第91話 趣味的な時間つぶし

 やってきたのはクモロ502の二期型と呼ばれている車両だった。

 初期型のクモロ502と見た目で明らかに異なるのは運転席正面の窓。

 初期型は運転席と助士席の窓がやや小さい。

 二期型はこの窓が大きく、クモイ502やクモロ503と同じ形だ。


 試運転は技術部が担当していて、ゴーレム操縦担当者と線路・施設確認担当者の2人が乗り込んでいる。

 両方とも僕が知っている顔だった。 


 モレスビー港駅6番線で停車した車両の運転席扉の窓をノックする。

 怪訝そうな顔をして振り向いたクロエ主任が僕に気づいた。


「どうしたんですか商会長、こんな所で」


「悪いが試験運行、ちょっと乗せてくれないか」


「まあいいですけれど」


 後ろの扉を開けてくれた。便乗成功だ。


「ガナーヴィン西線の試験運行はクロエ主任とイザクが担当しているのか」


 最近の僕は忙しすぎて工房員のスケジュール全てまで把握しきれていない。

 なので聞いてみる。


「今週はそうですね。来週は3の曜日までがモリアとマリオで、その後技術部長が2往復して営業開始していいか判断する予定です」


「それで今日はあと何往復の予定だ?」


「今週中は朝2往復、午後2往復で、これから午後分の2往復です。各駅停車でメッサーへ行って、ナムまで戻って、またメッサーへ行って、モレスビー経由でハリコフの車庫へ帰って終わりです」


 そのスケジュールだと僕の予定的にメッサーで降車は出来ないだろう。

 しかし鉄道に乗るだけの旅も悪くない。


「なら一度メッサーへ行った後、ナムまで戻った時に降ろしてくれ。新線を見てみたい」


「わかりました。客室扉は手動にしておきますので」


 さて、それでは鉄道旅を楽しもう。

 運転室のすぐ後ろの席では向こうも気になるだろうから、端から2番目の2人席を選択。

 前席の背についているテーブルを出して、ジャックサンドを置けば準備完了だ。


 発車のベルが鳴った後、床下からの機器音とともに列車は加速をはじめる。

 ダコタ=ナム線の市街地部分はほとんど地下か半地下。

 だから景色は楽しめない。

 しかし車輪がレールの継ぎ目を通過するタッターンという音、加速する際の継ぎ手からのヒューという音だけでも十分に鉄道らしくていい。


 分岐器ポイントを通過し、左へ大きくカーブして本線と別れる。

 ここからは単線に見えるけれど複線区間だ。

 反対側の線路は壁の向こうを走っているから見えないけれど。


 すぐに減速してアッカム駅のホームに入る。

 この辺りの駅間距離は結構短い。

 だから加速してすぐ減速、停車を繰り返す訳だ。


 いくつかの駅で停車・発車と繰り返し、そしてナム駅に到着。

 ナムはガナーヴィン最北の港で、バーリガー領やウィラード領から入ってくる毛皮や毛織物が主な取り扱い科目。


 そしてダコタ=ナム線もここが終点。

 しかしまもなく終点ではなくなる。


 まずは西、ヴェスタラード湾に面したメッサーの街へ伸びるガナーヴィン西線。

 そして北、バーリガー伯爵領のすぐ手前にあたるリヴーニへ伸びるガナーヴィン北線。

 それらへ接続する事になるから。


 鉄道駅としては大宮みたいな位置づけになるのだろうか。

 高崎線と東北本線(宇都宮線)が別れる拠点駅。


 そうしたらそのうち埼京線に相当する別線も出来るかもしれない。

 いや、埼京線が出来るならその前に新幹線か。

 あれは新幹線を高架で建設する事に対しての見返り的な意味もあったらしいから。


 ナム駅を出てすぐ線路は地上に出る。

 そして仮称ナム北駅に停車後、線路は高度を上げていく。

 河運船が行き交うアオカエ川を越える為、橋が高い場所にあるからだ。


 線路は2本敷設できるようになっているが、今は1本、つまり単線。

 そのうち複線化するような事になるだろうか。


 もしゼメリング侯爵領まで線路を延ばすとすると、これが幹線になる可能性もある。

 そういう日が来るかどうかはまだわからないけれども。


 左側に川と湖がよく見えるようになって少しした後、線路は左へと曲がり橋へとさしかかる。

 橋は満潮時に水面から8腕16mの高さがある船が通過出来る高さに作られている。

 おかげで随分と見晴らしがいい。


 橋の上から左を見るとガナーヴィンの港が並んでいるのが見えた。

 これは一度、ローラと2人で見たい景色だ。

 昼間もいいが夜景もきっと綺麗だろう。


 渡りきると周囲は一気に田舎っぽい景色になる。

 この辺りは米の生産が盛んで周囲は水田だ。

 スティルマン領でも穀倉地帯とされている場所らしい。

 水田が無いシックルード領とはまるで違う風景だが、元日本人としては何処か郷愁をかきたてる景色だ。


 そんな事を思ったら列車が減速を始めた。

 どうやらまた新駅に到着のようだ。


 ◇◇◇


 たっぷり新線区間を満喫した。

 基本的に周囲は水田で遠くに山、そんな景色だった。

 複線分の用地を確保済みだが線路は単線。

 しかしレールの規格そのものは本線並みで乗り心地はいい。


 終点のメッサーはいかにもという感じの港町に見えた。

 しかし駅そのものは集落の外側を大回りして、北西側に外れた海沿いの場所に作ってあった。

 勿論集落に便利な場所にも駅はあったけれども。


 これはきっと、駅に接した場所に新港を作るぞという事だろう。

 そして必要なら更にこの先へも線路を延ばすぞと。


 この路線もまた化けそうだ。

 2~3年後には複線化しないとならないかもしれない。


 いずれ元ダコタ=ナム線も容量不足になるかもしれないな。

 そうしたら街の東側に別線路を作って、こちらはハリコフ経由で本線や南へ向かう線路と接続して……

 夢が膨らむ。


「今回はありがとう。また何かあったら頼む」


 クロエ主任とイザクに挨拶してナム駅で降車。

 これからモレスビー港駅へ向かえばちょうどいい時間だ。  


 モレスビー港駅のアンテナショップで、パトリシア&ローラと待ち合わせをしている。

 春休み、また今日から2人とも家へやってくる予定だ。


 パトリシアが僕の財布をあてにして高い買い物をしていなければいいが。

 そう思いつつ、僕はダコタ行きの列車に乗る。


※ 大宮駅

  ○ 東北新幹線(山形新幹線・秋田新幹線・北海道新幹線含む)

  ○ 上越新幹線(北陸新幹線含む)

  ○ 東北本線(宇都宮線)

  ○ 高崎線

  ○ 京浜東北線

  ○ 埼京線・川越線

  ○ 東武野田線(東武アーバンパークライン)

  ○ 埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)

が乗り入れる一大拠点駅。

 国鉄の大宮工場があった関係もあって、大宮は鉄道の街として栄えた歴史もあったりする。また鉄道博物館もここからニューシャトルで1駅。


※ 埼京線

  遙か神奈川県の海老名(東海道貨物線経由で相鉄線乗り入れ)や、湾岸お台場(りんかい線乗り入れ)から大崎、渋谷、新宿、池袋、赤羽を経由し、赤羽の先から大宮までは東北・上越新幹線の横にくっついた線路を通り、更に川越線区間に直通するという無茶苦茶な路線。


  実のところ『埼京線』という線路は存在せず、独自路線っぽい赤羽~大宮間も東北本線の別線という名目になっている。

  この赤羽~大宮の区間は元々、

   ① 通勤新線として混雑が酷い東北・上越線の別線路として計画され

   ② 建設計画では赤羽 - 大宮間のうち埼玉県内を地下化とする予定だった東北・上越新幹線が、地盤が理由で高架として建設する事の見返りとして地元に提示された

等という経緯がある。 

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