第194話 答はわからない

 ゴーレム車の中で思考をまとめる。


 概ね状況は理解したと思う。

 まず今回の依頼者というか指示を出した人物について。

 フェリーデこのくにで領主家に命令を下せる者なんてそもそも限られている。

 それが伯爵家序列最下位の我が家であってもだ。


 通常の場合は、

  ○ 宰相で行政筆頭者であるレウベルグ公爵

  ○ 法の執行に疑念がある場合に限り監査として政務院議長のアクセン公爵

  ○ 税務に関する監察権行使に限り大蔵卿のチューネリー公爵

だけ。 


 しかし三公爵及びその関係には文章送受信の装置を渡していない。

 装置を持っているのはゼメリング侯爵家対策に関わっている各領主家関係と、国王庁軍務局総参謀部だけ。


 そちら経由で平時に領主家に命令を下せるのは2名しかいない。

 国王陛下御自身と、軍務卿として統帥権を持っている皇太子殿下だけだ。

 

 そして調べる内容が『1個騎士団の実戦部隊を運送する為にかかる時間』。

 なら命令は軍務卿である皇太子殿下からと考えるのが自然だろう。


 何故1個騎士団を運ぶのか。

 北方や東方の対策なら既に第三騎士団がいる。

 そしてそれらの地域には第三騎士団ほどの兵力を持つ勢力は存在しない。

 つまり王都付近から1個騎士団相当の人員を運ぶ必要性は薄い。


 そうなると答はひとつ、第三騎士団を仮想敵とした場合の部隊搬送だ。


 何故第三騎士団が仮想敵となるのか。

 第三騎士団を預かるゼメリング侯爵家は降爵寸前状態だ。

 下手をすれば奪爵の虞すらある状態。


 つまり奪爵となるよりはと、一か八か反乱をしかける虞がある。

 そういう事だろう。


 しかしそうなる可能性はあまり高くない。

 命令者はおそらくそう判断している。


 鉄道を利用した検討をシックルード家じっかを通じて僕1人に振ってきた。

 北部大洋鉄道商会に公式に検討を要請するのではなく。

 その事からの推測だ。


 フェリーデこのくにでは4月1日と10月1日に高級官僚の命免が行われる。

 準子爵以下の一代貴族の昇爵も同日だ。

 降爵または奪爵もおそらく同日に行われるだろう。


 一般的に一代貴族の内示発表は半月前に行われる。

 10月1日に命免なら、内示提示は半月前の9月半ば。

 9月半ばという期間は『この後1ヶ月半くらいはリチャードの周囲の警戒が少し厳しくなるかもしれない』と一致する。


 と、そこまで考えて、そして気付いた。

 キットからの特別採用依頼と、王立研究所にこれからあるという異変。

 これもきっと同じ流れの一部だろうという事を。


 ゼメリング家がゼメリング領から追い出される。

 ならば当然、その後継となる貴族家がある筈だ。


 しかし元ゼメリング領の経済規模は子爵領の平均以下。

 なおかつ現在進行形で人口減少中だ。

 立て直すのはかなり大変な作業になるだろう。

 現在領地を持っている伯爵家ならば好んで異動するなんて事はまず無いと言っていい。


 しかし第三騎士団を預かる事になる以上、現ゼメリング領の新たな領主家は伯爵家より格上となる。

 これは伯爵家や子爵家の指揮下にある領騎士団より王立騎士団が格上という意味で絶対だ。

 現にフェリーデこのくにで王立騎士団を預かる家は侯爵家以上となっている。


 そうなると子爵家からの昇爵というのはまず考えられない。

 つまり現在伯爵位にあるかそれ以上、もしくはそれに準じる者がその地位に就くのが自然だ。


 領主家以外の伯爵家というと、参謀総長であるフェーライナ伯爵家がまず挙げられる。

 第三騎士団を預かる事になる以上、軍務を預かっているフェーライナ家が現ゼメリング領の新たな領主となるのはごく自然だ。


 しかしもし、フェーライナ家を何らかの事情で現ゼメリング領へ異動させない場合。

 領主家ではない伯爵家はローチルド家しか残っていない。


 そしてローチルド家が現ゼメリング領への異動及び第三騎士団長への就任を内諾したとしたならば。

 王立研究所の異変という、キットの動きにそのまま繋がる訳だ。


 もしそうならカールはどう思ってどう動くだろう。

 元ゼメリング家出身でローチルド家とも縁があるカールは。

 ただそれを聞くわけにはいかない。

 ローチルド家が異動するというのはあくまで僕の推測。

 その上なぜそう推測したかを言う事はできないのだから。

 

 あともしそうなった場合、ローチルド伯爵家の後任はどうなるのだろう。

 領主家はローチルド家の後任として王立研究所長となる事に魅力を感じないだろう。

 王立研究所長は王立学校や王立図書館の総長を兼ねているが、大蔵卿に予算を握られている。

 その為独自に出来る事はほとんどないし、貴族としての収入も実情は子爵家並みかそれ以下。


 それでも中央政庁の官僚貴族であるから、序列としては伯爵家筆頭だ。

 だから子爵家や一代貴族からの昇爵というのは考えにくい。

 しかしそれならどうするのだろう。

 僕の貧弱な貴族知識ではそれ以上わからない。


 また王立研究所や王立学校はどうなるのだろうか。

 ローチルド家は権力は無いながら、出来る範囲でこれらを誠実に運営していた。

 カールやキットに聞いているので僕も知っている。

 しかしもし、そのローチルド家が王立研究所や王立学校を離れたのなら……


 推測に推測を重ねても、答は出てこない。

 それにどうなるにせよ、僕が出来る事はそう変わらない。

 北部大洋鉄道商会を堅実に運営する事と、特別採用を多少多めにとっても大丈夫なようにしておく事。

 そのくらいだ。


 誰かに相談するなんて事も出来ないし、そもそも僕の想像通りかも明らかではない事案だから。

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