第220話 問題は部内の労働時間?

 不安はある。

 だからと言って無理やり慰留したりとかはしないつもりだ。

 むしろ出来る限り気持ちよく送り出してやりたい。


 さて、考えても仕方ない事で悩んでも仕方ない。

 ここできっぱり頭を切り替えよう。

 やるべき事はひととおりやったと思う。

 騎士団関係とか森林鉄道パッケージ等、技術部に落とすものはひととおり落とした。

 カールやキットと話もした。


 なら次に観光推進部を回るとしよう。

 本部事務棟へ戻り、観光推進部の扉をノックする。


「リチャードだ。今入って大丈夫か?」


「どうぞ」


 係員のマーサが扉を開けてくれた。

 入ってみると悪の根源ノーマン悪の責任者ゴードンがいない。


「ゴードン部長とノーマンはどうした?」


 2人がいないのは割といつもの事だ。

 しかし一応聞いておく。


「ゴードン部長はアオカエンへ出張です。今日中には戻ってきます。

 ノーマンはまあ、いつもの出張です。何処かはわかりません。おそらくは新プロジェクトの事前現地調査です」


 アリシア班長がそう教えてくれた。


「ノーマンの新プロジェクトは後で聞くとしてさ。ゴードンは何故アオカエンまで行っているんだ? 領主家との話し合いか?」


「ええ。ウィラード領には領主代行直属の観光開発局があります。今日はそちらで第二期工事や今後の展開についての話し合いです」


 そんな部署まで作ったのか、クレア領主代行は。

 となると、やっぱりあの宿の料理や土産物は……

 ちょうどいいのでここで確かめておこう。


「一昨日までサルマンドの温泉施設に行っていたんだけどさ。向こうで出る料理や売店の商品等にかなりウィラード領側の意見が入っているように感じたのだけれど、その辺りはどんな仕組みになっているんだ?」


「施設で出す料理や売店で並べる物品については施設の方で決めています。ですがサルマンド温泉観光全体の戦略と歩調を合わせる必要があることから、ウィラード領の観光開発局とも密接な連絡調整を行っています。


 場合によってはウィラード領側から料理や産物の情報提供、更には料理材料や販売物品の仕入協力までしていただいている状態です」


 アリシア班長の返答に納得する。

 それで領主代行の意見も入りまくっていた訳かと。

 だが悪いとは感じない。

 むしろ上手く行っているなと思う。

 

「確かにあの場所ならではの料理や特産品が多数あってなかなか楽しかった。わざわざ行く価値があるなと感じたしさ。

 なるほど、ウィラード領がわざわざ専門部署を作ってまでして対処している訳か」


 研究所を作ったという話はクレアさんに聞いたが、観光開発も専門の部局を作ったとは知らなかった。

 フェリーデこのくには21世紀の日本とは違い、観光旅行なんて存在がまだまだ一般化していないのに。

 何と言うか、打てそうな手を打ちまくっている感じだ。


「ええ。そして観光開発部では温泉施設第二期工事で滞在可能客数が一気に3倍以上に増える事に伴い、更なる周知戦略を考えています。それがノーマンが事前調査に行っていると思われる新プロジェクトです。


 アオカエンに行っているゴードン部長はその件が可能かについて、本日の会合でウィラード領側に問い合わせする予定になっています。

 ところで商会長はサルマンドの施設で販売されているハーブ湯の素をご存じでしょうか?」


 勿論知っている。

 というか、実はアイテムボックスに現物が入っていたりする。

 無論家で使う分については置いてきているが、他でも場合によっては配ろうかと思って10袋ほど入れたままにしているのだ。


 という訳で、現物をアイテムボックスから出す。


「これだろう。幾つか買ってきた」


 アリシア班長は僕が出したハーブ湯の素の袋を手に取る。


「これが現物なんですか。私も話では聞いていたのですが、実物を見るのは初めてです。


 今回の問い合わせのひとつはこのハーブ湯の素をどれくらい大量生産してこちらに卸す事が出来るかという内容です。もしこちらの意図した量の入手が可能なら、このような施設をフェリーデ国内の何カ所かに造って、温泉の効果の周知と集客を図ろうと企画しています」


 アリシア班長はそう言うと、書類を引き出しから出して僕に渡す。

『出張温泉施設及び特選市支店開設による集客及び観光旅行の周知方策について』

 そう題した書類だ。


 出張温泉施設とは、もしかして……


「読んでみていいか」


「勿論です。これはまだ観光推進部内だけの案です。ゴードン部長が今日の話し合いである程度の内容をウィラード領担当者と話しあい、

 ① ハーブ湯の素が充分な量確保可能で、

 ② ウィラード領やサルマンドの名前を使用していいとのOKが出る

のを確認した後、正式な書類にして報告する予定となっています」


 書類をざっと読んでみる。

 間違いない。

 これはスーパー銭湯を各拠点駅に造るという内容だ。

 様々な浴槽の他、ウィラード領特産の温泉ハーブ湯の元を使用した風呂なんてのも組み込むらしい。


 温浴施設だけではない。

 同じ場所に一緒にデパートもどきの支店も一緒に開設するつもりのようだ。


 つまり

  ① サルマンドの温泉に近い成分の風呂も含めた様々な浴槽に入浴できるという疑似温泉施設があり

  ② 各地の名物を見て買い物が出来る、

施設を造るという事だ。 

 しかもこれらの施設を造る為の資金調達手段がえげつない。


「まさか各領地の宣伝や特産品コーナー、更には移住相談所まで併設して該当領主家から支援資金を調達するなんて思わなかった」


 つまりデパートや温浴施設だけでなく、アンテナショップ兼観光案内所みたいなものまで併設する訳だ。

 

「ええ、ノーマンによるとこれこそがこの計画の肝なのだそうです。


 今後各領主家は自領地の魅力発信に力を入れざるを得なくなる。なら集客力がある施設で宣伝できるというこの案には飛びつく筈だ。

 これによる投資で初期費用を出来るだけ抑えて早期の収益化を図る、そういう計算だと言っていました。


 とりあえず第一弾としてガナーヴィンの特選市場4階の半分を使って、各領地の情報発信所を造るつもりです。同時に特選市場に隣接した場所に出張温泉を建設し運用。


 これである程度のノウハウを蓄積した後、ダラムに全て揃った大型施設を、スウォンジー北門駅に普及版の見本施設を造るという計画になっています。

 この経過を見て、将来的には更に他の領都や大きな街にも出店を進める予定です」


 なかなか大がかりかつ欲張った計画だなと思う。

 しかし……


「観光推進部ではサルマンド温泉の第二期工事も計画中なんだよな。大丈夫なのか? 事務処理量も予算も」


 アリシア班長、そこでため息をついた。


「とりあえず予算の方は何とかなる計算です。

 温泉施設第二期工事については、当商会からの持ち出しは当初の予算の6割程度に抑えられる見込みです。これはウィラード子爵家からの出資枠増加や工事援助等によるものです。

 これで節約した費用をまずはガナーヴィンの新施設建設へと回します。


 ただ領地情報発信所の増設は特選市場建物内の改装だけですのでそこまで費用はかかりません。

 出張温泉施設は新設となりますが、場所は元々湿地帯ですのでいくらでも造成可能です。当商会の優秀な技術部でしたらその程度の土地に施設を造るくらいはそう難しくないでしょう」


 なるほど。


「ウィラード家の費用負担増加は大丈夫なのか?」


「本年の貿易額増加ににより予算がかなり増えたそうです。また施設そのものも当初計画以上の稼働率、ウィラード領主家協力による経費圧縮等で好調です。また売店の収益やそれによる地元産業への還元もそれなりの実績となっています。

 ですので心配はいらないそうです」


 うーん、微妙に綱渡り的な気がする。

 きっとこの辺、ノーマンとゴードン部長の暴走にアリシア班長が帳尻をあわせた結果なのだろう。

 うちの観光推進部は元々そういう組織形態だ。


 それに予算的に大丈夫だったとしても……


「なら問題は観光推進部の労働環境問題だけか。案を出す側ではなく実務を行う側の」


「そうなんですよ、本当に……」


 僕は思う。

 次の増員でもう少しアリシア班長の部下を増やしてやろうと。

 なまじ有能なだけに何でもかんでも処理出来てしまい、結果お仕事を抱え込みがちだから。

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