第122話 パトリシアの陰謀
「行ってみようと思う何かがあれば何処でも観光になるんだよね、きっと」
概ねパトリシアが大雑把にまとめた通りだ。
ただ考慮すべき重要な点が1つ残っている。
「あとは行き来の手軽さですね。そこに行く時間と費用がその場所に価値に見合っているか」
「此処の鉄道のように安価で便利な交通機関があればいいんですね、きっと。
なるほど、鉄道は今までの船運やゴーレム車の代替になるというだけではないんですね」
クレア嬢、熱心だな。
何か観光地の真ん中で講義をしている感じだけれど、まあいいか。
この話題なら僕としても話すのが楽だから。
「鉄道は乗る分には誰でも安価で便利に使えますから。ゴーレム車がもっと安価かつ高速になって、操縦出来る人がもっと増えて、誰でも気軽に使えるようになればまた話は変わってくるかもしれません」
現在ゴーレムを操縦出来る人は大人20~30人に1人程度。
ゴーレム車は安価なものでも
この辺りが変わってこないとトラックや自家用車の時代にはならないだろう。
「そう言えば鉄道の料金、乗合ゴーレム車よりもずっと安いですよね。何故でしょうか? ゴーレム車よりもずっと速くて快適ですし、車両も専用の線路もゴーレム車よりお金がかかっている筈だと思うのですけれど」
確かに利用者の目線で見るとそうだなと思う。
ただ目線さえ変えれば答は簡単だ。
「確かに鉄道の施設や車両には乗合ゴーレム車以上の費用がかかっています。ただ
厳密には信号だの安全装置だのは商会負担。
しかし面倒なのでそういった細かい部分は今回の説明では省略だ。
「次に車両にかかるお金です。客1人当たりにすると、実は乗合ゴーレム車と変わらなかったりします。車体の寿命が4倍近くありますから。
人を3倍乗せられて、4倍の寿命がある。しかも車体の製造には10倍程度しかかからない。
整備費用も乗客数で計算すれば安いくらいです。それに
つまり乗合ゴーレム車と同じように運用しても、車両にかかるお金は乗合ゴーレム車と同じか安い位になるんです。乗客1人当たりで計算すれば」
クレア嬢が聞いている事を確認して、次へ進む。
「次に乗合ゴーレム車と鉄道を、ガナーヴィンとスウォンジーを結ぶ区間で営業したと仮定して比べてみましょう。
ゴーレム車なら休憩を含めると1日に2往復がやっとです。客を10人乗せると、片道計算で1日あたり40人の人を運ぶ事が可能です。
これが鉄道の場合、普通列車1両編成でも30人以上は余裕で運ぶ事が可能です。更に1日に4往復は余裕で行う事が出来ます。
ならば、片道計算で1日に240人運ぶ事が可能です」
理解しているだろう、そう判断して結論へ。
「同じように運用した場合でも乗客1人あたりで計算すれば鉄道の方が少し安くて済む。しかし実際は6倍以上の人数を運んでいる。
そうなるとコストは当然6分の1以下になりますよね。
これが鉄道の方が乗合ゴーレム車より料金をずっと安く出来る理由です」
実際にはもっと細かい費用項目が山ほどある。
しかし簡単に理解するならこの位の説明でいいだろう。
「つまり乗合ゴーレム車が何台も動いているような区間なら、道路ではなく線路を敷いた方が領主としても役に立つ、という事でしょうか?」
「道路は道路で別に必要です。ただ線路を敷いて鉄道を動かせば、より安価により多くの人と荷物を、より速く運ぶ事が可能です。それによって生まれる新たな需要というものも存在します。
今のシックルード本線の鉄道の状況がそうです。シックルード領スウォンジーという町は、領主家の一員である僕が言うのも何ですが単なる田舎町です。人口3万人程度、鉄と木材があるだけ。
その田舎町とガナーヴィンの間を、今は1日50本以上の列車が往復しています。最低でも2両編成で定員は50名以上です。
もちろん全ての列車が満員という訳ではありません。でも乗車客が定員の半数だとしても、一日あたり1,000人以上の人が往復している訳です。実際はこの倍近い人が動いていますけれども。
これだけの人の行き来があるとは鉄道が出来る以前では考えられませんでした。つまり安価で速い交通機関が、これだけの需要を作り出したという訳です」
そこまで話して、そして気付く。
ちょっと鉄の布教をやりすぎたかなと。
一言ここで謝っておこう。
「すみません。折角景色を見て料理を楽しんでいるのに、ついつい仕事絡みの話をしてしまいました」
「まあお兄だから仕方ないよね。ただ、今回は一応セーフだよ」
パトリシアがそんな事を言う。
「今回はセーフ、とはどういう意味でしょうか?」
「リディアもエミリーもハンナもクレアも、実家や婚約相手から鉄道を見て来るようにって話を受けてきているから。
まあウィリアム兄とか父とかジェームスさんがそれぞれの実家に根回しをしたんだけれどね。相互に鉄道を敷設して、お互いの領地の流通を良くする下準備のひとつとして。
だから今回に限っては、お兄的な鉄道に関する難しい話もOKだよ」
おい! ちょっと待ってくれ……
とすると、この御嬢様宿泊会って、つまりは……
「つまり今回のお泊まり会は、各領地へ鉄道を敷設する為の下準備という事なんですか」
「そうです。事前に言わずに申し訳ありませんでした。
それに鉄道について知るほか、リチャード様との顔つなぎという意味もあります。リチャード様にお手紙を出せるようになれば鉄道について、余分な紹介者を通さず直接連絡をする事が出来ますから」
ローラまで……
確かに貴族的な発想としてそれはありだ。
しかし僕としては何だかなという気分になる。
「実家は実家としてメリットがあって、私達は私達で新しい観光地を楽しめる。お互いメリットがあるから悪くないよね、こういうのも。
ただお兄にこの事を事前に言っちゃうと、日程が遊びよりも見学主体になっちゃいそうだからね。だから事前に言わないようにした訳。
念の為ウィリアム兄には私からリチャード兄に知りたい事を連絡するって言っておいたから」
「こんな事になって申し訳ないです」
うーん……でも、何となくわかった。
諸悪の根源はきっとウィリアム兄やジェームス氏ではない。
「どうせこの話、ウィリアム兄から出たんじゃなくてパトリシアから持っていったんだろう。夏休みに遊ぶ為に」
「バレたか。そーいう事。でも皆でWinWinだから問題無いよね。お兄だって鉄道網を広げる為にも、味方は作った方がいいでしょ」
確かにその通りだ。
しかし……
何だかなあ……
「そんな訳でこのお話はお終い。あと、他にお兄、変わったデザートがあったら頂戴!」
僕個人的には微妙に納得がいかないが、それはそれで置いておくとして。
この不当要求の方は断っておこう。
「充分出しただろ、今日の分は。それに前の分だって相当ため込んでいる筈だ。
ついでに言うとこの山頂からケーブルカーの駅へ戻った時にも食事をする予定だ。だから今は無し」
「はーい」
何だかなあ……本当に……
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