第175話 ドナドナが聞こえる

 今回の式典はまず昼食会形式ではじまる。

 ただし固定した席についての正餐形式では無い。

 テーブルも初期設定の席次もあるけれど、開始挨拶後から実質食べ歩きとなるパーティ形式。

 貴族が開催する昼食会としてフェリーデでは一般的な形式である。


 本当はもっと簡素な形式にしようと思ったのだ。

 挨拶だけして、あとは試乗会と見学会だけという感じで。

 しかし残念ながらその案はウィリアム兄によって駄目出しを食らった。


『今回は貴族を多数お招きしているからね。一般的なパーティ形式にするべきだと思うよ』


 そんな訳でこの形式になった訳だ。

 この形式、知らない人に急に話しかけられる可能性があるので心臓に悪い。

 僕は本質的には陰キャだから。


 仕事上どうしても必要な場合は仕方なく話をしたりする。

 その場合は相手について調べた上、話題とかを予め幾つか用意しておく。

 アドリブでちょうどいい話なんて出来る才能は僕にはない。


 しかしこの形式でパーティをやると、調べきれない人も多数参加する訳だ。

 ああ心臓に悪い。

 おうち帰りたい。

 残念ながらそうも行かないので、貴族年鑑その他片っ端から読んで、適切な話題という名の対策を必死に考えたけれども。 


 なお今回のパーティは貴族用、一般用のフロアをわけてある。

 今回貴族の招待客が多い為そうなった。

 皇太子殿下がいらっしゃるのに一般平民が一緒のフロアというのはやはりまずいから、結果的には助かったとも言える。


 なお貴族客にはローラとかパトリシアとかクレア嬢なんてお馴染みの顔ぶれもいる。

 クレア嬢以外は婚約者も同席。

 この辺は関連領主家枠だ。

 学校は無事卒業したので問題無い。


 一般平民の方は関連地区の市区長とか工事等を行った協力商会の幹部等がメイン。

 あとは新聞記者とか懸賞で当選した一般参加の客。

 もちろん身元調査はしっかりやっているので問題無い。


「この度はフェリーデ北部縦貫線の運行開始に際し、アルガスト皇太子殿下をはじめ、このように沢山の方々にお祝い頂き、感謝の念に堪えません。


 本日はこのパーティの他、施設の見学と列車の試乗会を併せて行う予定となっております。またパーティの料理も沿線から取り寄せた材料を使って作られております。

 鉄道によってどれだけ今後が変わっていくか、少しでも感じて頂ければ北部大洋鉄道商会としても嬉しい限りです」


 なんて感じで挨拶をして、次に急遽本日の主賓となったアルガスト皇太子殿下からのお言葉をいただき、パーティ開始だ。


 さて、壁の花ならぬ柱影の忍者として忍ぶとしよう。

 そう思った途端、RPGなら勇者の20年後だなという感じの細マッチョイケ中年に捕まった。

 何度か挨拶をしているので顔は知っている。

 ダーリントン伯爵、ウィリアム兄言うところのリデル先輩だ。


「やあ、ついにフェリーデ北部縦貫線開通だね。おめでとうというより有り難いという感じかな。これでダーリントン領も主要部分に鉄道が通ったしね」


 そう気軽に挨拶されて思わず固まりかける。

 何せ相手は魔王ウィリアム兄が先輩と呼ぶ存在。

 別にこちらを威圧している訳では無いけれど、背後に危険そうなオーラをビシバシ感じるのだ。


「こちらこそご協力いただき、本当にありがとうございます。社債の購入やダーリントン領での土地提供、商会員募集に協力いただいたおかげで無事開通させる事が出来ました」


 これは本当だ。

 特に金銭面では一番お世話になった。

 領地の財政規模もスティルマン領に次ぐし、本日来た領主の中では格式的には筆頭。

 魔王ウィリアム兄の先輩でなくとも頭を下げるに越した事はない。


「いや、その辺は後に充分元を取らせて貰う予定だから問題ないよ。今のうちに鉄道を整備しておかないと乗り遅れるのは明らかだからね。北部、特にシックルード領とスティルマン領の最近の発展具合を見ているとそう感じるよ」


 何と言うか雰囲気も口調もウィリアム兄に似ている。

 正直この後に何か待っていそうで大変に怖い。

 忍者は無理でもせめてシックルード伯ちちとかスティルマン伯ぎりちちのいるあたりにさっさと避難したい。

 しかしどうにも逃げられない感じだ。


「さて、ちょうどいいからこのまま一緒に領主家以外の御客様にも挨拶に行こうか。領主家の方は挨拶やら何かで一度は顔を合わせているだろうしね。


 本当はアルガスト皇太子殿下から回るところだけれど、向こうでスティルマン伯と話しているようだからね。まずは……フェーライナ伯爵が挨拶しやすそうかな。

 じゃあ行くよ」


 ちょっと待ってくれ、心の準備が……

 なんて言えない。

 いや、これはダーリントン伯なりの好意なのだ。

 それはわかっているし、挨拶に一緒に回ってくれるのは正直助かる。

 それでも……


 ◇◇◇


 ダーリントン伯のおかげでお偉いさんにひととおり挨拶をする事が出来た。

 しかしRPG風に言えば僕のSP(精神力ポイント)はかなり減ってしまった。


 なお挨拶回りの途中、パトリシアが料理を食べまくっているのを目撃。

 隣にいた細身の美青年が婚約者のゲオルグ氏だろうか。

 パトリシアと同じくらいの勢いで食べまくっていたから、ひょっとしたらいい組み合わせなのかもしれない。

 どちらにせよ気楽そうで羨ましい。


 僕はこの後、訳あり気味の4人と一緒に施設を巡って試乗列車に乗る事になるのだ。

 大丈夫だろうか。

 不安で心臓がバクバクしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る