第238話 突放とまではいかないけれど

 シックルード家うち以外の貴族家からは専用車両を仕立てたいという要望は無かった。

 どうやら貴族の皆さん、領地と王都の往復で領都特急を使い慣れているらしい。


 しかし今回は結婚式への招待なので、皆さん到着すべき時間は同じだ。

 このままでは結婚式招待客と護衛で該当列車の座席のかなりの部分が埋まってしまう。

 だから該当列車の編成を変更して対応することにした。


 ダラム発11の鐘の領都特急15号は5両基本編成1本と4両付随編成2本を連結した13両編成。

 ガナーヴィン止まりが5両、ノマルク行が4両、アオカエン行が4両という形だ。


 これをまだ残っていた2両付随編成1本と4両付随編成3本という14両編成へと組み直した。

 このうち2両付随編成を今回の結婚式招待客及び警備担当専用車両にして、アオカエン経由でサルマンドへ直通させる。

 残りはガナーヴィン止まり4両、ノマルク行が4両、サルマンド行が4両。


 通常よりガナーヴィン止まりが1両分少なくなるが、ガナーヴィンまでは本数が多いし問題も少ないだろう。

 まだ未改造の2両附属編成が残っていたのが幸いした形だ。

 4両編成4本は魔力で制御可能な長さを越えてしまうから。


 一方、シックルード家うちは貴賓車1両を仕立て、行き帰りともにこれで移動となる。

 何せ招待客だけで5名、警備担当を含めて15名の大所帯。

 なおかつセリーナさんはそろそろ妊娠後期なので無理は出来ない。

 

 しかし昼間のフェリーデ北部縦貫線には貴賓車1両編成に専用ダイヤを与えるような余裕はない。

 だから各区間、他の列車に併結という形となる。


 スウォンジー北門~アベルタ間はダラム行領都特急の最後尾に連結。

 アベルタ~アオカエン間は他の招待客が乗車する領都特急15号の1本前を走る高速急行に併結。

 アオカエン~サルマンド間のみ単独運転で、他の招待客より半時間早く到着する日程だ。

 なお帰りは逆順で、他の招待客より半時間遅い出発となる。


 なお高速急行は12月から新たに出来た種別で、特急型車両を元にして開発した新型の高速急行専用車両を使用。

 停車駅は今までの急行と同じだが速達性が増している。


 具体的にはアベルタ~アオカエン間だと概ね、

  ○ 特急が所要1時間、表定速度時速49.75離99.5km/h

  ○ 従来の急行が所要1時間60分3434分、表定速度時速31.75離63.5km/h

  ○ 高速急行が1時間60分1515分表定速度時速39.8離79.6km/h

となる。


 まあそれはそれとして、カールの結婚式だし折角の温泉なのだけれど行くのは少々気が重い。

 王族に貴族家当主なんて偉いのがいっぱい来るから、落ち着いて温泉を楽しむなんて出来なさそうだから。

 しかし行かない訳にはいかない。


 そんな訳で12月26日、11の鐘より少し前の時間に、スウォンジー北門駅のシックルード支線専用ホームから、領都特急最後部に連結された貴賓車に乗り込む。


「この車両は短いんだね」


「ええ。今回のような場合を想定して乗車人数を考えてありますから。これでも貴賓室は最大で10名、随員は別に20名まで乗る事が可能です。

 今回は5名用のレイアウトになっています」


 車内に乗り込み、随員部分を通って貴賓室へ。

 5名用レイアウトは1人掛けソファーを5つ使用。

 進行方向横向きに座る形でソファー2つと3つを向かい合わせ、間にテーブルを置いて固定している。


「普通の車両は何回か乗ったけれど、また随分違うね。ほとんど部屋という感じだね、これは」


「ええ。基本は四角い部屋状態です。人数によって椅子や配置を替えて調節する仕組みにしています」


「皇太子殿下らが乗車する特別車両もこんな感じかい」


「基本的な設計はほぼ同じです。ただあちらの方が全体に大きく作られています。来賓が多くなる事もあるでしょうし、随行員の数も多いですから」


 ウィリアム兄にもっともらしく返答しているが、実は僕も貴賓車に乗るのは初めてだ。

 もちろん試作段階とか車両留置中に中に入った事はある。

 でも客として乗って、実際に鉄道旅をするのはこれが初めてだ。


「参加したいと我が儘を言ってもうしわけありません。ですがこれなら快適な旅が出来そうです」


 セリーナさんのお腹は大分大きい。

 経過は順調だと聞いているけれど確かに心配だ。

 出来るだけ無理はさせない方がいいだろう。


「しかし貴賓車を作るとは聞いていたけれどさ。何と言うか、ゴーレム車と偉い違いだね、これは。広さも快適さも。トイレもあるしさ」


 どうやらウィリアム兄、結構気に入ったようだ。

 さっきからいつも以上に質問やコメントが多い。


「確かにこれが普通になったら、長距離移動はゴーレム車に戻れないな」 


 父も割と気に入ったようだ。

 椅子の座り心地を確認したり、動き始めた車窓の風景を見たりしている。


 スウォンジー北門駅を出たら、次はアベルタまで停まらない。

 そしてアベルタでは少し鉄的なイベントがあったりする。

 突放というか瀬野八での走行中解放のような作業をするのだ。


 具体的にはアベルタ手前で走行中に前方車両と切り離す。

 前方の領都特急部分はそのまま進み、こちらは一度停止。

 分岐ポイントが切り替わり信号が変わった後に発進して先程連結していた領都特急と違うホームへ到着。

 そしてやってくる高速急行と連結するというイベントだ。


 本当は列車を降りてじっくり眺めたいところ。

 しかしそうも行かないので、せめて車両内で動きと音でこのイベントを確認したいと思っている。


 さて、それまではこの貴賓車を楽しむとしよう。


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 ※ 突放

 走行したまま車両の連結を解除して突き放すこと。操車場等で貨物列車を仕訳線(方向別等に貨車を仕分ける分岐線)に貨車を仕分ける際に用いた。

 具体的には、

  ① 貨物列車を推進運転(機関車を進行方向の反対側につけて押す運転)で走らせる。

  ② 適当な場所で貨物列車の連結を解除する(突放)

  ③ 連結を解除された貨物列車は慣性のまま走って行く。

  ④ 適当な位置で貨物列車に乗っている乗務員がブレーキをかけて停車させる

という流れの中の②部分。割と危険なので禁止されていることが多い。


 ※ 瀬野八の走行中解放

   瀬野八とは、JR西日本山陽本線八本松~瀬野の区間の事。

   ここは22.6 ‰の連続急勾配区間が続く難所で、上り列車には補助機関車の連結が必要だった。そして2002年まで一部列車では、坂を登り切った後の八本松駅構内下関側で、補助機関車を走行中に解放(解結と同じ意味)する扱いが取られていた。


 現在は貨物列車以外は列車の出力が増強された為、補助機関車の増結は行われていない。また貨物でも補助機関車の連結・解放は、瀬野駅や八本松駅では行われておらず、広島貨物ターミナル駅で連結し、西条駅で解放するようになっている。

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