第36章 舞台裏の解説
第145話 採用の裏構造?
どういう事だ! 今の台詞は。
いや、何となくわかる気はする。
しかし僕の立場でそれを聞いていいかどうか、わからない。
聞いたらまずい可能性の方が高い気がする。
「もういいだろう、イザベラ。どうせリチャードの事は充分調べてたんだろうし、今の質問と俺の補足で確認も出来た筈だ。違うか?」
えっ、どういう事だ。
また一気に場が急展開した。
カールの、そしてローチルド主任調査官の意図は何なんだ。
そしてカールはローチルド主任調査官をイザベラと呼んだ。
ローチルド主任調査官のフルネームは確かアンブロシア・イザベラ・ローチルド。
この国では普通、個人として呼ぶにはファーストネームを、貴族位を含め役職名で呼ぶ時はファミリーネームを使う。
ミドルネーム呼びというのは滅多にしない。
何がどうなっているのか。
2人はどういう関係なのかを含め、僕には設定がわからない。
ここはキットによる解説が欲しい所だ。
きっと奴なら知っているだろうから。
「まだ確認は終わっていませんわ。カール・ファルスゲイガー・ゼメリング」
えっ! ちょっと待て! その名前は!
「今の俺はカール・ゲイガーだ。北部大洋鉄道商会の技術部長で工房長、それ以上の何者でも無い」
「カールはそれで良くても実家はよりを戻したがっていますわ。正確には家を継がれた御兄様ではなく、実家と昵懇にしている某商会関係者の方が手に入れたがっている、という話ですけれど」
ゼメリングとはこの国で3家しかない侯爵家の家名だ。
北部国境地帯に広大な領地を持ち第三騎士団を率いるゼメリング侯爵家。
二十数年前の失態で北方部族等との独占交易権等、特権のいくつかは剥奪された。
しかしそれでもまだ格式と政治力は伯爵家とは比べものにならない。
カールがその一族だったとは。
「こちらの話は今日する予定は無かったんだがな」
「いずれは必要な話でしょう」
カールはふっとため息をついて僕の方を見る。
「隠していた訳じゃない。先代がメイドに手をつけた結果出来てしまった7男で、邪魔者扱いだったからな。仲良くする気になれなかったから、リチャードに誘われたのを機に縁を切った」
「その結果、思ったより居心地が良さそうだからキットを呼び寄せた。更には貴族社会の弊害で不遇な研究者や技術者を呼び寄せて、王立研究所より遙かにレベルが高い研究開発機関を作った訳ですね」
「イザベラも協力しただろう。優秀だが不遇な研究者や技術者のリストだの、国立研究所で日の目を見なかった研究課題だのをキットに流して」
どうやらカールとローチルド調査官、思った以上に仲がいいというか、よく知っている間柄のようだ。
そしてローチルド調査官が、僕が知っている以上に僕の業務に関わっていたらしい事も。
思い当たる節は結構ある。
カールやキットが前置き無しに連れてくるやたら優秀な特別採用者とか。
キットが時々仕入れてくる妙な最新情報等も、きっとこの関係で入手しているに違いない。
ただそれで僕や鉄鉱山、森林公社、北部大洋鉄道商会に対して問題とか損害とかがあった訳ではない。
むしろ逆だ。
ゴーレム改良、トロッコ、鉄道、ケーブルカー。
どれも工房の研究開発力が無ければここまで出来なかっただろう。
工房の採用はカールの一存で行っていい。
会社の業務以外の研究や試作についても面倒を見る。
この規則も僕自身が決めた。
メリットとデメリットを秤にかけた上で。
だからカールに騙された、という感じは無い。
こう言う構造で、流れだったのか。
あるのはそんな理解と納得だけだ。
ならばローチルド調査官がここへ招いた理由は何か。
答えは割と簡単に出る。
「それでしたら本日の議題は共闘のお誘いでしょうか? それとも警告でしょうか?」
「両方です。あとは御礼ですわ。
お礼というのは優秀な人材を保護していただいた事についてです。本来は国立研究所で行うべきなのですが、昨今の情勢でそれが出来ない状態にあります。
しかしリチャードさんのところで研究者や技術者、そして研究や技術開発そのものについてもかなりの部分保護して頂いています。
この件について、本来これらの保護に努めるべきであるローチルド家の一員として、深く御礼を申し上げたいと思います」
ローチルド主任調査官は立ち上がって僕に深く頭を下げる。
思ってもみなかった展開に少しばかり焦りつつ僕も立ち上がった。
「いえ、お礼には及びません。あくまで私は自分の事業の為に優秀な人材を採用しただけです」
「事業に関わる部分だけでなく、各自の研究開発に関する補助を行っている事も伺っています。また待遇も国立研究所とは比べものにならない程良いという事も。
そしてお願いです。勝手な話ではありますが、リチャードさんには今後もこのような研究者や技術者の採用を御願いしたいのです。
国立研究所以外にも安い賃金で使い捨て状態にされている研究者や技術者が多くいます。残念ながらこの国には彼らと、彼らの研究に対する正当な価値を認めてくれる場所は少ないのです。貴族家にしても、商会にしても」
ちょっと待って欲しい。
僕の方もそこまで予算が潤沢にある訳では無いのだ。
そう思った所でカールが口を開く。
「今までと同じ姿勢で充分だ。既に現状で国立研究所の4割近い研究者や技術者を雇っている。
「ええ、それで充分です。ローチルド家の一員で国立研究所の幹部である私としては大変申し訳なく、恥ずかしく、勝手な話なのですが、宜しくお願い致します」
それなら大丈夫だろう。
どうせ今後も技術部、実質的には工房の拡充は必要だ。
何せ今後も鉄道技術をはじめ、鉱山ゴーレム等の研究開発及び整備事業を続ける必要がある。
「それでしたら問題はありません。今後とも優秀な人材の紹介を宜しくお願いします」
「ありがとうございます」
ローチルド主任調査官はまた頭を下げ、そして続ける。
「残念ながら今の国立研究所は、親の身分だけでポストを手に入れ、研究よりも研究所内政治が得意な三流研究者と、短期間で成果が出せそうな浅い研究ばかりが蔓延っている状態です。
ここ数十年、研究の成果も裾野も予算も研究者の数も、全て減少、いえ衰退方向へと向かっています。代々国立研究所を預かるローチルド家としては恥ずかしいばかりです」
ローチルド主任調査官、どうやらかなり苦労しているようだ。
領地を持たない官僚貴族や政策貴族なんてのも大変なのだな。
そんな事をしみじみと感じてしまう。
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