第173話 観光開発部の部屋にて

 北部縦貫線関係が大詰めの中、観光開発部の新事業がガナーヴィンのハリコフ地区駅でスタートした。

『沿線特産品販売促進事業』なんて名前がつけられているが、要は沿線特選市の常設化で、事実上の百貨店開業である。

 百貨店という言葉はフェリーデにはまだ無いけれど。


 本当なら早速ハリコフの現場へ視察に行きたかった。

 しかし最近、警備の皆さんには色々無理をさせている。

 開業式典で各領に呼ばれて挨拶をしたりなんて機会が多かったせいである。


 だから残念ながら、非常に残念ながら、報告を聞くだけに留まった。


『店員及び商品を他商会・商店が用意する場所貸し形態が45店舗、当商会に販売委託する形式が66商会383品目となりました』


『初日は広告のおかげか入場制限が必要な程の集客がありました。出店者からも大変好評で、急遽鉄道で追加の商品を取り寄せた店も多かった模様です。

 当方による販売委託商品についても追加を御願いできないかどうか、委託元を回っている状態です』


『三日目も八千人以上の来客がありました。ただ初めの勢いだけで入場者数がしぼむ事が無いように、2週間に一度の割合で各種フェア等をやって盛り上げて行く予定です』


 以上、朝の幹部会議におけるゴードンの報告である。

 つまりとんでもなく好評だったようだ。


 行ったら警備の皆様が大変だっただろう。

 だから此処で報告を聞いているのが正解なのだ。

 それはわかっているのだけれど、それでもちょっと悲しい。


 ◇◇◇


 百貨店もどきが開業してから1週間経過。

 初動の応援と現場視察に行っていた本部要員が現地からスウォンジーの事務所へと戻ってきた。

 早速観光開発部の部屋に突撃だ。


「どうだった? 新店舗は」


 部屋へ入って若干ぐったりとした感じの皆様に尋ねてみる。


「好評過ぎて怖いくらいです。いつか揺り返しが来るんじゃ無いかと思って」


「まあここまで混む事は今後は無いと思いますけれどね。新たな出店希望なんてのも大量に来ています。

 ただ『いい物を扱っている』というイメージは崩したくないですからね。その辺は厳選してじっくり育てていくつもりです」


 疲れが顔に出ているアリシア班長と、何故か元気なノーマンからそんな返答。

 うんうん、いい感じだと思う。


「何はともあれご苦労だった。いずれこの販売事業は将来の収益の一角を支える大事業に成長すると思う。宜しく頼む」


 此処の商売は

  ○ 店舗の場所を貸して賃料を取る

  ○ 商品の委託販売をして手数料を取る

という方式。

 だから上手く育てれば鉄道事業以上に安定収益を得る事が出来る可能性が高い。


 日本でも百貨店事業の方が鉄道本体より儲けが大きいなんてのはよくある事だった。

 僕の記憶ではその後に百貨店冬の時代なんてのも来た。

 でもまあこの国フェリーデではまだそこまでは考えなくてもいいだろう。


 この国フェリーデは土地は基本的に領主の所有で、自己使用以外の建物や土地の開発も領主の専権事項。

 だから不動産開発で儲けるという鉄道会社の常套手段は使えない。


 ただし例外がある。

『自分が使っている建物や土地の一部を又貸し』する方法だ。

 つまり『当商会負担で建てた当商会で使う建物内の部分貸し』するのは問題無い。

 国法の抜け穴的な感じだけれど、割とよく使われる方法だったりする。


「ここで売っている物なら間違いは無い。そうブランド化すればしめたものだ。

 将来的にはガナーヴィン以外への進出もあるだろう」


「ありがとうございます。そうなれるよう、まずはこのガナーヴィンの店舗を注意深く発展させるつもりです」


「頼む」


 新ガナーヴィン駅のスペースはまだ使い切っていない。

 5階建てのうち店が入っているのはまだ2階と3階だけ。

 これは『より人が多く来るようになった段階で、評判が良くこの場所の価値を更に上げられるような店を厳選して増やす』為。

 まだまだこの百貨店もどき、此処で成長出来る訳だ。


 空いている場所は現在、イベント用に使っているだけ。

 でも2年あれば店で埋まるのではないだろうか。

 少なくとも僕はそう思っている。


「さて、ついでですのでウィラード領サルマンドの話もしましょうか」


 温泉リゾート開発計画だ。

 鉄道の慣熟走行が始まった段階で、観光開発部にサルマンドへと向かってもらった。

 また参考としてうちに作った温浴施設の確認もして貰っている。


「いいな、どうだった?」


「正直、今までに無かった切り口なので試算が難しいところです。しかし商会長の屋敷にある試験施設を試したところ、確かにその価値はあると判断しました。


 またサルマンドの現地でも現地環境の他、ウィラード領主家側との会議による協力内容の確認、エドモント技術顧問の資源調査を実施。結果、資源量的な問題はないと思われます」


 ゴードンの真面目な報告の後。


「商会長の屋敷の実証施設、あれはいいですね。確かにああいう施設があれば行きたくなります。

 というか今回のガナーヴィン作戦のように疲れた後、あの風呂にもう一度行ければと思ってしまいます。あの存在は罪ですね、本当に」


 珍しくアリシア班長がそんな軽口をたたく。

 うちの実証施設、つまり風呂別館は以前、半日ほど観光開発部に貸し出して実体験して貰った。

 どうやらアリシア班長、相当に気に入ったようだ。


「確かに実際に体験すると可能性を感じます。ですのでまだ試案段階ですが、このような形でまとめてみました」

 

 ゴードンがそんな前説とともに分厚い報告書を出してきた。


「第一次計画として日帰り利用可能な入浴施設と、20組30~80名が宿泊可能な宿泊施設の建設を計画しています。


 日帰り入浴可能な入浴施設は商会長の屋敷にあった実証施設の設備をもとに、食事処や休憩所を設けたものです。最大同時利用者数300名程度を見込んでいます」


 ゴードンはささっと報告書のページをめくって説明する。

 うちの風呂以上にアイテム数が増えた広大な施設の概要図が出てきた。

 

「なるほど、これだけでもなかなか豪勢な施設だな」


「ええ。ですがウィラード領から提供して頂ける湯量が充分に豊富な為、温浴施設そのものにはそれほど維持費はかかりません。建物としての維持費と、清掃・殺菌・乾燥作業を行う魔法使い数人程度の雇用で温浴施設の維持は可能と思われます。


 宿泊施設の方も通常の宿泊施設とそれほど維持費は変わらない計算となっています。強いて言えば個室風呂の保守に魔法使い2名が必要な程度です」


 この宿泊施設、温泉は全てかけ流しの上、個室に露天風呂とミストサウナがついているという、大変に贅沢な作りだ。

 更に宿泊施設側の客しか使えない風呂施設も数カ所あったりする。


「なかなか良さそうだ。これなら長期滞在したいという人も出るだろう。ただこの施設だと宿泊料金はかなり高額にならないか?」


「ええ。最初はそういった客を中心に集客する予定です。要望が増えた段階で第二期として、もう少し安い宿泊施設を別個に建築する予定となっています」


 なるほど。


「この温泉という観光の最大の問題は、温泉というものの魅力が世間に知られていないという事です。

 これは山の眺望や海水浴、自然探索と違い、ある程度実際に試してみないとわからないでしょう。


 ですので施設を作ると同時に、北部大洋鉄道商会のサービス地域全体でキャンペーンを行うつもりです。

 具体的には100組、200名~300名に対し、一泊二食往復の鉄道料金込みで1人小銀貨5枚5,000円程度の料金で安価に利用して貰おうと思っています。


 この利用は駅経由で申し込みを受け、希望者が多ければ抽選で選ぶという方式で行う予定です。

 勿論役者や新聞記者等、合計20組を招待して記事や広告による広報も行います。

 また温泉の効能についての調査についても王立研究所に依頼しています」


 なるほど、良くできている。

 僕が1人で考えるよりも多方面に対し、色々練られているようだ。


「わかった。宜しく頼む。この事業はすぐに利益を求める事はない。鉄道利用を含む全体で、数年後に採算が取れれば充分だ」


 これで温泉リゾートも無事出来る訳だ。

 なおウィラード領では他に北方・東方との新たな交易施設が鋭意建設中。

 場所はアオカエンの更に北方、国境直近に作ったローロライダ駅に直結する形となっている。


 まあこのローロライダ駅、及びこの駅からアオカエン駅までのウィラード北線は交易物資運送のために作ったのだけれども。


 勿論そういった新たな施設や設備が作られているのはウィラード領だけではない。


 シックルード領やスティルマン領にあるような産物運搬用の集積施設は各領に出来つつある。

 運送委託についても北部縦貫線が通る全ての領主家から来ていて、嬉しいだけではない悲鳴が……という感じだ。


 ハドソン領やダーリントン領は新たな市場の整備を始めた。

 何と言うかこれらの領内政策も全て北部大洋鉄道うちの商会にかかってきそうな気がするけれど……

 まあ体制もそれらを見越したものになってるし、大丈夫だろう。

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