第116話 海水浴帰りの列車にて

 海水浴場は大好評だった。

 遊びすぎて帰りの列車、予定より遅い臨時急行になってしまった位だ。


 マルキス君やニーナさん達には遅れる可能性がある事を言ってある。

 乗る可能性のある列車も何本かピックアップして報告済み。

 だから迎えや夕食の方は心配ないけれども。


 どうやら海水浴へは急行より直通普通列車の方が人気があるようだ。

 モレスビー港から海水浴場までなら普通でも1時間かからない。

 しかも途中で路面鉄道線に乗り換えるなら、ザイックやカレスマイ港などの乗換駅で停車する普通列車の方が便利だ。

 急行料金もかからないし。


 しかしスウォンジーまで帰るならやっぱり直通急行一択。

 急行なら乗換無しで1時間半程度、普通なら最低でも乗換1回で、2時間近く、またはそれ以上かかってしまうから。


 そしてこの時間の臨時直通急行、客が多い事を予想してか9両なんてとんでもなく長い編成になっている。

 うち6両がシックルード本線直通で、残り3両がハリコフ地区駅止まり。

 モレスビー港駅止まりでは無くハリコフ地区駅まで行くのは車両基地への回送を兼ねてだろう。

 

 普通列車も開業当初の日中は1両だけだったのに、今は6両編成で走っている模様。

 これだけ増やすと運輸部は車両のやりくりに苦労しているだろう。

 おかげで座席は来たときと同じように確保できたけれど。


 御嬢様方はまだ楽しさが抜けきらないようで、菓子をつまみながら喋っている。

 車内もそんな客ばかりなので特に目立つことはない。

 

「ねえお兄。来年までには海水浴場の処に別荘を建てようよ。そうすれば来年は海水浴場で遊び放題だから」


 通路を挟んだ隣の席から、パトリシアがとんでもない事を言ってきた。


「来年はパトリシアも学生じゃないだろ。自由にうちに来るなんて事も出来なくなるんじゃないか?」


「だからこそ別荘があると便利なんだよ。お兄の別荘なら空いている時に借りられるから。お兄とローラが当主なら遠慮しないで借りられるし」


 何という自分本位で我が儘な事を……

 パトリシアらしいけれど。

 どこまで本気の発言なのかは別として。


「でもパトリシアもここでの休みの後はお見合いですね」


 えっ? ローラの口から僕の知らない話が出てきた。

 お見合いだって? 相手は誰だ?


「そういえばお兄に言っていなかったよね。今年は皆が帰った後、お兄の家じゃなくてエミリーのところに行くから。エミリーのところの2番目のお兄さんとのお見合いを兼ねて」


 今になってそういう事を言うのか、というのはとりあえず置いておくとしよう。

 エミリー嬢という事はブローダス子爵家の次男か。


 ただそれ以上の情報は頭の中には入っていない。

 後で最新の貴族名鑑を見て確認しておこう。

 まあ実家の方は当然把握済みだろうから問題はない筈だけれども。


 でもそれならば……


「なら今回は全員一緒に解散か?」


 夏休みをその分取ったのが無駄になるな。

 そう思った時だ。


「私は予定通りお世話になります。よろしくお願いいたします」


「そうそう。婚約者だし今更私がいなくても問題無いでしょ」


 おいパトリシア! なんて列車内で突っ込む訳にもいかない。


「ローラさんの方はそれで宜しいのでしょうか?」


「ええ、家の方にもそれで了解は取ってありますから」


 うう……童貞的な邪念が……

 もちろん列車内でなくても口外出来ないけれども。


「それで、何なら別荘用地の件は後で兄に言っておきましょうか?」


 おい待ってくれローラ、パトリシアの意見に引きずられ過ぎだ。

 ただそう言うという事は、ローラもきっと今日は楽しかったのだろう。

 なら動かれる前に一言言っておこう。


「別荘の件はもう少し待って下さい。夏以外の季節にあの場所を楽しむ方法等、少し考えたい事がありますから」


「海水浴以外に楽しめるとすると……そういえば今日はプールの方は行かなかったよね。時間がぎりぎりで」


「あちらも人が大勢いたようですね。魔力反応で確認しただけですけれど」


 確かにプールの方も人が多かったようだ。

 僕もローラと同じく魔力反応で確認しただけ。

 だから様子はわからないけれども。


「プールを思い切り広くして、海を見えるようにして、更に夏以外は温水にしたら問題ないんじゃない? 備付型魔法陣や魔法式を使えばそこまで難しくはないよね」


 無茶苦茶大規模な案がパトリシアから出てきた。

 ただ出来ないかと言うと……確かに出来る、施設さえしっかり作れば。

 そして大規模土木工事はうちの商会の十八番。

 凶悪な魔法使いが揃っている。 


 ならいわき市所在のスパリゾートハワイアンズみたいな施設を目指すか。

 行った事はないけれども。


 ただそれだけでは今ひとつかな。

 ホテルの食事もこの国にはほとんどないバイキング形式にして、更に海とは関係ないイベントを月に1回くらいは開催して。


 遊園地……は少し難しいか。

 でもジェットコースター以外ならそこまで難しくもないかな。

 観覧車と回転木馬、何かカップが回るくらいのものなら。


 この辺は後にしっかり案をまとめて、ローラに点検して貰おう。

 御嬢様方が解散した後も、ローラとは1週間一緒だから。

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