第182話 舞踏会会場
面倒くさいが舞踏会である。
これはフェリーデがかつて大帝国と呼ばれた国から独立した事を記念し、独立記念日である4月21日に実施されるものだ。
大帝国はフェリーデだけでなく北方、南方、境界山脈の東側を含むこの大陸全てを支配していたと伝承にはある。
しかしその辺はあまり定かでは無い。
何せこの大陸全体の地図など、少なくとも今は存在しないから。
東は境界山脈の主稜線より手前、北は
それが現在の僕達の知識にある全てだ。
さて、この舞踏会は国王陛下主催で、全貴族を招いて行うものとされている。
ただし実際には仕事の都合等で欠席する者が多い。
実際に参加するのは概ね200人弱だ。
このうち半数強は概ね毎回舞踏会に出ている皆さん。
そして20人強が今年12歳を迎える、社交界デビューの長男次男と令嬢方。
更に30人弱が新任の男爵や騎士候家関係。
学校時代に結婚相手を見つけられずにここにいる令嬢方や男性が30人位。
つまり僕みたいなイレギュラーはほとんどいない。
そもそも僕は当主でも次期当主でも無く、国の役人でも無いただの三男坊なのだ。
でもまあ、それだから向こうから近寄ってくる奴もいないだろう。
知っている人間が多い辺りの隅に陣取って、柱と同化しよう。
この国の舞踏会は基本的には貴族の顔合わせ会。
ただし最初の数曲だけは来客のほとんどが踊る。
そこだけローラと踊ってあとは壁と同化して誤魔化せば問題無い筈。
僕としてはそのつもりだった。
しかし会場へ向かう途中、ウィリアム兄が不吉な事を言いやがった。
「リチャードは時の人だからね。それなりに覚悟を決めておいた方がいいと思うよ」
ちょっと待ってくれ。
何だその時の人というのは。
「どういう意味ですか」
「北部の好景気は鉄道のおかげだろう。皆さんそう思っているからね。そしてその立役者はリチャードだ。去年の講演会でその事が明らかになったよね。
だから自分達の領地に都合のいい条件で鉄道を引いて貰いたい。あるいは鉄道の儲けに一枚噛みたい。そんな連中がこぞって挨拶に来ると思うよ」
何だその地獄絵図は。
「勘弁して欲しいですね」
「権威と権限を盾に口先だけで何とかしようとする事こそ貴族的な政治活動だからね。
まあ席は家ごとになっているし、領主家は地域ごとになっているからね。最初の席からあまり動かなければ、それほど問題は無いとは思うよ」
なるほど。
北部の領主家関係なら、2家を除いてひととおり話をした事がある。
鉄道も既に通っているし、新線が必要な際の手続きも了解済。
だからそう問題はない筈だ。
「あとは女の子にも注意した方がいいと思うよ。クレアとかハンナとかいつもの皆は別として」
パトリシアが妙な事を言ってくる。
「でもローラと婚約済みなのは既に公表してあるだろ」
「それを承知の上で近づいてくるのも絶対いるから。貴族なんだから2番目3番目の妻は当たり前という感じで。
学校でもお兄、注目株だったんだからね。勿論こっちも対策は考えたけれど、出来るだけローラと離れない事」
なんともぞっとしない話だ。
「わかった。そうしよう。でも対策って何だ?」
「それはまあ、その時にね」
わからないがまあいいだろう。
王宮の一角にある大ホール前に到着。
父や兄夫婦の後をついて、着なれない正装と微妙に歩きにくい靴に戸惑いつつ、パトリシアと一緒に会場へ。
会場は中央と正面を空けて、壁際にテーブルが並ぶという形だ。
テーブルには初期配置時に名札が置いてあり、自分の席を発見したらその名札を取る。
一応簡素な椅子もあるが、基本的には待機時以外座らない。
この辺はこの舞踏会のルーツが、独立戦争勝利の祝賀会にあるかららしい。
将や兵士を集め、自由に飲み食いをし、席を移動してお互い祝いあう為の立食形式なのだそうだ。
その後貴族嫡男&令嬢の社交界デビューの場にもなった事にともない、舞踏なんて要素が入り現在に至る。
流れも舞踏会というよりは立食パーティ部分がメインだ。
まずは最低限の挨拶等をしつつ、自席で開会まで待機。
陛下が開会を宣言した後、まずは『フェリーデに鐘が鳴る』が演奏され、その間に踊る相手を決めてテーブル毎のスタート位置近くまで移動。
まあ実際は最初のパートナーは事前に決めてあるのだけれども。
次の曲で老齢の一部を除いて皆さん最低1曲分は踊る。
その後は休んだり相手を変えたりして、10曲目までに3回くらい踊る。
11曲目で曲が『ああ
ただこの後も曲は流れるので踊ってもいい。
結婚相手を探すなんて連中等はこの辺でも相手を変えて踊ってたりしているそうだ。
僕は実際に参加したことがないのでよく知らないけれど。
なお食事の置いてある場所にダンス時の埃とかが入らないように魔法で空気の流れが作られている。
慣れた人はこの風でドレスやジャケットをうまくはためかせるなんてテクニックを使ったりもするらしい。
地球の舞踏会とは大分違う形式なのだろうと思う。
もっとも僕は日本時代、舞踏会なんて文化に触れる機会なんて無かった。
だから地球での舞踏会がどんなものかは知らない。
さて、こういう会では偉くない順に会場入りする。
この偉い偉くないの順番はフェリーデの場合、貴族名鑑の掲載順で決まる。
つまり貴族名鑑の後ろのほうから順に会場に入る訳だ。
我がシックルード家は序列23位。
伯爵家としては最下位だ。
だから比較的早めに入る事になる。
それでもまあ、騎士候家や男爵家、子爵家等がいるから会場内はそこそこ人がいるけれども。
そして席の近くには幸いな事に顔見知りが結構いた。
ローラはまだ来ていないけれど、ウィラード子爵家のクレア嬢やモーファット子爵家のハンナ嬢。
ハンティントン子爵夫人であるレティシア姉もいるけれど、最後に顔を合わせたのがずーっと昔なのであまり親しいという感じはしない。
むしろハンティントン子爵本人の方が顔なじみだったりする。
鉄道関係で3回会って話をしているから。
一通り周囲の皆さんと挨拶をした後、陛下がパーティ開始を宣言するまでは自席待機が基本。
だから僕は料理を確認する事にする。
食べ始めるのは開始を宣言されてからだけれど、今のうちに何があるか見ておくのも悪くない。
こういった場でのフェリーデ料理は、フランス料理とも中華料理とも、勿論日本料理とも異なっている。
何というか、簡素かつ合理的。
地球的に表現するなら、無国籍風パーティ料理が一番近い。
今回の舞踏会、王室主催で国内で最も格式がある会の筈だけれど、出ている料理はさっと手やフォーク、串等でつまめるものがメイン。
例えばよくあるタイプのサンドイッチとか。
トローンコスと呼ばれる甘辛く煮混んだ煮豚を丸太のように切ったものとか。
スープ代わりの肉野菜ゼリー寄せというかテリーヌっぽいものとか。
ウズラの味玉なんてのもあるし、から揚げなんてのもある。
確かに立食パーティだからこういった物の方が食べやすい。
小皿を持って歩かなくてもその辺にある串でさっと刺してつまめるし。
勿論正式な晩餐会なんかではそれなりのコース料理もある。
ただ貴族のパーティでもそういった会はごく少数。
だいたいはこういった立食形式だ。
この辺の合理主義なところに何というか、地球との文化の違いを感じる。
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