第197話 まだ着きません

 アオカエンの駅でウィラード東線サルマンド行きに乗り換える。

 アオカエンからサルマンドまでは各駅停車で30分程。

 ローカル線用のクモロ502とコンテナ車のクモワ503、そして温泉客専用に改造したクモイ502の3両編成が行ったり来たりしている。

 とりあえず警備上の都合があるので前方に固まって陣取った。


「この車両は温泉客専用なんですね」


「ええ。折角ですから此処から旅行らしさを感じて貰おうと思いまして」


 この温泉客専用クモイ502は特別仕様だ。

 クモロ502やクモワ503と混結して走れるよう、動力ゴーレムやギア比がクモロ503ベースになっているだけではない。


 途中駅で乗降する可能性が低いので、扉は車端の1箇所のみ。

 椅子と椅子の前後間隔こそ急行用502と共通だけれども、それ以外の内装は特急車両に準じた豪華な作り。


 急行用車体に特急並みの設備というのは日本で言うならば157系電車のような感じだ。

 それとも普通列車用の足回りに豪華内装という事で117系電車の方が近いだろうか。

 勿論色を塗り替えられたりロングシートを付けられたりする前のオリジナル状態の方で。


「専用の急行列車とかは出さないのでしょうか?」


「まだ温泉は第一期工事のみで収容人数はそれほど多くありません。最大300名の日帰り客と最大20組30~80名の宿泊客といったところです。

 間もなくはじまる第2期工事が終われば収容人員も増えますので、急行や特急を直通させようと思っています」


 それを見越してウィラード東線、ローカル線のくせに複線となっている。

 もちろん客が増えずこのままだったら折角の複線も宝の持ち腐れ。

 しかしきっと一大観光地に成長する。

 僕はそう信じている。


 列車が走り始めた。

 車窓はすぐに川、畑、山という感じへと変わる。


「こういう風景って落ち着くよね。スウォンジーは昔、こんな感じだったし」


「ハドソン領もこんな感じでした」


「モーファット領も同じですね。今住んでいる王都バンドンには緑が少ないのでこういった風景があるとほっとします」


 なおガナーヴィンの街で生まれ育ったローラは何も言わない。

 車両内や車窓の風景を色々観察しているようだ。


「それで列車が変わったという事でお兄、第2のおやつとか出ないの?」


 これパトリシア!

 しかしゲオルグ氏まで期待の目でこっちを見ている。

 うーん、流石似た者夫婦、でもいいのかこれで?

 とりあえずゲオルグ氏に免じて出してやるとしよう。


「今回は時間が短いから簡単なもので」


 小袋に入った味付き落花生4種類、味はチョコ、キャラメル、飴、黒糖だ。


「これは前食べたよね。海を見に行って海水浴場の計画を考えた時だっけ?」


 パトリシア、よく覚えているなと思う。

 食べ物に関しての記憶はやたら優秀なのだ、昔から。


「あとはあの滝を見に行った時にも似たような御菓子が車内で出ました」


 エミリーさんが言ったのはラングランド大滝に行った時の事だろう。

 あそこは今年の夏も行ったから覚えている。


「それでは私が飲み物を出します。これもうちの製品ですけれど」


 エミリーさんの夫のエリオット氏が出したのは汽車土瓶だ。

 この汽車土瓶、この世界の飲み物入れとして僅かな間に一般化してしまった。

 今ではシックルード領だけでなく全線の大きな駅で似たような容器に入った飲み物を売っているらしい。


 さて、中身は何だろう。

 ほんのり暖かい汽車土瓶の蓋兼コップ部分に注いでみる。

 浅い緑色の液体が香りのいい湯気を出した。


「緑茶ですか。いい香りですね」


 そう、いかにもいい茶という香りだ。


「ええ、鉄道で短時間で運べるので、これからはフレッシュな緑茶の出荷も増やそうと考えています。

 これは試作品で、葉を摘む前10日間ほど、陽の光を遮る布をかぶせて育てた葉を使いました」


 飲んでみてなるほどと思う。


「美味しいです。渋くはないのにコクがあって、最後にほのかな甘みが残ります。今までに飲んだ事が無い味ですが、癖になりそうです」

 

 これはローラだ。

 僕が感じた事をほぼ全部言ってくれた。


「そう言っていただけると嬉しいですね。何せ鉄道で出荷しやすくなったのはいいですけれど、その分他領との競争も激しくなる。

 ですからこのお茶のように常に新製品を考えなければならない訳です」


 なるほど、農業振興公社も大変なようだ。

 でもそれならあのラムレーズン関係、作って貰おうかななんて思ったりする。


 ブローダス領はワインも葡萄も特産だった筈だ。

 よりラムレーズンにあった葡萄なんてのも作っているかもしれない。

 あるいは今使っている酒よりも葡萄を浸けるのによりいい酒があるかもしれない。


 シックルード領は葡萄もワインもあまり作っていない。

 だから多分問題はない筈だ。

 宿で落ち着いてから聞いてみよう。 


 それにしてもこの緑茶、美味しい。

 何せこの世界、アイテムボックスでいれたて最高の状態で保存できる。

 日本の駅売りのお茶やペットボトル等と比べると条件が全然違う訳だ。


 とりあえずこれも後で何処で売っているか聞いておこう。

 何ならガナーヴィン駅の特選市にお招きするなんてのも有りだ。


※ 国鉄157系電車

  日本国有鉄道が1959年に製造した長距離用直流特別準急電車。国際観光地である日光へ向かう列車を電車化し高速化する為に製造された。だから最初に使用されたのは準急『日光』。その為日光型なんて呼ばれたりもする。


  性能や車体構造の基本は当時の急行型電車153系とほぼ同じだが、上記の目的から特急形車両並の車内設備を誇る。また前面は非貫通型でこの頃のどの車両にも似ていないが精悍な顔つきをしていた。

  あと晩年に使用された『あまぎ』等で大きなヘッドマークをつけた姿もまた独特だった。

 

  また157系の特殊用車両として皇室の小旅行用ならびに外国賓客用貴賓車のクロ157形も存在。

  製造量数が少ない(一般旅客用31両と皇室用貴賓車1両)割に特色が多く、ファンが多い車両だった。


※ 国鉄117系電車

  1979年登場で、当時は京阪神圏の新快速列車専用として作られた電車。片側2扉で内装は転換クロスシート、つり革無し、内部は木目調で蛍光灯はカバー付という当時の急行用電車より豪華な仕様となっている。


  これは新快速のライバルで京都~大阪間を走る、阪急特急や京阪特急に見劣りしないように設定した為。なお京阪神だけでなく東海ライナーとして名古屋地区にも導入された。


  ただ新快速の運転最高速度が引き上げられたり2扉ではラッシュ時に乗降に時間がかかったりする等の理由で、新快速運用から徐々に撤退して都落ち(京阪神or名古屋圏落ち?)。

  その後は塗色が変わったりロングシートを付けられたりつり革をつけられたりして徐々に悲しい姿になり、地方へ流れて消えていった。


  なお1編成はその後大改造され、『WEST EXPRESS 銀河』というツアー専用特急列車に生まれ変わって現存している。


(以上。説明が長いって!! 両車両ともにかなーり書き手の好きな車両なのですよ。だからまあ、許してくれると嬉しいです)

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