第222話 とりあえず伝えてはおいた

 その後調印式、記者会見等を無難に済ませる。

 残念ながらサルマンドへは行けなかったから温泉には入れなかった。

 せめてもの抵抗? で駅売店でお土産だけは購入し、帰りはアベルタ回りでスウォンジーへと無事帰還。

 スウォンジーに着くのが5の鐘より前なので、戻るのは家ではなく商会本部。


 ダルトンと観光推進部のゴードンに本日の報告を軽く済ませた後、工房へ。

 キットはファウチ統括研究技師と第三会議室にいるようだ。

 技術副長業務の引き継ぎだろうか。


「できればキット副長と話をしたいんだが、明日以降にしたほうがいいかな」


 キット直属で主に調整と事務管理を担当させられているヒルデ主任に聞いてみる。


「ファウチ先生と引き継ぎ作業中ですが、商会長なら問題ないと思いますわ」


 ファウチ氏は工房ここでは先生という敬称付きで呼ばれている。

 学校や王立研究所ではカールより立場が上だったし、雰囲気的にもちょうどいい敬称だなと僕も思っている。


 それにしてもやはり引き継ぎ作業だったようだ。

 ならそっち優先でやってもらった方がいいだろう。


「いや、大した話ではないからさ。また明日にでも来る事にしよう」


 そう言って去ろうとした時だった。

 キットの机上に置かれたタイプライターのような装置がカタカタ動きはじめる。

 これって、確か……


「この装置は確か、研究棟の大型演算装置に繋がっているんだよな」


「それ以外に無線による通信実験にも使っています。これは無線側の受信ですね。少しお待ちいただいていいですか」


 そう言えば通信には魔力を使うから、シールドしていない魔力導線からある程度の範囲内は無線で通信が出来るのだよな。

 大分前、開発した頃の説明を頭の中で思い出した。


 それにしてもこういった実験装置の引継ぎは大丈夫なのだろうか。

 勿論通信装置の開発をしているのはキットだけではないけれど。

 キットの研究室に所属している部下の他、魔法式や魔術担当なんてのも最近は巻き込んでいるようだし。


「キット副長から商会長宛てです。問題ないので第三会議室へどうぞ、との事です」


 えっ?


「キットは今、第三会議室にいるんだよな?」


「副長は試験運用中の携帯端末を持っています。魔力探査で商会長が来たのを確認して、携帯端末でこちらに連絡したのでしょう」


 携帯端末?


「携帯端末なんてものまであるのか?」


「一昨日に出来上がって試用中です。性能その他については副長に直接聞いたほうがいいと思います」


 何と言うかキット、本当に引退する気なのだろうか。

 引退すると言っておきながらそんなものを作っているし。


「わかった。行ってくる」


 その辺を含めて話をしておいた方がいいかもしれない。

 そう思いつつ、第三会議室へと向かう。

 

 部屋に近づいたところで扉が開いた。

 キットが開けてくれたのだ。


「どうぞ」


「ありがとう」


 中はファウチ先生と2人だ。

 6人掛けの会議用大机の上に書類が数組、見慣れない装置が3つ置かれている。


「悪いな、引き継ぎの最中に」


「いえ、引き継ぎそのものはほぼ終わりですから。今やっていたのは届け出が出ている自主研究や自主製作の評価作業です」


「キットの意見が聞けるのもあと半月ですからね。今のうちに話し合っておかないと大変な事になりますから」


 ファウチ先生の言葉からもキットが此処を出るのは既定路線のようだ。

 でも一応確認はしておこう。


「でもキット、聞いたのだけれどつい一昨日にも携帯通信装置なんてのを作ったんだろう。もしやり足らない事があるなら残って貰った方がこちらとしては有り難いんだけれどさ」


「ありがとうございます。ただ此処での仕事や研究は一度リセットしたい気分なんです。そうは言っても次に何をやるかについては全く決めていないんですけれどね」


 なるほど、残る気は無い訳か。

 何故リセットしたいのかはわからないけれど。


「ところで商会長、今回は何の御用事でしょうか? 引き留めるだけではないですよね、此処へ来た理由は?」


 ファウチ先生がいるけれど、ここは言ってしまっていいだろう。

 そう僕は判断する。


「実はウィラード子爵家の領主代行に頼まれたんだ。マネジメントが出来る上級人材がいれば紹介して欲しいってさ。

 無理にとは言わない。ただもし良かったらという事で」


「ウィラード領ですか。王立研究所や図書館からも5名程行きましたねえ。研究所からカルロ、リゼッタ、イーダ。図書館からミィナとロゼリアでしたか。カルロはキットも知っていますよね。


 ロゼリアからの手紙では悪いところでは無さそうですよ。領内調査・開発部門を含めて30名規模の小規模施設ですけれど、新しいだけに風通しが良いと手紙にはありました」


 ファウチ先生は把握済みのようだ。


「良さそうですね。担当部署は研究所ですか?」


「話によると領主代行補助のようだ。業務が増えすぎて処理が追いつかないと言っていた」


「なるほど、ウィラード領の内政ひととおりですか。やりがいはありそうですね。少し考えてみます」


「頼む。もし行く気なら教えてくれ。紹介状を書いたり向こうと連絡したりするから」


 実は領主代行クレアの結婚相手も募集中だ。

 なんて事はあえて言わないでおこう。

 

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