第146話 警告の話
「さて、それでは次の話、警告の件に移りましょう。
これは主にエネルティア商会関連の動向に関するものです。この中にはチューネリー公爵家やゼメリング侯爵家のような、エネルティア商会に近しい貴族家を含みます」
なるほど。
今年の1月にガナーヴィンで事案を起こしたり、第二街道沿いで鉄道を敷設したりしている話の続きか。
僕自身はよく知らないので、ここは率直に聞いてみよう。
「具体的にはどのような動きがあるのか、教えていただいても宜しいでしょうか」
「詳細については後ほどキットに聞いて頂ければいいかと思います。『領をまたぐ鉄道を新規に敷設する場合、大蔵卿の許可を必要とする』なんて法律を制定しようとして代議員に賄賂をばらまいたり、国王直轄領への施設設置認可を大蔵卿の裁量下に入れようとしたり。まあ色々です」
新たな法律を作って、なんて事をやろうとしているのか。
流石行政貴族、考える事がえげつない。
ただローチルド主任調査官の口調からすると、それほど重視するべき事ではないという雰囲気だ。
つまりは、きっと……
ローチルド主任調査官は更に続ける。
「しかし今のところ大蔵卿をはじめとするエネルティア商会と懇意にしている貴族家、代議員による工作は上手くいっておりません。
大蔵卿が立案した法律は自分の権限を増やし、私腹を肥やそうとするものにしか見えませんでした。これでは一般の貴族や代議員の賛成を得る事は無理でしょう。
他にエネルティア商会と昵懇の代議員が別の鉄道規制法案を提出しています。しかしこれも領主の権限を減らし一部の政務貴族の権限を増やすものとしか見えませんでした。故にどれも廃案となっています。
今後も類似法案については成立する見込みはほぼ無いだろうと推測しています」
つまり政治的な方向からの工作は上手くいっておらず、今後も上手くいかないだろうという事か。
そうなると、次にやろうとする工作は……
そう思ったところでカールが口を開いた。
「政治的工作がうまくいかないとなると、別の方法をとろうとする動きが必ず出てくる。
第二街道沿いの鉄道で対抗しようという動きならまだいい。しかしもっと正当ならざる方法で対処しようと考える奴も出てくるだろう」
カールが言っている事は、つまりこういう事だろう。
「1月にガナーヴィンで発生したような事件がまた起こる可能性がある。そういう事ですか?」
「ああ。それも今後は標的がリチャードになる可能性が高い」
ローチルド主任調査官ではなくカールがそう返答した。
しかしそれは今までとどう違うのだろうか。
今ひとつ意図が僕にはわからない。
今度はローチルド主任調査官が口を開いた。
「この講演会までエネルティア商会は、北部の鉄道政策を動かしているのはスティルマン家とシックルード家それぞれの領主代行である、と判断していました。北部大洋鉄道商会とその商会長はその傀儡と見ていたという事です。
しかしこの講演会でその判断が変わる可能性があります。そうなった場合、第一攻撃対象がリチャード商会長及びその周辺となる可能性が極めて高くなります」
なるほど、やっと僕にも理解できた。
つまり今までは僕は狙う価値がないと思われていた訳だ。
だから今まで僕はノーガード戦法でも狙われる事が無かったのか。
組織と関係ない素行不良者に狙われた件は別として。
「俺もリチャードの腕はわかっている。なまじの相手なら返り討ちに出来るくらいだとな。
だが今後はより厳重に注意しておいた方がいい。実家の領主代行に頼んで、それなりの警戒態勢を取るべきだ」
カールの言う事は正しい。
商会が僕を狙うとなると、それなりに僕について調査した上で事を起こすだろうから。
しかし、そうなると残念な事がある。
「独りで鉄道旅なんてのも出来なくなる訳か」
「当分の間は諦めるんだな。どうしても行きたければそれなりの警戒態勢を取れ」
うーん、悲しすぎる結論だ。
「狙われているのはリチャードさんだけではありません。リチャードさん達の商会が持つ技術や研究成果もです。
今回の講演会の結果、リチャードさんの商会が高速鉄道に必要な技術を既に保持している事が明らかになりました。ですのでマリウム商会、エネルティア商会がそれらの技術を狙ってくる事は確実です」
確かにその通りだろう。
しかしこの点についてはカールは楽観視していた筈だ。
『国立研究所経由での情報公開には応じても問題ない。報告義務があるのは研究の基礎理論だけだ。
お偉いさんは基本的な理論さえわかっていれば同じものが作れると思っているからな。自分の手でものを作った事がない哀れな連中の幻想なんだが』
こんな感じで既に想定済み。
「エネルティア商会側は、
① まずは国立研究所に対し、北部大洋鉄道商会から申請のあった理論を片っ端から請求し、
② それで同じものが造れないとわかると、国立研究所法違反で北部大洋鉄道商会を片っ端から訴え更なる情報を引き出せるか試しつつ、
③ 現場の研究者や技術者を引き抜いたり窃盗行為を行ったりする事によって情報入手を測ろうとするでしょう」
「現在うちの商会で使われている技術の基礎理論については全て学会経由で国立研究所に報告済みだ。だから調査官が不正をしない限り国立研究所法違反が成立する事はない」
この辺りはキットがしっかり管理してている。
例えば回転型ゴーレムについては、『微生物を模したゴーレムの動作研究』として報告済み。
キット開発の通信装置については、元となる理論そのものは2年前に報告済みらしい。
そしてそれらを応用して新たな技術を開発した場合は国立研究所に報告する義務は無い。
理由は先程カールが言った通り、お偉いさんが研究開発とか技術というものをわかっていないから。
何せ数十年前の判例にこんなのがある位だ。
『空気入りゴムタイヤについては、空気圧の知識があれば誰でも考案し製造可能なものである。だから国立研究所への報告義務があるとは言えない』
鉄道というシステムも同様の扱いで、『国立研究所に報告すべき基礎理論とは認められない』とされている。
かつて国立研究所から調査班が来たのは
① 報告すべき新たな基礎理論が無いかを調べるとともに
② 鉄道の使用による経済効果の活用を調査する
為だった。
なおその際、『報告すべき基礎理論』があるとは認められていない。
この辺のお偉方の認識不足が、独自に研究開発を行っている研究者とか技術者の不遇に繋がっているのではないかと僕は思っている。
しかし現にそういう世界であって、そのことは急には変えられない。
「正規の方法で
「念の為、研究者や技術者に不正な働きかけがないか、魔法でチェックする体制が必要になるだろう。しょうもない出費だが仕方ない」
確かに必要だなと僕も思う。
「わかりました。スウォンジーに戻り次第手配します」
「よろしくお願いします」
ローチルド調査官は軽く頭を下げて、そして付け加える。
「ただ今回の件、私はチャンスだとも感じているのです。この国全般に対して研究者や技術者の価値を認めさせ、待遇を改善する為の。
古くからある意識はそう簡単には変わりません。ですが研究開発・技術の有用性を経済的優位性というわかりやすいもので示せれば、少しは変化が訪れるのではないか。
私は期待しているのです。職務的にも、個人的にも」
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