第29章 ロト山観光へ

第117話 視野外の動きと布教本と

 確かに海水浴は楽しかった。

 しかし2日連続で行こうとは思わない。

 少なくとも僕はそうなのだけれど、お嬢様方の意見は異なったようだ。


 何というか若さの差を感じてしまった。

 いや、僕自身も充分若い筈なのだけれども。


 2日目は自由市場をぶらついて、お昼にパーティをして、後はのんびりする予定だった。

 しかし1日目の夕食の時点でお嬢様方の元気がありあまっている。


 このままでは海水浴第二弾になってしまいそうなので予定変更。

 5日目予定だったロト山登山を2日目にやることになった。

 

「山で楽しむ、というのは考えた事が無かったです。うちの領地も周囲は山ばかりですけれど」


「でも2年前乗った山へ登る鉄道は乗っていて楽しかったですわ」


「私は初めてです。どんな感じなのでしょう」


 もう前夜から皆さん元気一杯だ。

 僕は海水浴の疲れを感じているのに。

 若さとは体力だ。

 まさか二十歳そこそこでそう思わされるとは。


『この季節は早い時間ほど山頂の景色がいいですから』

 ノーマンにそう言われた事を思い出し、朝8の鐘の時間に出る急行に乗ることにする。

 確実に座りたいから三公社前駅から乗ることにして。


 ◇◇◇


 そして翌朝。

 予定通りの急行でグスタカール中央駅へ。


 三公社前駅発の時点では列車内はガラガラ。

 これは増結して6両編成になっている事が理由だろう。

 だから2人掛けシート4組をまとめてキープし、シートの背を倒して4人ボックス席×2にして陣取る。


 なお今回はパトリシア、僕とは違うボックス側にいる。

 僕と一緒なのはローラと、ブローダス子爵家のエミリー嬢だ。

 エミリー嬢とは直接話した事がないので少し緊張する。


「これは昨日と同じ列車ですね」


「ええ、そのまま乗っていけば海水浴場まで行きます」


 エミリー嬢の質問に返答。

 夏の間は急行がガナーヴィン西線まで直通する。

 つまり昨日の行き帰りに乗ったのと車両も系統も同じだ。


「あの赤色のスマートな形をした列車、あれは違う場所へ行くのでしょうか」


 これもエミリー嬢だ。

 三公社前駅で反対側のホームに停まっていた路面鉄道直通のクモロ604の事だろう。


 それにしてもエミリー嬢、これらの質問は鉄道車両に興味を持ってくれているという事だろうか。

 そんな事を思いながら返答する。


「あの列車は各駅に停まりながらガナーヴィンのハリコフまで行って、そこから路面鉄道へ入ります。

 これから行くグスタカール中央にも行きますけれど、すこしだけ余分に時間がかかりますね」


「なるほど、それで路面鉄道に似た形なのですね。それでどれくらい余計な時間が掛かるのでしょうか」


「グスタカール中央駅までなら4半時間15分程度ですね。ただ帰りはあの列車になるかもしれません。帰りは急行が走っていない時間帯になる可能性が高いですから」


 ひょっとして鉄的な興味があるのだろうか。

 ならこの前増刷した鉄道本を進呈してもいいななんて思う。

 それともいっそ、お嬢様方全員にあの本を配ろうか。

 でも興味が無いと意味ないだろうな。


「実は父から、スティルマン領やシックルード領に行ったなら、鉄道についてよく見てこいと言われています。

 海側の第二街道沿いに鉄道が出来た事を受けて、第六街道沿いにも鉄道を敷設しようという話が関係領主の間で出ているそうなので」


 なるほど、そういう訳か。

 ブローダス子爵領はシックルード領やスティルマン領から第二街道で王都へ行く際、ハンティントン子爵領の次に通る場所だ。

 そしてブローダス子爵領の南東端から王都までは40離80km程度。

 あと1領地、ハドソン伯爵領を通れば国王家直轄領まで通じる。


 関係領主とはどこだろう。

 ハンティントン子爵家は間違いないだろう。

 以前似たような話を兄のところへ持ってきていたし。


 他に第六街道沿いにあるのはハドソン伯爵家、スティルマン伯爵家。

 ジェームス氏も絡んでいる可能性がある。

 ウィリアム兄が噛んでいる可能性も否定できない。


 レティシア姉から何も言ってこないと思ったら、実は裏で領主同士の話が進んでいた。

 そんな可能性がありそうだ。


 なら北部大洋鉄道商会うちとして準備をしておこう。

 カールを中心にやっている高速化についての研究も活かせるだろう。


 あと、そう言われているならば、やはりこれも渡しておこう。

 僕はアイテムボックスに布教用に入れている例の鉄道本を出す。


「なら、よろしかったら資料としてどうぞ。乗ってわかる事は大抵書いてありますから」


「その本、はじめて見ました」 


 ローラが反応する。


「商会でやっている、車両・森林鉄道見学会で配った本です」


 エミリー嬢がいるからよそ行き口調で返答。


「そんな催しをやったのですか?」


「7月に予約制で3回実施しました。私自身も参加したかったのですが、残念ながら会社の重役連中に止められて参加できませんでした」


「どんな内容だったのでしょうか?」


 微妙にローラから圧を感じるのは気のせいだろうか。


「昨日海水浴場へ行く途中に通ったアオカエ川大陸橋を往復して、今日これから乗るロト山ケーブルカーに乗り、明日以降に行くラングランド森林鉄道に乗るという内容です。

 あとは車両製造中の工房を見学する位ですね。1日だからこれで目一杯になります」


「ならあとは工房を見学すれば、私もほぼ網羅できますね」


 おいおいローラ、はりあってどうする。

 そう言いたいが何か逆らえない圧を感じる。

 ここは大人しくしたがっておいた方がいい。

 そんな予感がする。


「まあ夏休みは長いですし、そのうち行きましょうか」


「わかりました。それでその本は私の分もありますでしょうか」


「勿論です」


 布教用は常に10冊持ち歩いているから、そのうち1冊をローラに渡す。

 なお家には布教用、まだあと10冊ある筈だ。

 だから手持ちを全部配っても問題は無い。


「ありがとうございます。後にゆっくりよみますね」


 圧が消えた。

 そういえばローラ、鉄だった。

 忘れていたけれど思い出した。


 その後、車内が少しずつ混んできたので、僕、ローラ、エミリー嬢で向かい合わせにして使っていたシートを元に戻す。

 そして僕はローラと通路を挟んで隣の1人席へ移動。


 ジェスタ南門駅の時点で車内の座席は9割方埋まった。

 6両編成、それも一番空いている筈の最後尾でこの状態だ。

 家族連れや若者グループの行楽客みたいな人が多いけれど、海水浴場まで行くのだろうか。

 なら昨日の海水浴場の賑わいも納得だなと思う。 

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