第193話 危険な推測

 一体何だろう。

 キットが言った件と関係があるのだろうか。

 そう思いつつ、ゴーレム車で領主館へ。


 すぐに会議室に通される。

 今日はウィリアム兄だけではなく父も一緒だ。

 明らかにいつもと違う。

 空気すら何かピリピリしている感じだ。


「リチャード、お呼びにより参上致しました」


「すまないね、急に。実はある筋から問い合わせがあってね。誰からとか何の為にとか、とりあえず聞かないで答えて欲しい」


 何と言うか、ウィリアム兄のそんな台詞すら危険な香りがする。

 何事があったのだろう。

 もしくは何事があるのだろう。


「わかりました。それで問い合わせの内容は何でしょうか?」


「仮にダラムからメッサー北まで、五千人の騎士団員と装備を北部大洋鉄道商会の最大の能力で運ぶとしたらどれくらいの時間がかかるかについてさ。


 事前準備はしないという事で。ただしこの依頼、他の路線や一般の顧客の都合を全て無視して最優先するという前提で。なお人員や装備についての詳細はこんな感じかな」


 ウィリアム兄は数枚の紙を僕に渡してきた。

 紙を見てすぐわかる。

 北部大洋鉄道うちの商会通信部で使用している文章受信記録用紙だと。

 紙の端にある端部確認用の穴がその証拠。


「これは此処で見て、此処で即答するべき事案でしょうか? ここで私が答える場合、データに基づいた正確な数値ではなく概算的なものになりますが」


 想定がどうにも危険過ぎる。

 1個騎士団の実戦部隊をまるまる移動させるようなものだ。

 他の都合を全て差し置いて。

 こんな想定、戦争や内戦でしか必要ないだろう。


「ああ。流石にこの想定は外に出す訳にはいかないだろう。だからこの場で、その資料を読んで回答して欲しい」


 この紙に印字されているという事は、あの魔法通信の受信機で受信したという事だ。

 そしてこの送受信機、北部大洋鉄道うちの商会外にも38台ほど設置されている。


 具体的には、スティルマン伯爵家、バーリガー伯爵家、シックルード伯爵家、ウィラード子爵家それぞれの領地にある防衛拠点と領主館、そして各領主家の王都屋敷、そして国王庁軍務局総参謀部。

 つまりゼメリング侯爵家対策で敷設されたものだ。


 どう考えても危険な予感しかしない。

 しかし今はまず返答する事だ。


 フル装備の騎士団員5千人の他に、ゴーレム車381両、それ以外にゴーレム馬98頭……


 必要な客車数、貨車の数、うろ覚えで覚えている各車両基地の留置車両数……

 さらにハリコフ地区からメッサー北までおよそ18離36km、ダラムから新ガナーヴィン駅までは84離168km

 そしてメッサー線は単線で交換可能な駅とその容量、更にバッファとして使える場所は……

 

 必死に考え、筆算で計算して、とりあえずの答を出す。


「合計で14時間程です。

 第1便、650名強が到着が3時間半後、その後人員を優先して間に貨物を通す計算で、4957名全員が到着するのが開始から8時間後。その後装備を運ぶ時間が6時間という計算です」


「なるほど、丸1日かからない訳か。想像以上にとんでもないね、鉄道の輸送力は」


 いや、実は大した事はない。

 東海道新幹線なら1編成16両で1,300席以上。

 東京大阪間はのぞみだけで1時間12本。

 それを考えるとかなり悲しい結果だ。


 何せ1両あたりの座席数が最大のクモイ502でも39席しかない。

 しかもクモイ502は車両数がそこまで多くない。

 主力はセミクロスシートのクモロ502だ。

 特急用車両は人数運ぶのには向いていないし、ロングシート仕様のクモロ503は座席が少ないし。


 しかも旅客車はどれも小さめ。

 全長が8腕16mとJR在来線の一般車の8割。

 新幹線と比べると6割程度だ。


 更にゴーレム車を積載可能な貨車はまだ両数が少ない。

 大部分は一般的な無蓋車にロープ固定して運ぶしかないだろう。

 そうなるとあまり高速は出せないから……


 いや、そんな鉄的な事を考えている場合ではない。

 ウィリアム兄、間違いなく今、と言った。

 どういう事態なのだこれは。

 何となくわかる気がするが、それはそれで洒落にならない。


「何処まで聞いていいのでしょうか?」


 あえてストレートに質問をぶつけてみる。


「今のところ、僕や父から話せる事はこれ以上は無いんだ。僕らもこの質問を聞いてくれと依頼されただけだからさ。

 もちろん誰から依頼されたかも秘密だし、リチャードもこの件については一切口外禁止だよ。そう命令されているからね」


 この時点で誰からの依頼か答を言っているようなものだ。

 もちろんウィリアム兄はわざとそうしているのだろうし、父も了解済みのようだけれども。


「わかりました」


「あとこの後1ヶ月半くらいはリチャードの周囲の警戒が少し厳しくなるかもしれない。少し煩く感じるかもしれないけれどさ、必要がなくなったら解除するからそれまで我慢してくれないかい。


 特にそれ以外は禁止事項とかは特に無い。パトリシア提案の同窓会だって行っても大丈夫だ。勿論警備はつけるし、いざという時に非常連絡が通じる状態にして欲しい。それでも警備は目立たない程度にするからさ、出来るだけ」


「わかりました」


「それじゃ帰りは気をつけて。3人ほど警備用のゴーレム騎兵をつけるけれど、気にしないでいいから」


 この護衛は警戒の為か、警戒していることを見せる為か。

 おそらく両方だ。

 護衛が3人という事は、そこまで事態は深刻ではないという事だろう。


 ゴーレム車で帰る途中、念のために聞いてみる。


「マルキス、うちの方の護衛を増やせという指示はあるか?」


「今の所はありません。ただ領主館の方からつく警備の人数が増える可能性がある、という通知は受けています」


 とりあえず今現在はそこまで危険では無いらしい。

 安心出来る事はそれだけだ。

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