第104話 思わぬ予定

 観光開発は順調に進んでいる。

 既にケーブルカーの線路敷設工事がほぼ終了。

 ロト山やラングランドのハイキングコースも鋭意整備中だ。


 海水浴場付近も建物や線路は完成間近。

 観光宣伝のポスターも作って、駅や車内に掲示をはじめた。

 予定通りに行けばどの場所も7月1日に開業予定だ。


 商会で出す直営店についても出店場所、人員、サービス内容、商品等がほぼ決定。

 ラングランドのハイキングコースに出す店は駅と滝の手前の2カ所。

 ロト山ハイキングコースは鉄道の駅とケーブルカーの頂上駅の2カ所。

 海水浴場は駅に隣接した大きな施設で1カ所、海岸沿い、地元の他の店舗用スペースと並んで1カ所だ。


「山のハイキングコースは山深い田舎というイメージを最大限活用する方針にしました。逆に海の方は最新のリゾート施設という雰囲気で作ってあります」


 これは決裁案を持ってきた観光推進室長エドワードの説明だ。 

 どれどれ、そこそこ分厚い書類にささっと目を通しながら質問する。 


「なるほど、店の雰囲気にあわせてメニューも変えているのか」


「ええ」


 僕がプッシュしたものとシックルード領内の田舎料理、既存のテイクアウトものがうまく入っている感じだ。

 僕自身も楽しみでしかたない。


 キットの列車無線もどきは現在試験中。

 ただ今までに無いものだけに、完成して配備するまでは時間がかかりそうだ。

 装置そのものもかなり複雑。

 コンピュータに類似する事を魔術と歯車で実現しているから仕方ない。


 ◇◇◇


 ただ微妙に頭が痛い話もやってきた。

 まず最初は5月半ば頃、ローラから届いた手紙だ。


 ローラからの手紙はおよそ3週間周期で届く。

 ローラが手紙を書いて、僕が受け取って、僕が書いて、ローラに手紙が届く。

 その周期が概ね3週間だから。


『リチャード様はお元気でいらっしゃいますでしょうか。こちらは私もパトリシアさんも元気です。まだ5月ですが既に例年より暑いので授業に集中するのも大変です。風属性魔法や水属性魔法でこっそり冷やしながら授業をうけています。先生方も黙認して下さっている状況です』


 確かに今年は暑いものな、僕も執務室は魔法でガンガンに冷やしている。

 冷やしてから暖まる分には湿気が少な目なので過ごしやすいし。


 その後は学校での出来事等が続いている。

 あああの先生まだ独身なのかとか、ローラはこう書いているけれどパトリシアは本当に貴族令嬢らしくやっているか不安だとか。

 そんな事を思いながらローラの綺麗な筆跡を追う。


 そして。


『今年の夏はパトリシアさんをはじめ、仲のいい友人5人を私の実家に御招待する予定です。新しく出来た観光地を回るのを、皆、楽しみにしています』

 

 学校が夏休みに入る頃には海水浴場もハイキングコースもオープンしている筈だ。

 だから問題はない。


『ただ私やパトリシアさんの話を聞いて、リチャード様のお屋敷にもお邪魔したい、そういう声が出ています』


 えっ! 何だって!


『いただいた美味しい料理やおやつの話。色々売っていて楽しかった自由市場の話。自由市場で買った珍しいお野菜や魔獣のお肉を料理して貰って食べた話。森林鉄道で山奥まで行って珍しい料理を作って貰って食べた話。

 私やパトリシアさんが冬休みや春休みにお邪魔した時のそんな話をしてしまったのが原因かと思うと、申し訳なく思います』


 いやどうせパトリシアが余計な事を喋り過ぎたのだろう。

 そんな気がする。


『ですのでもしかしたら1日くらい、皆でお邪魔する事になるかもしれません。リチャード様には大変申し訳ないのですけれども。

 また日程その他が詳細に決まりましたらお知らせいたします』 


 これは……領主代行速報事案だな。

 それにしても独身の、貴族とは言え領主でも国の重職についている訳でもない人間の家へ独身のお嬢様方が来てしまっていいのだろうか。


 ◇◇◇


 この時は、取り敢えず『まだ決まった訳でもないし、もう少し様子を見る事にしよう』という事でウィリアム兄と話はまとまった。


 しかしその1週間後、今度はパトリシアから手紙が来た。


『今年の夏はローラの実家に皆でお邪魔する事になりました。ただ以前から私やローラがリチャードお兄様の家で出た料理やおやつ等の話をしていたせいか、お兄様の屋敷にもお邪魔したいという話が出ております。


 ですので大変申し訳ありませんが、8月4日から10日の間を空けていただいた上で、皆様に御招待状を出して頂けますでしょうか。

 なお新しく開発した遊び場所についても、その時に回る予定です』


 僕の意見無しで、しかも一週間のお泊り決定かよ!

 ローラやパトリシアが来るのは想定していた。

 でもまさか他の御嬢様までとは思わなかった。

 勿論ダッシュで実家行きだ。


「こちらにもその話は来ているしね。まあ仕方ないかな。一応父にも連絡の手紙を出しておこう。

 父から返答が届き次第、シックルード伯爵名義でこちらから招待状を出す事にする。父が了解した上で、リチャードの婚約者であるローラの同行もあるなら問題ないだろうしね」


 ウィリアム兄の意見はこんな感じだ。

 なお父は最近、王都屋敷に常駐している。

 貴族としての外交がやりやすいという理由だけではない。

 面倒な2人がいた際の浪費や正規でなく雇った雇人の整理、無駄に買い込んだ品々の処分等の為でもある。


「わかりました。それではこちらでも準備をしますので、招待状の方、よろしくお願いいたします」


 何だかなと思いつつ、まあそれでいいならと頷く。


「頼むよ。こちらも他の領主家とは仲良くしておきたいしね。

 ただ少し注意をしておいた方がいいかな。最近リチャードは狙われているようだからね。今回のご令嬢方は大丈夫だと思うけれどさ」


 ウィリアム兄め、気になる事をいいやがった。

 おそらくこの場合の”狙われている”とは暗殺者やテロリストに襲撃されるという意味ではない。

 でも一応念の為確認しておこう。


「婚約者との結婚もまだなのに、紹介してくれという手紙が来ているという話は本当でしょうか?」


「その通りさ。もちろんこちらに来ているものについては丁重にお断りしているけれどね。何なら全てそちらに転送しようか?」


 本当に来ているようだ。

 パトリシアが言っていた事もまんざら嘘ではなかったらしい。

 まあローラまで嘘を言っているとは思っていなかったけれども。


「いえ、今まで通りそちらで断っていただいた方がありがたいです」


「話が来ている先がどうにも微妙というか、こちらが疑いを持ちたくなるような家が多いんでね。某商会絡みとかさ。

 リチャードの家に直接来ている物はあるかい?」


「今のところありませんね。僕は貴族家は他にスティルマン家くらいしか付き合いがありませんから」


 こういった話は貴族ルール的には本人に直接送るなんて事はしない。

 僕と親しい貴族家か、さもなくば僕の実家経由で紹介という形で話を通すのがこの国の貴族社会での不文律だ。


 つまり僕に貴族の付き合いルートで紹介状を送るには、実家かスティルマン家を経由するしかない。


「なら問題は起こらないだろうね。まさかスティルマン家に紹介してくれなんて手紙を出すとは思えないからさ。

 それじゃ今日はこんなところかな」


 そんな訳で夏休み、ローラとパトリシアだけではなく、他の御令嬢4人まで御招待する事になってしまった。

 勿論準備はするし、屋敷そのものも問題はない。

 普段は僕の他には使用人3人しかいない家だけれど、客室も広間も食堂も貴族として最小限の設備は備えている。


 ただ客室は普段使っていないから大掃除が必要だ。

 ローラやパトリシアが泊った部屋以外の客室をお客様に使うのははじめてだし。

 あまりに使用しないので、普段はマルキス君やヒフミが1人で2部屋ずつ使っていたりする位だし。


 ヒフミ1人で整備するなんて無理だから、商業ギルド辺りから臨時の要員を派遣して貰った方がいいだろう。

 この辺もニーナさんと相談しておこう。


 ただやる事はやるにしても、思わずにはいられないのだ。

 何でこんな事になるのだろう、と。

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