第144話 理由

「昨日、講演会を拝聴させていただきました。大変見事な内容だったと思います。

 確かに今のこの国フェリーデでは一般的ではない内容です。しかし講演を聞けば技術的な問題は無く妥当な話であると理解できます」


「ありがとうございます。主催としても大変嬉しいです」


 これは僕の本音だ。

 お世辞であったとしても嬉しいが、そうではないだろう。

 何せ彼女はこの国の技術・研究部門の総監督的立場にあるローチルド伯爵家の嫡子。

 技術的な部分についてお世辞を言うような立場ではない。


「更に北部大洋鉄道そちらの商会が実際に北部、シックルード領とスティルマン領で鉄道を運用している話も聞いております。


 僅か2年足らずの間でゴーレム車や船運ではなしえない大量高速輸送手段を整備し、ほぼ事故なく運用している事。森林鉄道や路面鉄道といった様々な形で運用しつつ、人・物の流通を概念から変えつつある事も知りました。


 ですので実際に講演であった通り鉄道を敷設しても、問題なく運用をする事が出来るのでしょう。


 今、少しだけ微妙な言い方をしたなと思う。

 これはマールヴァイス商会らが敷設しようとしている鉄道を念頭に置いているのだろうか。


 しかしそこを確かめるのはまだ早い。

 ローチルド主任調査官がここに僕を呼んだ意図を確認してからだ。

 だから僕は意見を口にせず、軽く頭を下げるにとどめておく。


「表面上は単に鉄のレールの上を、鉄車輪を回転させる事によって走行抵抗を最小限に抑えるだけのように見えます。


 しかし実際にこの鉄道というシステムに対して使用している技術はそれだけではありません。この国で今まで使われていなかった技術が大量に投入されているようです。


 わかりやすいもの、例えば小型高出力な回転型ゴーレムなんてものだけではありません。例えば講演で述べられ、また会場に設置された模型で展示された安全保安装置。


 あれだけで新規の理論が幾つ使われている事でしょうか。背景にある技術的・理論的な集積に圧倒されるのです。

 残念ながら気付く者はそれほど多くはないのでしょうけれど」


 流石だな、そう僕は思う。

 あの安全保安装置こそ今回の講演の目玉のひとつ。

 キットの研究であるアナログコンピュータ理論による、超先駆的な技術だ。


「そう言っていただけると大変嬉しいです。ありがとうございます」


 この返答は本音だ。

 よくぞ気付いてくれた! と感じている。

 本当はローチルド主任調査官の目利きを最大限に絶賛したいところだ。

 そこまでの付き合いではないのでこの程度しか言えないけれど。


「今回の講演会で見えたものだけでも、そちらの商会の技術・研究開発水準の高さが窺えます。王立研究所の研究水準を大きく超えている分野が多いのは間違いありません。


 そちらで優秀な研究者や技術者を大勢雇用しているという話は聞いております。それらの者をかなり厚遇している事も。給与以外にも住宅の補助、更には業務以外の研究にもある程度の補助を出すなんていうものまで。


 事実、優秀な研究者が何人か王立研究所からそちらへと流れました。彼らを引き留められなかったのは王立研究所の咎であり、そちらの商会や彼ら自身の咎ではありません。王立研究所にそれだけ魅力が無かっただけですから。


 ですが私は知りたいのです。何故そちらの商会がそれだけの好待遇で、研究者や技術者を集めているのか。

 おそらくこの国フェリーデでそれだけ資金を出して、研究者や技術者を囲っている処は他に無いでしょう。だからこそ、商会長であるリチャードさんにその理由を伺いたかったのです」


 なるほど、技術者を囲っているか。

 確かにそう見えるのは理解できる。

 というか、事実上そうなっているのは確かだ。


 ただそれは結果的にそうなっただけ。

 カールやキットに必要な技術者の雇用を頼んだ結果だ。


 給与水準が高いのは、単に田舎でそうしないと人を雇えなかったから。

 家の補助も田舎だからそうしないと住めないというだけ。

 研究補助についてもカールやキットの意見をそのまま採用しただけだ。


 どう返答しようか。

 ただ下手な言い訳はしない方がいい。

 今の会話でも明らかだが、ローチルド主任調査官は頭が切れる。

 北部大洋鉄道商会こちらの事も充分知っているようだ。


 それに彼女もかなり本音で状況を話してくれたように思う。

 だからこちらも本音ベースでいくとしよう。


「特に囲い込もうという意図や意志があった訳ではありません。成り行きでそうなってしまった。それが正直なところです。


 元々私どもはシックルード領スウォンジー郊外にある鉄鉱山採掘業から始めました。

 スウォンジーは田舎ですので、技術者に限らず人を呼ぶにはそれなりの待遇が必要です。ですので給与水準は高めに設定しています。


 これは私が鉱山長に就く以前からです。幸いうちの鉱山は全面ゴーレム化により採算性が高いので、何とかなっています」


 給与水準が高いのはリーランド大叔父以来だと聞いている。

 ゴーレム化した結果採掘量が増大し、ゴーレム操縦者も事務員も大々的に採用する必要があった。

 他領からも広く求人を行う為、給与水準を高くした。

 そう記録には残っている。


「またゴーレム化しているので、ゴーレムの修理や整備に関わる部門が元々設置されていました。


 私が鉱山長に就任したのを機に、このゴーレム整備部門を、ただ修理や整備だけでなく改良・開発、さらにはゴーレムの新造を目指す部門に再編しました。

 

 これは理論と技術力を併せ持つカールという人材が参入してくれたおかげもあります」


「最初は旧式採掘用ゴーレムの改良だったな」


 カールが懐かしい事を言う。

 しかし今はローチルド調査官の前。

 カールの台詞に反応してもいいのだろうか。


 ただ此処へ連れてきたのはカールだ。

 カールがローチルド調査官の事を考慮に入れていない訳は無い。

 ならばそれなりの考えも計算もあるだろう。

 そう僕は判断する。


「ええ。あの時は急斜面を登れなくなる根本の原因が出力不足だと判明しました。ですから魔力受容体の魔法銀ミスリルを増量して対処した訳です」


魔法銀ミスリルの在庫が無くなって、ガナーヴィンまで2人で買い出しにいったな。あの乗り心地最悪のゴーレム車で」


 僕も覚えている。

 最高速を追求した結果、乗り心地最悪になった僕のゴーレム車。

 しかし当時は他に自由になるゴーレム車は無かった。

 だからあのゴーレム車に必要な材料を把握しているカールと2人で乗り、買い出しに行ったのだ。


「ゴーレムやその他の機器類、例えば鉄鉱石の選鉱装置等の改善等を行った結果、領主家や鉱山組織の他部門からも、技術部門の必要性と重要性を認められました。ですので徐々に予算も人材も増やしていく事にしたのです。

 ただそういった高度な技術者を採用するあてが私にはありません。そこでカールや副長のキットに人選をお願いしました」


「それまでは工房予算はリチャードのポケットマネーだったな。今でも研究関係の資材や人件費の一部はリチャード持ちだろう」


 ローチルド主任調査官の前でそれを言っていいのだろうか。

 しかしカールが言った以上、誤魔化すのも変だろう。


「緊急の出費に対応するにはそれが一番早いですから。それに技術部門の拡充のおかげで鉱山の方も更に効率化・高収益化が進みました。私も投資した以上の成果を得られたと思っています。


 鉄道もそういった技術と同じ流れで開発しています。最初のアイディアだけは私が出しました。しかし今のような形になったのはカールを頂点とした技術部門のおかげです。


 独自研究や独自製作の補助は優秀な人材を引っ張る為の方策としてカールとキットから提案されたものです。確かに一見無駄な出費に見えるかもしれません。


 ですが既に投資に見合う以上の成果は得ているつもりです。講演会で出しました安全保安装置も、元々は独自研究から生まれたものですから」


「安全保安装置に関しては9割方キットの研究成果だな。予算も場所も人一倍かかった結果、王立研究所から追い出された研究だ」


 そうだったのか。

 追い出された事については僕は知らなかった。


『俺と違って研究畑だがマネジメント能力があって頭も切れる。多少金がかかる研究をやっているが将来的に絶対役に立つ』


 キットを採用したのはカールがそう言ったから。

 それで充分と僕は判断した。

 その決断が正しかったことは現状から見て明らかだ。 


 ローチルド主任調査官が作り物っぽい笑みを浮かべ、口を開いた。


「羨ましい、そう言う資格は私には無いのでしょう。カールを引き留めておく事が出来ず、キットの研究も守れなかった私には」

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