第218話 僕は切り出した
クロッカーのところで今回の騎士団輸送について、運輸部に対する感謝と10月10日騎士団撤退までの事について話した後。
僕はやっと技術部へ。
本当は真っ先に来たかった。
しかし詰めるべき件や話すべき事が多かったので仕方ない。
さて、カールの居場所は……
珍しく技術部事務室の自分のデスクにいるようだ。
押しかけて声をかける。
「カール、今は大丈夫か?」
カールは読んでいた書類から視線を上げた。
「ああ、問題無い。大変だったな、今回の休暇」
どうやらカール、僕の状況をご存じだった模様。
「キットの装置のおかげで戻ってこなくても済んだけれどさ」
「おかげでアオカエンの先まで仕事が追いかけていったとも言える」
「確かにそうだな」
さてという事で、ダルトンから貰った書類のうち、騎士団からの要望と今後についての書類を取り出す。
「それで工房、製作・整備部門の方はどうだ?」
「個人的な感情を別にすれば順調だと言っていい。車両はほぼ出そろったし、一般車両のクモロ503の性能にあわせた改良も一段落した。
それに間もなくファウチが作った新型強力ゴーレムも実用化される。これと新型台車を使えば整備が今までより3割は楽な自走車両を作れる。
キットがやっている通信事業の方も順調だ。あれもそろそろ一通り開発された形になった。現在の技術ではほぼ完成形といっていい。基礎技術の進歩で今後も進歩はするだろう。しかし現状での組み合わせとしてはほぼ完成形だ」
なるほど、何となくいいたい事はわかった。
ならじっくり話した方がいいかもしれない事がある。
出来れば事態が明らかになるまで先送りしておきたかった。
しかしそろそろ、そうすべき時期なのだろうから。
ただその前に業務的な話を片付けておこう。
「まずは業務の話だ。内容は3点。
① 騎士団専用車両の設計・開発・製造
② 森林鉄道を基本とした地方でも採算が取れる軽便な鉄道パッケージの開発
③ フェリーデ北部縦貫線でもう少し速く走れる急行用車両の開発
以上だ」
カールは頷く。
「なるほど。どれも昨今の情勢から考えると必要だろうな。
まず騎士団専用車両は貴族貸切用に製造中のクモイ593を基本にして作れば問題無い。これなら縦貫線を特急並の速度で走れる。それ以外でも森林鉄道線や路面鉄道線以外ならクモイ502程度に走る事が可能だ。
無論細部は再設計する。兵員輸送用は定員を増やすため、デッキを省いたり、中の通路をぎりぎりにして座席を横に4列詰め込んだりすればいい。何なら扉部分に折りたたみ展開式の補助席をつけてもいいだろう。
貨物専用車両もあえて同規格にしておこう。そうすれば併結して高速走行出来る。
案だけならすぐに出来る。明日の午後にはある程度の資料を作っておこう」
なるほど、明快だ。
「それでは軽便な鉄道パッケージは?」
「これはリチャードの言う通り森林鉄道を基本にすれば簡単だ。路線は森林鉄道の本線規格、つまり
車両もうちの森林鉄道車両を流用すればいい。最新技術で整備が簡略化できるよう改良した方がいいかもしれんがな。
路線保守や車両整備、運行については2週間程度、うちの技術部で教えれば出来るようになるだろう。
信号や列車の自動停止装置もキットが開発した装置をフルに使う必要はない。森林鉄道で使っている自動信号と打ち子式自動停止装置で充分だ。
これなら単線で作れば費用は高速鉄道本線の2割もかからない。あくまでうちが作業した場合の原価ベースだが」
あっさり。
これだからカールに相談するのは早くて楽でいい。
「それじゃ急行は?」
「一番簡単だ。クモイ582とモイ580の車体を基本にして、座席と窓だけクモイ502に準じたものにすればいい。
ついでに言うと領都特急は編成を組み替える予定だ。アオカエンやノマルク、エーロング行きが混むようになってきたからな。
具体的には付属編成を含め、全ての編成を3両編成以上にする。領都特急用の車両は全長が短く台車も少ない。だから最大15両編成程度までは操縦出来る筈だ。
この辺は運輸部からの要望でもある。あと数度検討会を行った後、10月の半ばまでには何とかする予定だ」
なるほど。
「カールに相談すると楽でいい。明快な回答が即時得られて」
「此処の鉄道は立ち上げ当初から関わっているからな」
そう、カールがいてくれたからこそ、ここまで鉄道が発展したのだ。
それを思うとこれからの話が少々辛くなる。
この話、今日するつもりは無かった。
しかしついさっき僕は気付いてしまった。
カールの、きっと本人にとっては何気ない言葉と反応で。
間違いなく関心が移り始めている事に。
だから今しておくべきなのだ。
たとえ性急だと思われても。
「さて、それじゃ次の話だ。少し場所を変えよう。技術部管轄で人がいない部屋はあるか?」
「第3会議室がいいだろう。あの部屋だけは誰も占拠しないように管理している。何せ
技術部、相変わらず治外法権だ。
他は庶務がきっちり部屋を管理しているのに。
もっともわざとそれを認めているのだ。
それくらいの自由さが無ければ研究開発が進まない。
かつてカールがそう言っていたから。
階段を上がり第3会議室の扉に使用中の札をかけ中へ入る。
保秘魔法を起動して、そして僕から話を持ちかけた。
「さっきキットがやっている通信事業について言ったよな。一通り開拓された形になった、現在の技術ではほぼ完成形だって。あれはカールが担当している鉄道技術全般についてもそうなんじゃないか?
高速鉄道も形になったし、安全装置もほぼ完成した。ゴーレムも鉄道用として使う分にはほぼ充分な性能に達したし、台車等についても性能的には充分なものとなった。つまり全体の機構についてほぼ完成され、新規開拓が必要な部分はほぼなくなった。
違うか?」
「ああ、その通りだ。それがどうかしたか」
カールの表情に特に変化はない。
これは隠しているのか気付いていないのか、どちらだろう。
そう思いつつ僕は次の言葉を選んで続ける。
「此処、今は技術部と呼んでいる工房は元々カールがいたからこそ出来た部門だ。この鉄道だってカールがいなければ今のようには発展出来なかった。
僕としては今の体制のままやっていきたい。これが僕に取って一番信頼できるし楽な状態だ。
技術的な問題があればカールに相談出来る。そうすれば少なくともフェリーデにある技術で解決可能なのかがすぐわかる。その上解決出来るならどうするのが最適解なのかまで、間違いなく教えてくれるだろう。
ついさっき質問した時と同じようにさ。
ただそれでももしカールが此処から別の場所へ行きたい、行くべきだと感じているなら、僕は止める事はしないし出来ない。
だからもし、そうする時は言ってくれ。僕に出来る最大限の便宜を図って送り出すつもりだ」
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