第208話 そして、今日もまた
一度部屋に戻った後。
「ローラ、すまない。僕の代わりに此処の観光地としての状況をしっかり見てきてくれ」
「わかりました。リチャードも気をつけて」
「ああ。ローラも気をつけてな」
部屋を出て事務室へ。
「あ、商会長、おはようございます」
「おはよう。すまないな、業務中邪魔して」
「いいえ。あと昨晩からの商会長宛ての通信文書はこちらになります。急ぎはありません」
「ありがとう」
ざっと読む。
列車の回送終了報告や今回の輸送に要した経費の計算、帰投時の輸送案等だ。
予想外の物も特に急いで返答するものも無い。
そうなると待機以外にやるべき事は情報収集だ。
という事で事務員に聞いてみる。
「すまないが、ここには新聞は入ってくるのだろうか?」
「宿の客用に
本日はアオカエンで発行しているウィラード週報が発刊日ではありません。ですから10半過ぎの列車で到着するガナーヴィン発行のものが最速です。
もちろんアオカエンで何か号外が出ていれば、そちらが着くでしょうけれども。
いつもは着き次第宿のロビーに並べますけれど、こちらで取っておきましょうか?」
「いや、宿のロビーに出すならそれでいい。
それにしても
「ええ。こちらへお泊りになる方にはそういったサービスが必要な方も多いと思われますので」
地方で最新情報を得る事は何気に難しい。
例えばシックルード領スウォンジーの場合、手に入る全国紙はガナーヴィン発行の北部版が1日遅れ。
ちなみに北部版の全国記事面は
アオカエンの場合もスウォンジーとそう差はないだろう。
つまり普通に考えれば、発行当日に手に入るのは地元紙のみ。
それなのにわざわざ
自分の経営する商会の宿だけれど感心してしまう。
流石セレブ用の宿だと。
「それでは少しその辺をぶらぶらしている」
「わかりました」
事務室を出て考える。
新聞が入ってくるまでどうしようかと。
風呂でも入って待っているか。
いや、折角だからこの宿をじっくり確認しよう。
宿の中なら緊急連絡があっても魔力探知で警備の皆さんが見つけて来てくれるだろうし。
まずは売店だ。
宿と日帰り温泉共用の売店がこの事務室の近くにある。
そこで何を売っているか確認してみよう。
日帰り温泉は朝8の鐘から営業しているようだ。
列車が到着したようで何人か客が日帰り温泉側へ歩いている。
しかし流石にまだ売店で土産物を見ているような客はいない。
なので他を気にせずじっくり見学。
『温泉蒸し料理セット・販売中』
売店入ってすぐの場所にそんな案内が貼ってあった。
散策コースにある蒸し釜に袋ごと入れておくと半時間から1時間くらいで美味しく食べられるようになるらしい。
半時間袋、1時間袋、2時間袋と時間別にあって、同じ時間でも中身が数種類あるようだ。
きっとローラ達、特にパトリシアやゲオルグ氏達がしっかり買って持って行っているだろうなと思う。
正直なところ自分でもやってみたかった。
でもまあ今回はローラに様子を聞くだけで我慢しよう。
さて、お土産的なものの方はどうだろう。
真っ先に目に入ったのはカラフルなベリー類の加工品。
北方部族経由で入ったワイルドベリー類の栽培なんてのがそこそこ盛んらしい。
シロップ漬けやジャムの他にドライフルーツとなっているものもある。
キノコや山菜類も生、乾燥、冷凍、塩漬けとあるようだ。
この辺はローラが好きそうだなと思う。
買うのはローラと一緒の時がいいだろうから、今は見るだけ。
ハーブも乾燥と生と両方あった。
風呂専用と書かれた袋もある。
これがクレアさんが言っていた、わざわざ開発したという入浴剤だな。
なおハーブ無しの入浴剤もある。
この辺りは使うと結構楽しそうだ。
帰る時までに大人買いしておこう。
うちの使用人の皆さん、特にニーナさんあたりが喜ぶだろうし。
肉関係も結構ある。
ヤマドリの燻製はウィリアム兄とかジェームス氏に良さそうだ。
でもトナカイの燻製とどっちが好みだろう。
両方買っていくのが正しいだろうか。
毛皮や革製品コーナーなんてのもあった。
財布のような小物だけでなく、コートなんてものまで。
この辺は温泉土産と言うよりウィラード土産という感じだ。
きっとそういう意図もあるのだろう。
他領から温泉観光に来た客にウィラード領の特産品を知ってもらうという。
容器は缶詰や瓶詰めの他、防水の紙袋なんてのも使用している。
塩漬けのキノコや山菜類はそういった袋に入っているものが多い。
更に防水の紙箱なんてのもある。
これは牛乳パックを2個並べた位の大きさだ。
総じてここの土産品、なかなか魅力的だと感じる。
これって鉄道開通やここの施設にあわせて開発したのだろうか。
だとしたらなかなかいいセンスだ。
うちの百貨店にも欲しい位の物が結構あるし。
いや、案外もう入っているかもしれない。
あのノーマンやゴードン部長が見逃すとは思えないから。
それとも此処へ来ないと買えないという事にしているのだろうか。
差別化の為に。
そんな事を思った時だった。
明らかに僕の方に向かって小走り程度の速度で移動している人がいる。
振り返って目で確認。
先程事務室にいた1人だった。
「あ、良かった商会長。今し方の列車で号外が届きました」
おっと、それはナイスだ。
「わざわざありがとう」
「いえ。こちらになります」
受け取ってそのままロビーへ。
手前の空いている椅子に座って広げる。
『第一騎士団、演習でセルステムへ!』
背景等については書いてあるだろうか。
一行目から飛ばさずじっくり読む。
どうやらゼメリング侯爵家関係の事は書いていないようだ。
セルステムへ来た理由はあくまでも鉄道を使った緊急移動・展開訓練の為。
来たのは第一騎士団第1大隊の魔法第1中隊から魔法第3中隊合計300名で、指揮官は第1中隊長が兼務。
訓練終了日時は不明と書かれている。
号外が出る位だ。
ゼメリング家も部隊がセルステムまで来た事を知っただろう。
ならどう出るだろう。
動きを止めて諦めるか、未練がましくぎりぎりまで抵抗出来るよう動くか、それとも一気に攻めて出るか。
そんな事を思っていると、また先程と同じ事務員が僕の方へやってきた。
「商会長すみません。至急報が来ています」
「ありがとう」
今度は何だろう。
そう思いつつ事務所へと向かう。
発出は020、つまり軍務卿たるアルガスト皇太子殿下から直接届いたものだ。
例によって略号を使っているので平文に直して読む。
『本日も大量輸送訓練を行うので準備方宜しく願いたい。人員は600名で、貨物は6000重。区間はダラムからメッサー海水浴場。出発見込みは夜9の鐘の時刻。シックルード伯爵及びスティルマン伯爵には連絡済』
今度は倍の人数・倍の貨物だ。
しかも単線のガナーヴィン西線を通る事になる。
勿論計画は事前に作ってあるが、昨晩以上に大変な作業になるのは間違い無い。
「すまない。パンチカード作成機を借りていいか? ちょっとばかり至急連絡を打ちたい」
「大丈夫です。どうぞお使い下さい」
では皇太子殿下宛てとダルトン、あとはウィリアム兄宛てにも通信文を打つとしよう。
ますは皇太子殿下宛てに了解の連絡からだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます