけれど、むしろ伯爵自身や領主代行以上に領主らしい仕事をしているのではないだろうか。
そうは思うが口には出せない。
僕がそう思うなら、きっとカールも気付いている。
不本意であったとしても必要性を承知でやっているのだろう。
だから僕は何も言わない方がいい。
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