第180話 祈ることだけ

「キットからマリウム商会の新形式車両の情報を貰ったんだ。一通り読んだから、カールの意見を聞きたいと思ったんだけれど」


 カールは頷く。


「ああ、あれか」


 どうやらカールも既に読んでいるようだ。


「確かに動力車なり操縦士席付車両なりを両端につければ運用が楽になる。どうやら魔力導線を使ってゴーレムを同調させる方法に気付いたようだ。


 運用だけじゃ無い。マリウム商会むこうの車両は機器類が無い分中間車両が軽い。軌間が広い分台車等が重くなる欠点が少しは解消されるだろう。


 ただその先どうなるかについては、リチャードも気付いただろう。その部分を確認したい、そういう事か?」


 どうやらカール、僕が聞こうとした事は何か既に感づいたようだ。


「ああ。軌間以外北部大洋鉄道商会うちの旧型線路と同じ構造・規格の線路や路盤で大丈夫かどうか。個人的にはかなり危ないと思うんだけれど、どうだろう」


 北部大洋鉄道商会うちの線路や道床はフェリーデ北部縦貫線構想から新しい形式に変えている。

 今までは土属性魔法でレール固定金具を岩盤に埋め込む形式だった。

 いわゆる直結軌道状態だ。


 しかしこの構造では車両通過等による振動を吸収出来ない。

 結果レールに強い力がかかり、摩耗したりつなぎ目が変形してしまう可能性がある。

 

 だから北部縦貫線以降で本線格の路線にはある程度レールの振動を吸収出来るような、新たな軌道構造を開発して使用している。

 レール固定岩盤を道床の岩盤の上に浮かせ、2つの岩盤の間に振動吸収用の防振装置を挟み込んだ構造だ。


 つまりフローティング・ラダー軌道に近い構造だと思って貰えばいいだろう。

 更にレールも今までより頑丈な1腕2mあたり20重120kgのものにした。


 元々北部大洋鉄道商会うちでは重い機関車を高速で走らせる事は考えていない。

 ほとんどの鐵道車両は小型動力ゴーレムを分散配置し、どの車両も平均的な重さになるよう設計している。

 旅客車両だけではなく貨車もだ。


 例外は森林鉄道等から直通で来る木材や石灰石を運ぶ貨車だけ。

 これらを運ぶ列車は最高速度を他の車両より落としている。 


 それでもこれだけ軌道へ対策をしているのだ。

 重い機関車を高速で走らせるつもりらしいマリウム商会の鉄道は大丈夫だろうか。

 軌道に力がかかりすぎて事故になったりしないだろうか。

 それが僕の疑問であり危惧だったりするわけだ。


「あそこの路線はマシオーア領とマルケット領を結ぶだけだ。実際に高速で走らせる必要性はほとんど無い。


 速度が上がれば上がる程かかる力は凶悪になっていくからな。それほど速度を出さず2領地だけで運用するならすぐには問題は出ないだろう。


 ただ、すぐに問題が出ないという事こそが問題だ。勿論問題が出ないうちに解決出来れば一番いい。しかし問題が起きないという事が自信になった場合は……」


 カールは無言で右拳を握って、そしてぱっと開く。

 日本には無かったフェリーデ独特のジェスチャーで、『おしまい・一巻の終わり』という意味だ。


「機関車の重さと軌道の相対的弱さだけじゃない。今のマリウム商会あっちの鉄道は出来たばかりで本数が少ないからこそ何とかなっている状態だ。


 鉄道のおかげで領内の行き来が活発になって、その結果本数が増えたとした場合。機関車の重量とかとまた別の問題で事故が発生する可能性が高い」


 そう言えばATSも無いのだった、向こうの鉄道は。

 となると、もしも……

 思いついた懸念を口にしてみる。


マリウム商会あっちの鉄道が大事故を起こして、そのせいで北部大洋鉄道商会うちの鉄道の評判まで下がってしまうなんて事はあるかな」


「無いとは言えないな。だが心配する必要は無いだろう」


 カールはこの点についてはあまり問題と考えていないようだ。


「大事故が起きた場合、当然国の調査が入る。技術的な事なら王立研究所が調査の主体になるだろう。

 ローチルド家は金と権限は無いが腐ってはいない。だから王立研究所の調査は信用していい」


 カール、ローチルド家については信頼しているのだなと感じる。

 以前キットに聞いたような経緯がそこにはあるのだろう。


 カールは一呼吸置いて、また話し始める。

 

「技術がわからない奴ににはどっちの鉄道も大差なく見えるだろう。事故が起きるまでは。

 そしてリチャードは損をしてまで路線を広げようとはしていない。

 

 だから条件次第ではマリウム商会の鉄道を受け入れる領地もあるだろう。特に中部から南の海沿いはあちらの地盤みたいなものだ。マールヴァイス商会はスコネヴァーのバルダキに本拠地があるからな。


 出来るだけ早く大した規模では無い事故が起きることを祈ろう。愚かな領主家の為じゃなく、直接的な被害を受ける人々のために。

 俺達が出来るのはそのくらいだ」


 そうなのだろうか。

 こっちの利益をある程度損なうかもしれないけれど、こういう案はどうだろう。


「こちらが安全装置の存在を公開して、注意を促すというのは無理か?」


「無理だな」


 カール、あっさり切り捨てる。


「初期の安全装置については昨年夏に公開済みだ。分岐器ポイントと直結した信号や、信号に応じて車両のブレーキを直接的に叩いて列車を停止させる奴。


 キットが王立研究所に報告して紀要にも掲載された。その気になれば採用する事が出来た筈だ」


 技術の公開関係についてはキットに一任している。

 この辺りは王立研究所の見解をよく知っていないと管理出来ないからだ。

 

 打ち子式ATSはもう北部大洋鉄道商会うちでは使っていない。

 だから公開しても問題は無いし、キットもそう判断したのだろう。

 でもそれなら、マリウム商会もATSというものの存在は気付ける訳だ。

 それなら……


「入手したマリウム商会あっちの新路線の情報には、そうした装置が一切記載されていなかった。つまり必要だと判断しなかったという事だろう。


 これ以上俺達が手を出せる事はない。だから祈れ。せめて犠牲者が1人でも少なく済むように」


 なるほど、理解した。

 確かにそうなるともう、祈る事しか残されていない。


 ※ フローティング・ラダー軌道

   線路に沿った方向に伸びる枕木(ラダー枕木)を使用し、ラダー枕木を防振装置や防振材を使用してコンクリート路盤から浮かせた形で支持した軌道。

   

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