第179話 マリウム商会鉄道の新形式車両
キットに聞いた件は、確かに貴族的にはありそうな事だった。
まさか皇太子殿下とカールに接点があるとは思わなかったけれど。
さて、それはそれとして、キットから入手した資料だ。
新型車両3系列について、じっくり見てみよう。
その前にまず前提知識。
あちらの鉄道車両は基本的に動力集中方式だ。
動力集中方式とは要するに機関車で客車や貨車を牽引する方式。
動力集中方式を使用している理由は想像がつく。
おそらく
動力集中方式なら機関車だけに動力ゴーレムを積む。
だからゴーレムが多少大きくなっても問題はない。
動力集中方式には他にもメリットがある。
長い編成主体で運行する場合には平均した車両単価が安くなり、メンテナンスも楽だ。
また客車や貨車は動力用設備が無いから軽く出来て、その分荷物や人を積むことが出来る。
動力性能を向上させる場合に機関車を変えるだけで済む。
それに客車に動力が無いから乗客が感じる振動や騒音が少ない。
勿論メリットがあればデメリットもある。
小編成、2~3両で運行なんて場合はかえってコストが高くなるとか。
動力車が圧倒的に重くなるので線路に負担をかけるとか。
加減速性能が動力分散式に比べてどうしても低くなるとか。
1台の機関車で牽引した場合、終点駅等で折り返すときに手間がかかるとか。
だから
客車だけでなく貨車までほとんどが動力分散式。
動力集中式は今では森林鉄道区間と、森林鉄道から直通する貨車を牽引する貨物列車くらいだ。
さて、今回マリウム商会の鉄道で発表された新型車両3系列は、『機関車1両で牽引する場合に折り返し運転が出来ない』という欠点を克服する為のもののようだ。
特徴はどの形式も、編成の両端に運転席のある車両がある事。
機関車が1両しかない編成でも、反対側に運転席があって、そこから機関車を操縦する事が可能なら、折り返し運転をする事が出来る。
ムスベララートと名付けられた形式は小型の機関車と運転台付客車で他の車両を挟む形式。
挟む車両は最大で3両、つまり5両までの小編成用だ。
機関車と運転台付客車は小型かつ簡素な作りで製造やメンテナンスコストに重点が置かれている模様。
ムステーラムと名付けられた形式は大型機関車と運転台付車両、もしくは大型機関車2両で他の車両を挟む形式。
大型機関車1両の場合は間に8両、2両の場合は18両挟む事が可能。
挟まれる貨車や客車、機関車1両の場合に使う運転台付車両はムスベララートと同じものだ。
フラボルーテスという形式は高速仕様の機関車2台で間に8両までの特別客車を挟む形式だ。
特別客車は他の車両と比べて段違いに中が豪華に出来ている。
そして最高速度は
つまりうちの特急用車両のライバル、というつもりなのだろう。
さて、これら車両のデータを見た結果、少々気になる事があった。
安全面に対する疑念だ。
僕の疑念が正しいか、ちょっと答合わせをしてみたい。
そして技術的な事を聞くならやっぱりカールだ。
そんな訳で資料をアイテムボックスに入れ、部屋を出る。
カールの魔力は……技術部の研究棟だな。
研究棟は最近新たに増築した建物だ。
研究者が増えた結果、今までの工房部分では手狭になった。
キットの歯車式コンピュータも本体は研究棟に移動して、キット専属の助手が研究、開発、更には増設なんて作業をやっている。
キット自身は自席から魔力導線を繋げて使っている事が多いのだけれども。
さて、カールは本来研究畑ではないのだけれど、研究棟の何処に何の用事でいるのだろう。
途中まで行って居場所がわかった。
生物学研究室、別名ゴーレム開発センターだ。
また新しい車両を開発するつもりなのだろうか。
そう思いつつ部屋の入口が見える場所まで来たところでカールが出てきた。
僕を見て怪訝そうな顔をする。
「どうしたリチャード、新型ゴーレムでも頼む気か?」
「いや、用事があったのはカールだ。ちょっと聞きたい事があってさ」
「わかった。歩きながら話そう」
工房方面へ向かうカールと一緒に歩きながら尋ねる。
「ところで生物研には何の用件で行ったんだ?」
「ゴーレム研究の状況を確かめにだ。将来的には動力ゴーレムの数を半分にしたい。片方の台車を動力無しに出来ればメンテナンスが楽になるし製造コストも浮く」
なるほど、JR西日本のように0.5M方式を目指す訳か。
「それでどうだった」
「残念だがまだまだ時間がかかりそうだ。出来るとしたら来年以降だな。
それでリチャードの用事は何だ? まさか今の質問が用事という訳じゃないだろう」
※ 動力集中方式と動力分散方式
動力集中方式は昔のブルートレインやSLで引っ張る客車のように、1~2両程度の動力車(機関車や客室が容積の半分以下の動力車両等)によって他の車両を引っ張る方式。
日本では貨物列車や観光用のSL列車くらいしか残っていないが、世界的には結構多い。
動力分散方式はその逆で1~3両に1台の割合で動力車を入れている方式。日本の旅客車両のほとんどはこれ。
なお編成が1~3両編成の電車やディーゼルカーで動力車が1両しか無いでも、その動力車内の容積の半分以上が旅客や貨物用になっている場合は動力分散方式の分類に入れる。
(そうしないと単行のディーゼルカーや2両編成の電車まで動力集中方式になってしまう為)
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