第105話 列車無線に準じる装置
朝の幹部会議。
「まもなく雨が多い季節となります。雨の日はどうしても路面鉄道線が遅れがちです。乗り入れ列車が遅れると本線ダイヤにも影響が出てきます。
今のところ事故や自然遅延による致命的なダイヤへの影響は出ておりません。しかしスウォンジー南線やガナーヴィン西線も開業し、遅れが鉄道全体に影響する可能性はますます高まっています。
今後、万が一の遅延や事故等が発生した場合、全体を見渡して指示を行う何らかの方法が必要かと思われます。ですが運輸部の方では残念ながら解決策が見つけ出せない状態です」
運輸部長のクロッカーからそんな意見が出た。
この世界には列車無線なんて装置は存在しない。
無線通信に類するものも、電波を使うものに限らず魔法や魔道具含めて開発されていない状態だ。
しかし確かにクロッカーの言う事はもっともだ。
残念ながら僕には解決方法は思いつかない。
でもカールなら何か代替的な案を思いつくかもしれない。
「カール、どうだ?」
「走っている列車に直接情報を送る装置は残念ながら現存しない。
しかし魔力導線を使って各駅や信号場に簡単な情報を送る事は可能だ。今でも異常箇所発報システムは似たような事をやっているからな。
少し技術部内で検討する時間が欲しい。ものは『走っている列車に運行指令を送る方法、及びそれに必要な装置』でいいだろうか」
「ええ。それでお願いします」
待てよ、そう僕は思う。
確かにクロッカーの言った事に対してはカールの返答は正しい。
しかしどうせなら付け加えて欲しい事項がある。
「第一義には列車に情報を送る事だろう。しかし列車側から商会に何か連絡をしたい事態が生じるかもしれない。例えば列車内において何らかの事件が発生した場合。
だからもし出来るならば、列車から情報を送る方法についても同時に検討してくれれば助かる」
日本の列車無線は双方向通信が可能だ。
だからそれに近いものをリクエストしてみる。
「言われてみれば確かにそうです。列車内で起きた事故等については、どうしても乗り合いゴーレム車のような個別対応的なイメージで考えていました」
「技術的には数段難しくなる。だから優先はクロッカー運輸部長の要望だ。ただし商会長の意見はもっともなので、可能な限り考慮しよう」
そんな感じで列車無線の代役をする装置を開発する事になった。
なら先日カールに特急用車両の裏開発を命じなくてもよかったかな。
そんな事をちらっと思ったりする。
ただ鉄としては特急車両が欲しいのも事実なのだ。
やはり鉄道車両の華といえば特急用車両だろうと思うから。
さて、無線に類する技術や魔法がない状態で、どうやって今回の課題を解決するのだろう。
興味があるので午後、工房に顔を出してみる。
キットが設計図らしき物を描いていた。
基本的にはキットは技術部の人事管理をしている事が多いのでなかなか珍しい。
そう思いつつ声をかける。
「キット、それは何の設計図なんだ?」
「朝の幹部会議で運輸部長や商会長から開発要望があった装置です。厳密には今描いているのは末端操作部で、他に車両用表示部や本部用表示部、本部用操作卓なんてのが必要になりますけれど」
これが列車無線に代わる装置の設計図か。
壮絶な数の歯車が組み込まれたギアボックスにしか見えないのだけれども。
「もし良ければどんな物なのか、わかるように説明してくれないか?」
設計図を見ただけでは僕には理解不能な代物だ。
「冬に信号機や
歯車式コンピュータか。
そうわかると何となくこの装置がどんなものかも想像がつく。
「つまり全ての情報を1と0で送って、列車側と駅側、集中指令をする場所でそれぞれ1と0から情報に戻して確認するという訳か」
「商会長は話が早くて助かります。その通りです。情報の伝達にはレールに並行して設置している魔力導線を使用します。魔力導線に1と0情報を載せて送る訳です。
受信も送信も魔力導線の周囲
うーむ、列車無線、最初からデジタル化されてしまう訳か。
地球の技術史的には色々間違っている気がするが、世界が違うのだから仕方ないだろう。
でも一応、聞いておこう。
「その情報伝達装置、普通の会話文は送れるのか?」
「可能ですよ。音声では無く、紙に印字される形になる予定ですけれど。タイプライターを打つような感じですね」
無線電信技術、いや一応線は必要だから普通の電信技術か。
そんな物、この国に存在していない筈だ。
いいのだろうか、こんなチートな物を開発して。
しかし考えてみたら、この電信装置を開発したのは僕ではない。
この国のこの時代の人であるキットだ。
だからおそらく問題は無い。
ただ、一応聞いておいた方がいいだろう。
「この装置、列車に関係なく一大発明なんじゃないか?」
「そうかもしれないですけれどね。この装置に使った理論、実は以前、国立研究所の論文で発表済みです。ですが何の反響も無かったんですよ。まあ私と同じ分野の研究者がほとんどいないから、なんて理由もあるのでしょうけれどね。
だから改まっての発表はしないつもりです」
「しかしいいのか。この装置そのものを発表すればいくらでも独立出来る資金が手に入るだろう。それだけの価値はある筈だ」
キットはそこでわざとらしく肩をすくめて見せた。
「ならいいんですけれどね。生憎私はここで十分な研究環境と費用を提供して貰っていますから。
実際、ここの技術部は一番研究者や技術者の扱いがいいですからね。国立研究所を含めて、多分この国でも一番ではないかなと。自分の金にならなかった研究でもそれなりに出来るし、お金もある程度は自由に使える。
どうせ此処を離れて独立しても、此処と同じように自由な研究を裏でやるなんて事は出来ないだろうと思いますから。だからまあ、特にこの装置を他で発表したり、独立しようだなんて気にはなりませんね」
何というか勿体ない話だ。
そう僕は思うのだ。
しかしキットが言っている事は事実。
それにこの装置のおかげで商会が更に儲かるのも間違いない。
うん、商会でこの装置を使った独自サービスなんてやって儲かったら、更に技術部に対しての予算を増やすことにしよう。
それくらいしか僕にはこの発明に報いる事は出来ないけれど。
※ 列車無線
運転指令所と走行中の乗務員との間で無線を使って会話ができる装置。一対一、一斉連絡等様々な連絡モードがある模様。
業務連絡、万一の事故や災害のときの緊急連絡、ダイヤの乱れによる運行指示等に使用される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます