第198話 到着して着替えるところまで

 3駅目が終点、サルマンド。

 つまりこの路線、今は中間に2駅だけ。

 沿線には人家はまばらで未利用地が多い。


 これもそのうち沿線人口が増えて中間駅が増えたりするのだろうか。

 温泉施設が繁盛してサルマンドの人口が増えたりしたら、そうなる可能性も大きいだろう。

 そんな事を思いつつ、降車してホームへ。


 駅構造は現在のところ1面2線。

 ただし2面4線までは簡単に増やせるようにしてある。

 ホームも50腕100mちょいの長さがあるから、貨物を含めてでも8腕16m級車両の3両編成だと余りまくっている。


 駅のホールを抜けると広場だ。

 景観を考え通りの両脇や建物と建物の間には樹木が植えられている。

 公園の中に街がある、そんな作りだ。


「良くありそうで、何処にもない街という雰囲気です。これは意図的なものですか?」


 ハンナさんの夫で王立研究所で事務をしているマーキス氏がそう鋭い事を聞いてきた。


「ええ。コンセプトは仮想の森林都市だそうです。ウィラード家の担当者と此処の開発担当者が考えたとの事です」


 僕が口出しするとどうしても日本の温泉街のイメージが強くなってしまう。

 しかし日本風の建物はフェリーデこのくにの風土に馴染まない。

 だからゴードン以下に任せた訳だ。


「確かに王都バンドンともガナーヴィンとも、田舎の山間の集落等とも違いますね」


「それより早く行ってみましょう。クレアも待っていると思いますから」


 ハンナさんの言葉で改めて歩き出す。 

 向かったのは広場の一画にある、そこそこ大きな建物。

 ここが温泉施設への入口で、受付と売店は宿泊客と日帰り部分の共用となっている。


 中へ入って受付カウンターへ。

 名乗るまでも無かった。

 カウンターにいたのはウィラード領主館の警備担当さんだ。

 何回か顔を合わせ事があるので顔を知っている。


「いらっしゃいませ。本日は宿泊施設側は貸切です。ご自由にお使い下さい。こちらが魔法鍵となります。建物に出入りする際は各自アイテムボックスから出してお持ちになって下さい。

 共用カウンターでクレア様がお待ちです。また昼食の準備も出来ていますので、係員に伝えていただければ何時でもとれるようになっております」


「わかった。ありがとう」


 魔法鍵を人数分受け取って、皆に渡して奥へ。


「私達が使う方以外にも一般営業している部分があるのですね」


「日帰り浴場側は通常営業ですから。ただ日帰り側にある施設と同じものは概ねこちらの宿泊施設にも揃っています。強いて言えば日帰り側の方が浴槽が広い位でしょうか。


 ですので大概はこちら側だけで済むと思います。どうしても広い方の大浴場を試したいなら、営業終了後、夜8の鐘以降なら大丈夫かと」


 そう説明はするけれど、僕は実際に試した訳ではない。

 だから営業終了後、もし余裕があれば日帰り施設の方もひととおり確かめたいと思っている。

 そんな事を言うと面倒が起こりそうだから言わないけれど。


 宿泊施設への廊下を進むとロビーに出る。

 端の方のテーブルから誰かが立ち上がったのが見えた。

 クレア嬢、いやクレア領主代行だ。


「いらっしゃいませ、お待ちしていました」


「久しぶり。もう温泉に入ってきた、って感じだね」

 

「毎週末は此処で泊まっていますから。今日はその続きみたいなものです」


 ちなみに今日は第1曜日だ。

 つまり一昨日夜から此処にいるという事か。

 しかも週末は毎週此処にいると。

 想像以上にはまっている模様だ。

 

「その妙な服は何?」


 日本の甚平に似た感じの簡素な服だ。


「この宿の室内着兼温浴着です。脱いだり着たりするのが楽ですし、このままお風呂にも入れて魔法で乾かしやすい作りになっています。

 という事で此処へ来たらまずお風呂です。各部屋にも結構いい感じのお風呂がついていますけれど、折角ですから皆で入れる大浴室へ行きましょう」


 大浴室は混浴だけれど、温浴服なんてのがある。

 まさにクレア領主代行が着ているこれだ。

 それに今回はクレア領主代行を除いて結婚済み。

 だから問題は無いだろう。


「ところで温泉ってどんな感じなのでしょうか? 普通のお風呂とは違うのでしょうか。クレアとローラは冬休みに試したと聞いていますけれど」


「私も温泉ははじめてです。家にあるのは温泉ではなくて普通のお湯ですから」


 そう、そこが問題なのだ。

 なんて思いながら僕は女性陣の話を聞いている。


「それでもローラ、あのお風呂が家にあるのは随分と贅沢だし羨ましいです。冬休みのあれが忘れられなくて、卒業して家に戻った時にお風呂を少し大きくした位ですから。

 結局それでもものたりなくて、こうして毎週此処へ来ていますけれど」


「そう言えば毎週末に来ているって言っていたよね」


「領主一族が優先的に確保出来る部屋があるんです。週末はよほどの事が無い限り押さえて使っています。私だけでなく父や母等も来ていますわ。

 まあ父と母は昨日帰ったので今日から2泊3日は私達専用です」


「そんなにする位なんですか」


「体験してみればわかりますわ」


 そんな事を話しながらロビーから奥へ。

 やっと更衣室の前へと到着だ。


「それでは着替えたら奥の扉から中へ入って、最初の洗浴泉に浸かって待っていて下さい」


 僕より遙かに此処の施設を把握しているクレアさんの指示通り更衣室へ。

 なお更衣室は勿論男女別だ。


 中へ入ると温浴服がサイズ別にラックにかけてあった。

 あとは着替えた服を入れる為のロッカーなんてのも並んでいる。

 個々の魔法鍵で開け閉め出来るタイプのようだ。


「ここで自分のサイズにあう服に着替える訳ですね」


 マーキス氏の言葉に僕は頷く。


「どうもそのようです。実は私も此処を利用するのは初めてなんです」


「確かに、昨今の情勢を考えると遠出は警備的に厳しいですよね」


「そうなんですよ。だから自分の商会の施設だし開業時の御披露目には来たのに、実際に体験はしていなかったんです」

 

 そんな事を話しながら温浴服を選ぶ。

 甚平のように半ズボンと上衣という構成で、袖がやや細くて短くなっているという形だ。

 線維というか素材も濡れて貼り付かないタイプ。

 茶や藍色、黒等濃い色ばかりなのは透けないようにだろう。

 

 温浴服に着替え、今まで着ていた服はアイテムボックスに収納して。

 そしていよいよ大浴室へと向かう。

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