第42章 思わぬ関係

第174話 貴族社会の恐ろしさ?(1)

 明日にはフェリーデ北部縦貫線開通・試験営業開始記念式典準備の為、スウォンジーを出発するという4月8日の夜。

 ウィリアム兄が僕の屋敷にやってきた。

 僕が領主館に呼ばれる事はあっても逆ははじめてだ。

 何事だろうと出迎え、応接間へ案内する。


「夜分悪いね。早速だけれど本題に入ろう。

 今回のダラムでの式典、皇太子殿下が是非参加されたいとの事なんだ。急な話で申し訳ないけれど、対応して貰えるかな」


 ちょっと待って欲しい。

 確かに今回の式典、いつもは招いていない官僚系貴族も招いている。

 関係領地の領主は勿論、王立研究所所長のローチルド伯爵や騎士団参謀総長のフェーライナ伯爵、宰相補佐官ラ・レウグ男爵、更に王立研究所のローチルド調査官も招いている。


 しかし領地を跨がる規模の事案とは言え所詮は一商会の式典。

 だから侯爵以上の大物は招いていない。

 勿論王家が来るなんて事は想定外だ。


「どういう事なんですか?」


「悪いね。リデル先輩からの急報がついさっき入ったんだ。内容を読んで、慌てて此処へ駆けつけたという話さ。 

 リデル先輩は殿下の御友人だからね」


 リデル先輩、つまりダーリントン伯爵繋がりか。

 何処で誰が繋がっているかわかったもんじゃない。

 だから貴族社会というのは油断出来ないのだ。


「皇太子は軍務卿でもあるからね。軍務を預かる者として鉄道に関心を持っているという事のようだよ、表向きは。

 実際は公務が退屈だし元々新し物好きだからさ。これ幸いと羽根を伸ばしに来るだけだろう。そうリデル先輩は書いているけれどね」


 表向きの理由の方は確かに理解出来る。

 だからこちらも騎士団総務にお伺いを立て、騎士団参謀総長フェーライナ伯爵を来賓としてお招きした訳だ。


 しかしまさか王家、それも皇太子殿下がお出ましとは……

 何と言うか、逃げたい。

 勿論逃げる訳にはいかないけれど。

 貴族としての話ならウィリアム兄に振ればいいけれど、北部大洋鉄道商会の話は長である僕より上はいないから。


「とりあえず席は作りますし、案内スケジュールも立て直します。皇太子殿下は独立してご案内すればいいですか?」


「その辺の扱いについては先輩からの手紙に書いてあるよ。写しをおいていくから読んでおいてくれ。

 まあダーリントン伯やローチルド主任調査官と一緒にしてやってくれという事のようだけれどね。単独やお歴々と一緒よりその方が楽しいだろうしさ。つもる話もあるだろうし」


 しかし皇太子殿下を案内する訳か。

 何と言うか本当に勘弁して欲しい。

 ここは犠牲者というか盾役を増やせないだろうか。

 ちょっと確認してみよう。


「ダーリントン伯がご一緒なら、ウィリアム御兄様もご一緒されないのですか」


「式典の方は父に任せるよ。そうでなくとも4月後半は領地を空けなければいけないからね。委任するにしてもやることはやっておく必要があるからさ」


 大楯に逃げられた。

 まあそうだろうなとは思っていたけれど。


 そんな訳で善後策を考えるべく、翌朝ダラムへ向かう特別列車内でダルトンやクロッカー、カール、キットと相談。


「やはり商会長が案内役として御一緒に回られるのが一番でしょう」


 糞真面目な顔をしてダルトンがそう言っている隣の隣でキットがにやにやし、更に隣でカールがこれ以上無く渋い顔をしている。

 これは何かある。

 聞くならカールでは無くキットの方だろう、この場合は。


「キット、何か意見があるのか?」


「皇太子にダーリントン伯爵にアンブロシア・イザベラ・ローチルドお嬢様ですか。商会長が御案内するのは当然として、カール技術部長も是非説明役として同行するべきでしょう。

 学生時代の積もる話もあるでしょうからね、このメンバーは。舞踏会での陰謀だとか」


 どういう事だ?


「キット!」


「何でしょうか、それは?」


 カールとクロッカーの言葉が同時に響く。

 なおカールの声、微妙に力が無い。


「今から十五年位前ですかね、中等学校から高等教育学校にかけて、殿下とアンブロシア・イザベラ・ローチルド嬢、そしてリデル・ダーリントン氏、更にはウィリアム・シックルード氏が絡んだ、ちょっとした事案があったんですよ。


 そこで中心になって動いたのがカール、当時はカール・ファルスゲイガー・ゼメリング先輩だった訳です。

 適齢期の貴族子弟なんてそれだけで噂が立つ存在ですからね。婚約者がいない皇太子なんて存在なら当然でしょう。


 当時は殿下が高等教育学校の3年生で現ダーリントン伯爵が2年生、ウィリアム領主代行が1年生、イザベラ御嬢様が中等教育学校3年生。カール先輩とイザベラ御嬢様は同じ学年ですね」


「つまり王都の学生時代に何かそういった事件があったという事でしょうか?」


 ダルトンが質問する。

 カールは仏頂面で何も言わない。

 キットはやっぱりにやにやしている。


「事件というか今となっては武勇伝ですね。あの頃に学校にいた貴族子弟と、一部の当事者しか知らない程度の事ですから」


 言われてみると確かにウィリアム兄を含むあの辺りは年齢が近い。

 という事はウィリアム兄もカールを元から知っていた可能性が高い。


 だから貴族関係というのは苦手なのだ。

 僕のような非リア充系三男坊には把握出来ない面倒な繋がりが多すぎて。

 なんて今更言っても始まらない。


「おそらくカールが今、北部大洋鉄道うちの商会にいる事を知っていると思いますよ。

 だからここはカール先輩も大人しく諦めて顔出しした方がいいと思います」


 大丈夫なのだろうか。

 混ぜるな危険という奴では無いのだろうか。

 塩素系漂白剤と酸素系漂白剤のように。

 念のためにキットに聞いておこう。


「かえってカールを出さない方が安全という事は無いか、それは」


「いえ、ここは出さないとかえって後に響きます。イザベラ御嬢様もいるのですし、ここは諦めてカールを説明役として付けるべきです。何なら商会長は一歩引いて眺める程度でも問題無いかと」


 そこまで言うならそうなのだろう。

 僕としては大変心臓に悪いけれど。


「なら済まない。カール、宜しく頼む。席次や式次第は殿下がいらっしゃるので変更だ。昨日試案を考えておいた。急で申し訳ないが検討を頼む」


 本日はダラムの事務所泊まりで準備をする予定だ。

 10日昼に、今回鉄道が通る各領地の名物を集めた昼食パーティ形式で式典を開催。

 その後に駅と車両基地を視察し、実際に鉄道に試乗して貰う予定となっている。


 昼食の料理があるのでブルーベルを含むうちの屋敷の使用人も連れてきている。

 それだけでは手が足りないのでシックルード伯爵家領主館の使用人も借りてきている状態だ。

 警備担当も含めて。

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