第195話 僕の相談役

 色々な思惑が僕の知らないところで動いている。

 それでも僕の日常はそう変わらない。

 とりあえずダーリントン領の新規2路線はまもなく工事が終わり、試験運行に入る。

 1ヶ月の試験運行で問題が出なかったら本運行に移る予定だ。


 さて、今日やってきた書類はその続き。

 ダーリントン領では新線開通を機に、リランタンとダラムにある領主直営市場間、更には他領地の直営中央市場との間で在庫と流通を調節する仕組みを作るつもりらしい。

 この仕組みの為に北部大洋鉄道商会うちの文章送受信システムと鉄道運送を使いたいので協力願いたい。

 そんな依頼だ。


 勿論他の領主家からも同じような文章伝送システムの利用依頼と貨物搬送協力依頼が来ている。

 具体的にはスティルマン領、ハドソン領、バーリガー領、ウィラード領、ハンティントン領、ブローダス領、モーファット領、そして勿論ウィリアム兄シックルード領からもだ。


 つまり鉄道沿線領主家の皆様による共同政策という訳だろう。 

 ただこれに協力する事に政治的なリスクはあるのだろうか。

 あるとすればどんなものだろうか。


 鉄道という存在はどうしても政治に絡みやすい。

 用心の為にある程度の事は知っておきたいところだ。


 以前ならこういった件については、ウィリアム兄くらいしか相談相手がいなかった。

 しかし今はローラがいる。

 という訳で家に帰った後、リビングでローラに聞いてみた。

 説明を聞いて資料を読んだ後、ローラは顔を上げて口を開く。


「農家や消費者、中小の商会にとっては助かるでしょう。これで中部以北の物価が一気に安定するでしょうから」


「それでこれが実現して困るのは大商会だけか?」


 この場合の大商会というのは、事実上マールヴァイス商会とその傘下のみを指している。

 何故なら北部、南部、中部を結ぶ航路のほとんどがマールヴァイス商会とその傘下に押さえられているからだ。


 この辺は20年程前に施行された悪法『防衛措置に伴う民間用大型船建造禁止法』と、同時に施行された『王都及び中部特定区域における港湾国有管理法』のせい。


 この法案のせいで北部中心に発生した通称130冷害、及び133冷害の被害が甚大になった。

 その結果両法律とも廃止されたのだが、その影響は今でも一部で残っている。

 とまあこの辺について今はこれくらいにしておくとして。


「この件を快く思わない貴族家も幾つかあるでしょう。代表的なのはスコネヴァー家、カーライル家、マシオーア家、マルケット家ですね。

 チューネリー公は政策工作の重要性が増すと喜んでいるかもしれません」


 マールヴァイス商会が不利になった結果、政策的な工作が必要となり、結果チューネリー公の重要度も増すという訳か。

 なかなかエグい世界だなと思う。


 そして今出た名前は何処もマールヴァイス商会の影響が強い領主家。

 つまり元々敵対的存在だ。


「どちらにせよ、北部大洋鉄道うちの商会の立場は変わらないという訳か」


「そうですね。あまり気にする必要はないと思います。あとは北部の産品が中部で入手しやすくなる事から、中部の各領主家が今後の動向に注目しているというのは当然あるでしょう。


 パルマ領やグリノック領は王都バンドンの食料庫とも言われています。北部から中部への商品流入でどうなるか、逆に北部へ販路を広げる事が可能な産物があるか。

 ブルーノル領あたりもすぐ隣のハドソン領に鉄道が通る事から、その影響を注視しているのは間違いありません。


 ただこの辺りはすぐに態度をどうこうというのはないでしょう。ある程度動向を窺ってから動くと思います」


「なるほど、ありがとう」


 ローラに相談したおかげで何となく安心出来る。

 何と言うか本当に僕には勿体ない存在だよな。

 おまけに綺麗だし可愛いし。


「ところでダーリントン領の新線はどんな感じになりますの?」


 そう言えばローラには工事進行中という事くらいしか言っていなかったなと気付く。

 ちょうどいい資料が僕のアイテムボックスに入っているので、出して説明を開始。


「今回出来たのは南の海岸線をぐるっと回る路線と、北北東のマシオーア領との境まで行く路線だ。この資料の……」


 ◇◇◇


 一通り読んだ後、ローラは頷いた。


「リランタンから海沿いにコニスクリフの街を通ってガテラゲザブで本線と繋がる線と、ランチェクから北北西に走ってカルロッタまでの線ですね。


 どちらも複線で、ランチェクからダラムまでは本線直通の急行運転もありですか。このカルロッタへの線はマシオーア家への宣戦布告みたいなものですね。マシオーア家が気付くかは別として」


 宣戦布告?! 穏やかではない。

 でもカールも結論としては似たような事を言っていたなと思い出す。

 ついでだからローラはどう考えているのか、聞いてみたい。


「どういう事かな?」


「マシオーア領やマルケット領の物価が北部平均よりやや高めで、かつ農作物等の生産者からの買い取り価格が北部平均より低めなのはご存じでしょうか?」


 ローラ、そんな事まで知っているのか。

 ちなみに僕はマシオーア領についてはかつてマリウム商会が鉄道新設した際に行った後に調べて知った。

 マルケット領の方は知らなかった。


「そんな事まで見ているんだな、ローラは」


「スティルマン領は商業だけの領地でした。ですからそういった事に敏感です。今は農地もかなり増えましたし、他の産業も少しずつ育っていますけれど」


 相変わらず良く勉強しているなと思う。

 こういった知識があるのは、貴族令嬢であっても普通という訳ではないだろう。

 僕が知っている限りではローラと、あとはクレアくらいかな。


 さて、ローラのさっき言った言葉の意味を考えよう。

 と言っても類似の事例はすぐに思い出せる。


「つまりスティルマン領とゼメリング領でかつて起こった事のように、マシオーア領の領民を奪おうという訳か」


「領民だけでなく、金銭というか資本も含めてです。安くて質がいい物がマシオーア領内に流れ込む結果、マシオーア領内からお金が出ていく事になりますから。

 この辺りもゼメリング領と同じですね。


 勿論マシオーア領の方がゼメリング領より少しはましな状態でしょう。しかし税率が高く収入は少なく、物価が高い割に生産者の買い取り価格が安い。そういった構造は同じです。


 ゼメリング領の場合はメッサーの海水浴場まで敷設されたガナーヴィン西線が大きな役割を果たしました。


 境のすぐ向こう側は鉄道を通して安価に物が手に入る。そうなると人と物の流れがそこに出来るのは必然です。


 そうすると物の他、情報も入ってくるようになります。

 その結果、ゼメリング領内の人がスティルマン領やシックルード領の良さを知ってしまった訳です。

 取引先として、そして移住先としても。


 ゼメリング領の境から3時間あればガナーヴィンなりスウォンジーなりに自由に行ける。何なら一度開拓の現地を見学する事だって1泊2日あれば可能。


 つまり情報が真実かどうかをその目で確かめる事だって出来ます。それがまた、更なる情報と人の流れを産む。


 同じ事をダーリントン伯は狙っているのではないかと思います」


 既にストロー現象とほぼ同じ現象がフェリーデこのくにでも起こっていたという訳か。

 完全に繋がっていないゼメリング領でそういう事態が起きたのだ。

 すぐ近くまで別の線路が通っていて、歩いて半時間30分あれば乗り換えが出来る場所に景気のいい他領へ自由に行く事が出来る駅があるならば……


 要するにカールと同じ結論という事のようだ。

 表現は少し違うけれど内容的にはほぼ同じ。


「言われてみると確かに宣戦布告だな」 


 ローラは頷く。


「ええ。流通が一気に改善された事で、これからフェリーデこのくにも変革の時期を迎えるのでしょう。


 その際に一番の武器になるのは人口だ、以前お兄様がそう言っていました。ウィリアム様も同じ考えのようで、条件がいい新たな入植地や公営住宅の整備、公社の求人情報の領地外宣伝等の施策を積極的に行っていらっしゃる様子です。

 きっとダーリントン伯も同じように考えているのでしょう」

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