第51章 ひとつの季節の終わりに(2)

第221話 まずは本人に話してから

 サルマンドで温泉施設を楽しんだ僅か1週間後。

 僕は再びウィラード領を訪れていた。

 サルマンド温泉施設第二期工事、及びこれに伴うサルマンド駅周辺一体開発の発表及び調印式の為である。


 勿論ウィラード領の相手役はクレア領主代行。

 昼1の鐘で調印式で、その後2人で新聞記者等へのレクを行う予定となっている。


 現在時刻は朝11の鐘過ぎ。

 午後の行事に備え、アオカエンにある領主館でクレア領主代行と早めの昼食中。


「まさか1週間でサルマンドに戻ってくるとは思いませんでした」


 カポのフライ甘酢あんかけ、これもなかなか美味しい。

 なんて思いながら個人的な感想を口にする。


「担当のゴードンさんに御願いして少し予定を早めて貰ったんです。ここの観光開発とウィラード領の広報を出来るだけ早く進めたかったものですから」


 予定を早める話は聞いていないが、内容は概ね想像がつく。

 その辺は観光推進部の部屋でアリシア班長に聞いた話と同じ内容だろう。

 あの翌日ゴードンが商会長室まで報告にやってきたし、朝の幹部会議でも発表した。

 でも一応確認はしておこう。


「広報というのはサルマンドの温泉施設の出張所をガナーヴィン等に出店させる話や、各領主家の情報発信所を作る計画の事でしょうか」


 クレア領主代行は頷く。


「その通りです。ウィラード領サルマンドの名前を大々的に出した入浴施設を作り、その施設と現在ガナーヴィン駅で好評な特選市場を核とした集客施設内に、領主家の情報発信所を作るという計画です。


 サルマンドの温泉成分は解析が終わっています。それを元にお湯に溶かしただけでほぼ温泉と同様の成分となる粉末も、ハーブありなし両方共に量産体制が整いつつあります。


 これらを使って出来るだけ早く、他の領地の準備が調う前に広報を進めようという計画です」


 うちの観光推進部の方針と一致しすぎるのが、何と言うか……

 クレア領主代行とうちの観光開発部、どちらがどちらを利用しているのだろう。

 共存共栄という事でいいのだろうか。

 微妙に疑問や不安を感じる。


「そういえば観光開発部という部局も専門で作ったそうですね」


 ついでにうちの観光推進部で出た組織について聞いてみる。


「ええ。サルマンドやアオカエン、ローロライダ等へ領内・領外の皆様に来ていただけるようにする為の部門です。今までに無い業務内容なので独立した部局としました。

 そうは言ってもそこまで大きな組織ではありません。この前お話しした研究所と建物や事務方は共有しています」


 なるほど。

 しかし新規部署も観光や研究所だけではない筈だ。

 ローロライダの交易担当関係も大幅に部署や人数を増やしていると聞いているし。


 そうやって新しい組織が増えまくるとどうなるか。

 僕は実体験としてよく知っている。


「組織内の情報共有とマネジメントが大変ですね」


 北部大洋鉄道商会うちの場合は元々領内公社が母体でそれなりに人材がいた。

 業務も鉱山に当初からあった業務から応用できるものが多かった。

 それでもあれだけ大変だったのだ。

 新業務が多いウィラード領の場合はもっと大変な筈だろう。

 

「そうなんですよ。勿論それなりに募集をかけてはいるのです。けれど何せ今までが最北の僻地。係員採用ですらなかなか人が集まらないのが正直なところです。そういった上級人材はなかなか来てくれません。


 前にも言ったように以前から代官をしてくれている者と2人で業務分担をしているのですけれどね。正直なところあと1名このポジションに欲しい状態です。

 そんな訳で私の結婚相手と同様、大募集中なんですけれどね」


 そう言えば……

 ふとある男の事が頭をよぎる。

 マネジメント能力に長けていて情報収集と整理が得意で、そしてまもなくフリーになるつもりの男が。

 ついでに言うと独身だったりもする。


 そう、キットだ。


 勿論本人の意向を聞いてみる必要はある。

 王都バンドンに戻りたいと思っている可能性もあるし。

 それに独身が関係する方はお互いの条件なんてものもある筈だ。

 8歳の年齢差があるし。


「ひょっとして誰か、条件に当てはまりそうな方がいらっしゃいますか?」


 ぎくっ、表情を読まれたのだろうか。

 どう返答しようか考えた末、とりあえず事実だけを返答しておこうと決める。


「本人の意向を聞いてみないとわかりませんが、マネジメントと情報収集・整理が得意な者が1名います。仕事に一区切りついたので今度は新しい分野に挑戦したい、という事で今年中に退職する希望を出しています。


 本人の意向を聞いてみないとわかりませんが、話をしておきましょう」


「御願いします。正直なところ私はまだまだ経験不足で、領主代行業務そのものも限界に近い状態なんです。増え続ける業務にウィラード領の体制がおいついていないというのもあります」


 御願いされてしまった。

 なら仕方ない、キットに話だけはしておこう。


「あと出来れば私の結婚相手の方も宜しくお願いします。前にも言った通り貴族でなくてもかまいません。年齢も30前半程度まではOKです。重視して欲しいのは性格と能力です。それがまた難しいのですけれど。


 この希望と逆な候補者ばかり売り込みの手紙が来るんです。正直断りの手紙を書くだけでも面倒な状態です。ですのでこちらも早急に御願いします」


「わかりました」


 こちらも本気で捜索中の模様だ。

 ついでに言うとキット、今聞いた条件も思い切り満たしている。

 しかし流石にその事は今この場では言えない。

 だから返答はこの程度で。


 あと、そろそろ話題を変えよう。


「それにしてもアオカエン、半年前と比べても建物が増えていますね」


「ええ、北方や東方との交易の関係で、中部やガナーヴィンあたりの商会が駐在所や支店という形で進出してきています。


 ローロライダはまだ交易所と宿と駅くらいで、街としてはまだこれからです。ですからほとんどの進出業者は拠点をアオカエンに設けているようです……」

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