おまけ 忍び寄る魔の手?

 ローラとパトリシアを迎えての夕食。

 本日のメニューは鶏すきだ。


 冬休みを過ごした結果、ローラは野菜たっぷりの鍋物が好きだと判明した。

 それもあって今回の最初の食事に選んだのが鶏すきという訳だ。

 厳密には鶏すきというかアヒルの軍鶏鍋風だけれども。


 すき焼きと違うのはニンニクが利いている事と肉がアヒルのもも肉になっている事。

 このあたりはブルーベルの工夫だ。

 

「やっぱりここの食事は美味しいです」


「というかどれだけ独自の料理隠してるのよリチャード兄は」


 2人にも好評のようで大変よろしい。


「基本的にブルーベルの腕だな。本で読んだりして気になった料理を再現して貰っているんだ。長になると他人をもてなす事があるからさ」


 今回参考にした本が過去に日本で読んだ『竜馬がゆく』や『鬼平犯科帳』というのは言わない方向で。


「それにしてもあと1年でローラもここに住む訳か。いいなあ、ご飯もデザートも完備で。お兄の事だからどうせローラには甘々だろうし」


 そうか、あと1年で2人とも卒業だし、そうすると結婚という訳か。

 確かにそうなのだろうけれど、実の妹からそう言われると何か生々しい気がする。

 相手のローラ自身がそこにいるだけに、余計に。

 童貞的に夜のあれこれとかまで考えてしまう。


「スウォンジーも何かいい感じになってきているしね。それでも足りない買い物はガナーヴィンに行けば何でも揃うし、鉄道使えばすぐだし。

 でも実家に戻るよりお兄の屋敷の方が居心地が良さそうだよね。料理も美味しいしデザートも多種多彩だしうるさい事はいわないだろうし。

 卒業したら私もこっちに住んじゃおうかな」


 おい待てお邪魔虫パトリシア


「パトリシアはいい相手はいないのか、学校で」


 仕方なしに反撃をしてみる。 


「いないわよ。それにいい相手が見つからないの、お兄のせいなんだからね」


 妙な事を言われた。意味がわからない。


「どういう事だ?」


「最近やたら変なのに言い寄られるのよ。お兄がスティルマン領で鉄道を成功させちゃったからそれ目的で。もう勘違い系とか俺様は貴族だ系とか大商人だとか問題外とかうざくて。仕方ないから以前とは逆にローラやリディア達に回りを固めて貰っているけれど。


 でもそうするとまともな婚約者候補とも出会いがなくなるよね。そんな訳でお先真っ暗。卒業まであと1年しか無いのに。

 だから最悪の場合、お兄は責任取ってよね」


 ちょっと待て。どう責任を取れというのだ。この国でも近親婚はアウトだぞ。

 いやそういう意味ではないとは思うけれど。


「参考までに責任とは?」


 念の為に聞いておく。


「卒業してから無事婚家入りまでの間、私の食い扶持とデザートの提供よろしく。あと小遣いも」


 お前パトリシア、なあ……

 しかし気になるので聞いてみる。

 パトリシアではなくローラに。


「そういう状況があるんですか」


「ええ、私の時よりも酷いです」


 ローラが頷く。

 どうやら本当の事のようだ。


「そうそう。私としてはこれでも恋愛結婚を夢見ていたんだけれどね。素敵な人に告白されて、両思いでなんて。

 相手は貴族の跡取りとかじゃない普通の人希望。貴族なんて領主でも官僚でも大変だし面倒なのはわかっているから。


 でもお兄が鉄道で成功して、僅か数ヶ月でいきなり言い寄る相手激増でしょ。もう夢も希望も吹っ飛んで悲しい現実こんにちはって感じよ。お家の事情とかもう見え見えじゃない。


 何というか、昔のローラの苦労がよくわかるようになったわ」


「参考までにどんな相手に言い寄られたんだ?」


 これは興味本位の質問ではない。情勢把握の為だ。

 以前ジェームス氏が襲われたり鉄道が破壊されたりした件がある。

 マルキス君にも注意をされている。

 そういった工作関係が及んでいないかを知っておきたい。


「大物だとペギーアンかな、ゼメリング侯爵家の3男。あとはスコネヴァー伯爵家の5男、マシオーア伯爵家の3男、マルケット子爵家の3男、以下男爵家や騎士候家多数って感じ。商会系だとカリダス家の次男がいたと思う。考えたくないから細かいのまで覚えていないけれど」


 黒に近い灰色連中が多い気がする。

 ゼメリング侯爵家、スコネヴァー伯爵家、マシオーア伯爵家、マルケット子爵家。

 この4家はいずれも西部海岸沿いに領地を持っていて、マールヴァイス商会に近しい領主家だ。

 つまり以前にマルキス君が注意した領主家にあたる。


 そしてカリダス家はマールヴァイス商会傘下のスカム商会を営んでいる。

 スカム商会はマールヴァイス商会の傘下にあって、元々は全国の海運を主に扱っていた。

 しかしエネルティア商会が取り潰された後、国北部の穀物売買にも乗り出してきている。


 少なくとも今名前が出た家と結ぶのは危険だ。

 パトリシアもわかっていると思うが一応言っておく。


「頼むからあまり危険なところと縁を結ぶなよ」


「お兄目当てで寄ってくるような連中ははなから相手にしないわよ。これでも幸せな恋愛結婚が夢なんだから。

 でもそういうお兄だって危ないんだからね。お兄様に紹介して欲しいなんて話だっていっぱいあるんだから」


 何だそれは。まだローラと婚約という状態なのに。


「そんな話もあるのか」


「学校で10人以上にそう頼まれたわ。婚約者のローラが横にいるのによ。

 多分実家にも似たような話が来ていると思うわ。ウィリアム兄がはじいているだけで。

 ひょっとしてお兄、隠していない?」


 ブルブル、冗談では無い。


「そんなの初耳だ。だいたいローラともまだ婚約段階だろ」


「貴族だから妻が2人3人いるのは普通だ、そんな考えだってあるでしょ。まあお兄はそんなに器用なタイプじゃないから大丈夫だと思うけれど。

 でも料理とかデザートとか、最近のお兄は少し変わってきているようだから、ひょっとして?」


「無い、断固として無い」


 ここはローラの手前、断固として否定させて貰う。


「まあ嘘じゃないと思うけれどね。だいたいお兄の嘘はわかりやすいから」


 何というか、まさかそんな所まで魔の手が及んでいるとは知らなかった。


「そんな訳で情報料、新作のデザートでいいから」


「モレスビー港駅の売店で散々買い物しただろ」


「あれはあれ、これはこれ」


 何だかなあ……

 ただデザートは勿論用意してある。

 パトリシアの為ではない、ローラの為だ。


「今回は完全に独自じゃないぞ」


「でもどうせお兄のところだからそれなりに違うものになっているよね」


「どうかな?」


 用意してあるのはフォンダンショコラだ。

 ただし外側をラズベリーのパウダーで真紅にして、ガナッシュ部分は上からチョコクランチ、チョコレートムース、ピスタチオガナッシュそして下がフィアンティーヌ生地という凝った代物。

 

 横浜市営地下鉄、それもメジャーでは無いグリーンラインの北山田というローカルな駅から歩くこと数分の場所にある、某有名ケーキ店のスペシャリテを参考にした逸品だ。


 パトリシアとローラの反応はどうだろう。

 僕が味見したところは文句ない出来だと思ったのだけれども。

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