第33章 デートの日?

第133話 工房見学の日

 結局串揚げパーティの日の後、海水浴1回、ロト山1回。

 更にガナーヴィンのハリコフ地区自由市場巡り&串揚げ・バーベキューパーティまでやって、御嬢様方は去って行った。

 パトリシアも見合いを兼ねて、エミリー嬢とともにブローダス子爵家へ。


 そして残った僕とローラは御嬢様方を見送った後、ゴーレム車でお出かけ。

 目的地は三公社前の北部大洋鉄道商会本社だ。


『あとは工房を見学すれば、私もほぼ網羅できますね』


 ロト山登山に行く途中、車両・森林鉄道見学会の事を話した時にローラが言った言葉だ。

 ローラ、その事をしっかりと覚えていていた。


「皆が帰りましたら、車両製造中の工房を見に行きたいです。車両・森林鉄道見学会で回ったと聞いていますから」


 そんな訳でゴーレム車を駐車場へ停め、工房へ。


「広いですね、ここは」


 何せ3両編成の列車が3本、余裕で同時に作業できる規模だ。

 奥行き30腕60m幅10腕20m

 所々に柱はあるけれど、広いのは間違いない。


「鉄道車両を製造したり整備したりするにはこれくらいは必要だからさ」


「製造中が3両編成2本、整備中が1編成ですね。作っているのは6両ともクモロ502でしょうか?」


 その通りだ。

 製造中なのはクモロ502の3両編成2本で、整備中は高速試験車。

 名前まで覚えているようだ。

 流石ローラ。


「ああ。秋以降にローカル線が4本開業する予定だからさ。今のうちに必要な車両を少しずつ作っているんだ。

 クモロ502が一番使いやすいからさ。これを中心に作っている」


「3扉のクモロ503は作らないのでしょうか」


「混んでいる時間は便利だけれどさ。それ以外の時間は座れる人が少ないから評判が良くないんだ。

 ローカル線ならそこまで混雑しないだろうからさ」


 今回クモロ502を中心に作っているのはそういった理由だ。

 僕自身がロングシート車両を嫌っているから、では決してない。


 確かに一介の鉄として個人的にはロングシート車両は好きではない。

 嫌いと言ってもいいだろう。


 前世、18切符で普通列車乗りまくり旅行をしている時も、ロングシート車ばかりの列車に当たるとがっくりしていた。

 東海道線を西進する際の静岡県区間とか、あれは地獄だった。

 あとは東北を旅行して701系電車に当たった時もだ。


 ロングシートが嫌いなのは座席が少なくて奪い合いになるから、だけではない。

 車窓から景色を楽しみにくいし、駅弁や飲み物をいただくのもほぼ不可能だから。

 確かに混雑時に乗客を詰め込むには最適かもしれないけれど。

 

「そういえばリヴーニやバラクレアへ向かう線を作っている最中でしたね。商会の資金や人員は大丈夫でしょうか?」


「今年の冬から春にかけてと比べれば大分ましかな。規模が大きくなったから、その分余力が出来た感じだ」


 それに金がかかる施設工事そのものは領主側でやって貰える。

 上下分離方式にしたメリットだ。


 勿論保秘の為、信号装置などの保安関係については別途うちの商会で工事をする。

 車両も商会持ちだから完全な上下分離では無い。

 それでも土地を確保して、線路や駅を自前で作る事を考えれば大分楽だ。


「さて、この紺色の列車は初めて見ます。高速自走客車の試作車両でしたでしょうか」


「その通り。昼間は概ね此処か車両基地に留めてある」


「確かに速そうです。此処に入っているという事は修理中ですか?」


「夜中に本線で試験走行をして、その結果を受けて此処で改良しているんだ」


 試験専用線が無い現在、試験走行は深夜、本線が空いている時にやっている。

 深夜に走り込んで出た問題点を朝方から昼頃まで改良するという事の繰り返しだそうだ。


 そのせいでカールを筆頭に一部の連中の勤務時間が若干フレックスいいかげんになっている。

 朝の幹部会議も代理でキットが出ている事が多い。

 

 ただ今日はもう作業は終わっているようだ。

 車両近辺に人の魔力反応は無い。


「この紺色の列車、中を見ることは出来ないでしょうか?」


 ローラの鉄が刺激されているようだ。

 勿論問題無い。


「今は作業をしていないし、秘密保持魔法もかけていない。だから大丈夫だろ」


 商会長特権、という程でもないけれど行使させて貰おう。

 クモロ502製造中のダニー主任に声をかける。


「この試験車、ちょっと中を見学していいか」


「ご自由にどうぞ」


 あっさり。

 そんな訳で遠慮無く、開いたままになっている乗務員扉から運転室へ。


「運転席に入ったのは初めてです。それで前から気になっていたのですけれど、この黒いタイプライターみたいな箱は何でしょうか」


 確かに外見は黒いタイプライターだなと思う。

 今は動いていないけれど、文字を印字した紙も出てくるし。

 強いて言えば普通のタイプライターよりキーが多い。

 車番とか緊急とか、停止、救援要請、事故なんてボタンがあるから。


「情報伝達の為の装置だ。タイプライターと同じように文字を打った紙が出てくる」


「他の何処かと連絡できるんですか?」


「ああ。この商会本部とガナーヴィン出張所にそれぞれ運転指令所があって、そことやりとりする。まだ試験運用中の段階だけれどさ、便利だしいざという時を考えたら必要な装置だ」


「走っている列車に、ですか?」


「ああ」


「そんな便利なものがあるんですか!」


 思い切り驚かれてしまった。

 でも考えてみれば当然か。

 まだこの国には無線はおろか有線の電報すら存在しないのだから。


「なら王都バンドンから此処まででも、送りたい文章を送る事が出来るんですか?」


 それについては微妙に残念なお知らせがある。

 実際にこの装置を試験運用してわかった欠点だ。


「残念ながら連絡可能な距離は25離50km程度が限界だ。しかも使用するには魔力導線を敷設する必要がある」


※ 18切符

  正確には『青春18きっぷ』。JRの普通列車や快速列車の1日乗り放題が5回使える特別企画乗車券。名前に青春とついているが中年だろうと老人だろうと使用可能。

 通常は下記の期間に発売・使用可能となる。

  ● 春休み(発売:2月20日~3月31日、利用:3月1日~4月10日)

  ● 夏休み(発売:7月1日~8月31日、利用:7月20日~9月10日)

  ● 冬休み(発売:12月1日~12月31日、利用:12月10日~1月10日)


※ 東海道線を西進する際の静岡県区間

  上記18切符で移動する場合、鬼門とされる区間。理由は概ね以下の通り。

  ① 編成が短く、しかもロングシートの車両ばかり

  ② 快速列車が少ないor存在しないので各駅停車

  ③ ①、②の癖に距離が長く時間がかかる


  だったらこの区間を使うな、とは言わないで欲しい。静岡県区間と言えど東海道線、関東圏から脱出する場合、他の方面へ行くより遥かに速く遠くへ移動できるのだ。

  しかも方面によっては新幹線のおかげで並行在来線がJRではなくなり、18切符が使えなくなったりしている。信越線に至っては横川~軽井沢間が新幹線のみとなって、在来線では接続すらなくなる始末。上越線も水上から先は本数ががが……


 ※ 701系電車

   平成初期時代、東北各線に残っていた国鉄時代の古い電車や客車を一掃した新時代の電車。

   なのだけれども外見は3扉ながら銀色のステンレス車体で首都圏の通勤電車っぽく、中身もロングシートで味気ない(例外あり)。なおかつ乗り心地も長距離乗るにはかなり劣悪……

   しかも旧型電車や客車を701系電車に置き換えた際、短編成化したものだから、座れる可能性が非常に低くなって……

   結果、鉄の者、特に18切符愛用者の中では不評を極めてしまう事となった。

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