第115話 簡単な料理体験?

 何というか、久しぶりに本気で遊んでしまった。


「お兄、もうすぐ12の鐘だと思うよ」


 パトリシアにそう言われてやっと時間に気づいた位に。


「ありがとう」


 助かった、皆が戻る前に昼食の準備をしておきたかったから。

 休憩場所に急ぎ足で戻る。


 まだ皆さん戻ってきていないのを確認してちょっと安心。

 鉄板を出して食材を出して、と。


 この鉄板、春に僕が試作したものと比べて大分進化している。

 一番の違いは鉄板の下に木炭と着火剤が仕込まれている事だ。

 つまり単なる鉄板ではなくコンロ機能付。

 これなら魔法が使えない人でも使用可能だ。


 この鉄板コンロは4人用サイズなので、今回は2つ。

 木炭は1時間くらい持つ筈だからもう着火してしまおう。


 説明書によると横にある点火棒を勢いよく引くと着火するらしい。

 魔法で確認すると途中にメタルマッチと同じような素材と構造になっている部分がある。

 棒を引くとそこから火花が出て着火剤に火が着く仕組みだ。 

  

 こういった卓上コンロみたいなものは市販品があるのだろうか。

 それとも観光開発部が開発した、あるいは開発させたものだろうか。

 こういった日用品に近い分野の知識が僕をはじめ貴族には足りない。

 後で機会があったら確認しておこう。


 鉄板に熱が回るまで説明書を読んでおく。

 どうやら焼きそばも僕のレシピとは少し作り方が違う模様。

 熱魔法を使わない事だけが理由ではないようだ。


 例えば卵、僕の場合は野菜と一緒に混ぜて焼くのだが、この説明書のレシピによれば目玉焼きにして上に載せるとある。

 僕は混ざった卵にソースが絡んで微妙な甘さになるのが好きなのだけれども。

 まあ今日はこのレシピ通りに作ってみようか。


 鉄板がちょうどいい温度になった頃、鐘が鳴り始めた。

 鉄板に脂を馴染ませていると皆さん戻ってくる。


「春に滝のところでやった料理と同じ?」


「ああ。レシピが少し改良されているようだけれど」


「ならこっちは私とローラでやろうか」


 おっと、それは結構助かる。

 二カ所同時進行よりその方が絶対楽だ。 


「ああ、頼む。これがおすすめレシピらしい」


「わかりました」


「ガーデンパーティみたいに食べる目の前で料理するんですね」


「そうですね。これはもっと手軽で簡単に出来ますけれども」


「パトリシアさんやローラさんは作られた事があるのでしょうか?」


「春休みに試してみました。今まで食べたパスタとはかなり趣が違いますが、美味しいです」


「なら私もやってみていいでしょうか」


 途中から僕は御嬢様方に調理道具を取り上げられ、ただ指示を出すだけになってしまった。

 パトリシア達の方も含め、皆でよってたかって作っている状態。


 自分で料理を作るなんて事がない貴族だと、こういう事でも結構楽しいのだろうなと思う。

 実際皆さん楽しそうに作っているし。


 魔法で各休憩場所の状況をさっと見てみる。

 10カ所に1つ位の割合で、この焼き物セットがテーブルに置かれていた。

 これは多いのか少ないのか、今ひとつ僕にはわからない。

 休みが終わったら観光推進部に顔を出して聞いてみよう。


「そろそろいいかな」


 パトリシアのそんな声のすぐ後、ソースの香りがじゅわっと立ちこめる。

  

 ◇◇◇


「美味しいです。料理ってこんなに簡単に出来るのですね」


「これは簡単に作れるようになっているだけだと思いますわ。ただこうやって自分で作るのも楽しいですよね」


「いつも食べているのとは方向性が全然違う味です。でもまたこういった物を食べたくなるような気がします。この説明書を持って行って家のコックに作らせればいいでしょうか」


「自分で作るのも味の一部、という気がしますわ」


「そういえば着替えをした店の隣に『海水浴場名物 炒めパスタ』という袋が売っていましたわ。あれを買って帰ればいいのでは?」


 そんな物まで商品化しているのか。

 僕は気づかなかった。


「海も楽しいです。こんなに楽しい場所だなんて思いませんでした」


「ですね。近くに別荘が欲しいです」


「確かに別荘が近くにあれば、毎年ずっとここで楽しく出来ますね」


 なら海水浴客向けのホテルや旅館なんてのも来年には考えようか。

 そこそこの値段で泊まれるなら庶民にも結構需要があるだろう。

 夏以外にどうやって客を確保するか考える必要はあるけれど。

 

「何ならお兄、一週間毎日、此処へ来ない?」


「それは駄目です。まだ山の上も、あの滝の場所も行きたいですから。確かに此処もとっても楽しいのですけれど」


「ローラさんがそう言うならきっといい場所だと思いますわ。それでも此処より楽しいというのは想像しにくいです」


「そういえばパーソナルボードの方はどうでしたでしょうか? ボートの方は大変楽しかったですけれども」


「ボードの方も楽しいです。うまく波に乗れた時の爽快感もいいですし、波乗りをせずにボードでただ浮いているだけでも楽しいです」


 確かに僕も楽しかった。

 遊びにこれだけ夢中になったのは久しぶりだ。


 個人的に今夏、もう一度来てもいいかなという気にすらなる。

 一人で来るなら休憩場を借りずに、海の家っぽい海岸沿いの店を試してもいいかな。

 魔法で見る限りあちらも盛況のようだ。

 だから満員御礼で入れないなんて可能性もあるけれど。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る