第103話 運輸事業の状況

 4月から開始した運輸事業、取り扱い高が急上昇中だ。

 おかげで人員の補充に追われている。

 幸いガナーヴィンは人が多いから、採用広告を出せばそこそこ人は集まるけれど。

 

 荷物運送は生産者から市場への輸送と市場から商店への輸送が中心。

 そのうち4割はシックルード・スティルマン両伯爵家からの受託だ。


 両領主家は今年の1月から地方の農産物等をそれぞれの市場に送るという事業を行っている。

 その運送作業を5月から受託したのだ。


 領主家による市場運送事業の目的は、名目上はエネルティア商会取り潰しに伴う取引先の保護だ。

 勿論それはあくまで名目。

 実際は農家の収益向上と市場の物価安定を狙った措置だったりする。

 

 この領主家の事業、開始した1月中旬から4月いっぱいまでは、

  ① 農家から領主家が直接買い付け

  ② 領主家が市場へ運送。

  ③ 領主家が市場で販売

という方式だった。


 しかし5月1日からは、

  ① 現地拠点(農村の中央広場等)で農産物等を受領

  ② 受け取った農産物等を市場まで輸送

  ③ 市場で競売方式により小売業者等へ販売

    一部は直接小売り

  ④ ③の収益から輸送料等の手数料を引いて生産者に支払い

という方式になっている。


 この②の部分をうちの商会が受託した訳だ。


 これについては3月にウィリアム兄から事前予告があった。

 ローラやパトリシアと練った観光開発の話をした際、ついでという形で。


「観光開発とは違う話だけれどさ。ちょうどいいからこの機会に話しておくよ。


 実は1月から始めた領主家による農産品やその他一次産品の買い付け事業、5月から新たな方法に変更する予定だ。


 買い付けという形で現地で値段をつけるとどうしても需要と値段の不均衡が生じてね。だから5月からは現物を中央市場に持ち込んで競売方式にする」


 買い付けではなく市場での競売方式にする訳か。

 僕としても納得できる変更だ。

 

「確かにその方が価格決定も透明化出来ますね」


「だろ。実際今の方法は領主家の負担が大き過ぎてさ。その上参加したい農家やその他の製造業者も増えてきてね。全て領主家でやるのはそろそろ限界だ。


 だから値段決定はスウォンジー北門新市場での競売方式にして、搬送部分も外部業者に任せよう。そう思ってさ。


 ところでリチャードのところでまもなく荷物搬送のサービスを始めるらしいね。ならこの産物の市場までの搬送作業を受けてくれないかな」


 ウィリアム兄がそんな事を軽い調子で言う。

 しかしちょっと待って欲しい。

 領主家からの事業の受託となるとそれなりに他の商会等を納得させる理由が必要だ。


「うちの商会でそのまま請け負えば、他の商会から苦情が来ませんか?」


「勿論競争入札で業者を決めるよ。でも応札条件を守って正しい見積もりで競争すれば、少なくとも鉄道が使える地域ならリチャードの商会が圧倒的に低コストで応札できるだろ。違うかい?」


 確かにその通りだ。

 配送先はスウォンジー北門にある新市場で鉄道駅のすぐ近く。

 だからゴーレム車で輸送するのは生産拠点側から最寄り駅までで済む。


「鉄道が未開通のトレバノス地域については他商会とそれほど変わらないと思いますよ」


「でも冬には鉄道が開通する予定だろ。ならその時期には必要コストが一気に下がる事になる。勿論開通した後の入札ではその条件が適用される。違うかい?」


 確かにその通りだ。

 つまり本年中に開業予定の路線を考慮に入れれば、シックルード領内の輸送に関してはどの地域からでもうちの商会が最も安く運送できる筈だ。


 ただ少々疑問がある。

 今回の事業以外を含むシックルード領の政策についてだ。


「しかしこの件に限らず何でこんなに急激に改革を進めるんですか ? 僕が言うのも何ですけれど、昨年から随分とお金を掛けていますよね」


 鉄道事業もそうだし、農産物買取事業も。

 更にラングランドやトレバノス、ジェイブス開発やスウォンジー周辺再開発事業もそうだ。


「確かに性急に見えるかもしれないね。でもこの機を逃すと改革ができなくなる可能性が高いからさ。


 何もない安定した状態では流通改革なんて出来ない。既存の農家や小規模な生産者を大商会ががっちり押さえている。契約で買取先は自商会のみと縛っていたりするからね。


 独占や寡占を廃して市場価格を市場原理だけにするには、普通は新たな生産者の開拓が必要な訳だ。新たな開拓地を作って移住を推進したり、補助金を餌に新しい産業を興したりしてね。


 ただ今年始め、エネルティア商会が取り潰しとなった。当然契約は宙に浮くわけだ。ならこの機会を逃すわけにはいかない。違うかい?」


 僕はウィリアム兄が言わんとしている事を理解した。

 つまりエネルティア商会が取り潰しとなったこの機会に、流通の主流も価格決定権も大商会から取り上げようという訳だ。


 既存の農家や小規模生産者を取り込むだけでなく、新たな開拓地、新たな産業の力も使って。


「多分ジムも僕と同じ事を考えていると思うよ。近々運送業者の競争入札について言ってくるんじゃないかな」


 ウィリアム兄とジェームス氏は裏で密かに繋がっているらしい。

 だからその可能性は充分にある。

 ローラが学校の寮に帰った後に報告に行くけれど、そのあたりに言われそうな気が……


「わかりました。それではこの業務の件は業務委託の公表と同時に検討できるよう、体制を整えておきます」


「頼んだよ。ただ公表までは内密に頼む。観光の方は開発許可を出しておくからさ」


 そんな訳で観光開発の根回しに行った結果、業務委託の根回しをされてしまった訳だ。


 そして4月頭にジェームス氏からウィリアム兄とほぼ同様の内容の根回しがあった。

 予想通り、スティルマン伯爵家にローラが学校に帰った旨を報告しに行った際にだ。


「観光開発の件はこちらで根回ししておきます。ですからこの件についても宜しくご検討お願いします」


 そんな感じで。


 正直なところこれでいいのだろうか、そう思ったりする。

 うちの商会、完全に領主家とべったりという感じになってしまっているから。


 鉄道という業務を行う以上、許認可権を持つ領主家とのつながりは当然必要となる。

 そして商会長である僕はシックルード伯爵家の一員で、スティルマン家のローラの婚約者だ。


 それでも……

 まあ僕が気にしたところでどうしようもないのだけれども。 

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