第92話 春休み1日目(1)

 学生は春休み。

 僕も庶務から重々言われているので春休み1週間。


 ただシックルード領は娯楽が少ない。

 全てにおいてスティルマン領というかガナーヴィンに劣る。

 おかげでローラ(と、お邪魔虫パトリシア)と何をしようか困る位だ


 そんな訳でまずは意見を聞いてみた。


「この春休みで何処か行きたいところとか、何かしたい事がありますか?」


「とりあえずお兄の隠しているスイーツの全制覇かな」


 パトリシア、お前には聞いていない。

 なんて事は勿論言わないけれども、重要なのはローラの意見だ。


「ローラは何かあるかな?」


「リチャード様と一緒なら……

 でももし行くとすれば、景色のいいところがいいです。最初にリチャード様の鉄道を見学した時、急な坂を登る鉄道に乗せて頂きましたけれど、あそこは見晴らしが良くて素敵でした」


 製鉄場のケーブルカーだな。

 でもあのケーブルカーは荷物専用で、鉄鉱山の採掘量が増えている事もあり結構忙しい。

 春休みに乗るのは難しいだろう。


 そう思ってふと思い出した。

 景色がいい鉄道といえば、つい最近乗ったばかりだと。

 スケジュール次第では今までと違う街の散策なんてのも出来そうだ。

 おまけに新たな素材でブルーベルに料理を作って貰う事も。


 よし決めた。


「残念ながらあのケーブルカーは現在忙しいので乗ることが出来ないと思います。その代わり少しだけ遠いですが、ちょっといい景色を楽しめる場所があります。シックルード領ではなくスティルマン領ですけれど。ついでですからいつもと違う街にも行ってみましょう」


 そう、ガナーヴィン西線だ。

 アオカエ川を渡る橋は絶景だった。

 その後は割と単調だけれど、その分はおやつだの何だの持って行けばいいだろう。


 そしてメッサーで街探索なんて事をしてみたい。

 出来れば刺身に出来る新鮮な魚を入手なんてのも。

 まあこの辺りは僕の趣味というか好みだ。


 予定として前々から決めていた訳では無いし、メッサーはスティルマン領内。

 襲われる危険性なんてのは考えなくていいだろう。

 一応外を歩くときは魔法で周辺警戒をするけれども。


 試験列車は、朝8の鐘頃にハリコフを出る予定。

 朝一の直通急行に乗れば間に合う。

 

 ガナーヴィン西線に行くなら、スウォンジー南線の方も試験運行列車に乗ってみるのもいいなと思う。

 実はまだ乗っていないけれど、高所を走るから景色は悪くない筈だ。


 何ならまだ本運行開始前の森林鉄道に乗り継いでもいい。

 ラングランドに作った森林鉄道車庫には自走客車が3両あり、うち1両は予備車だ。

 これを借りだせばじっくり見学できる筈だ。

 何なら操縦は僕がやってもいい。


 明日、帰りにでも商会に寄って話を通しておこう。

 ローラも鉄道は好きなはずだし、多分これで大丈夫だろう。

 パトリシアは菓子でも食わしておけば文句は言うまい。


 それなら明日までにメッサーの街について、少しでもわかる事を調べておこう。

 鉄道を通すと決めた時点で資料はある程度購入してある。

 だからまあ問題はない。


 あ、でもこれからブルーベルにお願いをしておかなくては。

 明日出るまでに、お菓子をよろしくと。

 列車内で食べるご飯は駅弁のサンドイッチで大丈夫だと思うけれども。


 ◇◇◇


 スウォンジー北門駅までマルキス君にゴーレム車で送らせる。


「何か此処、来る度に賑やかになるよね。夏には何も無かった場所なのに」


 この時間には既に自由市場が営業を開始している。

 買い物客もそれなりに集まっているようだ。


「今日でなくてもいいので、この市場も見てみたいです。どんな物を扱っているのか興味があります」


「確かにそうだよね。お兄、車内で食べるものを買っていく?」


 パトリシア、こんなに食い気ばかりの性格だっただろうか。

 少し考えて答が出る。

 食い気と買い物好きの両方だったなと。


 それでも昔はもう少し上品だった気がしたのだ。

 なので一応言っておく。


「パトリシア、食い気はもう少し隠した方がいいんじゃないか?」


「そりゃ学校や実家なら五月蠅いから隠すけれどね。お兄とローラの前なら別に問題無いでしょ。

 それでどうする? 買っていくの?」


「今日はこっちで別のを買うつもりだ」


 カルメア商会の売店は駅の建物内にある。

 改札内と外、両方で買えるように。


「へえ、こんな売店、出来たんだ」


「車内販売もしているけれど、此処で買った方が確実だからな」


「列車内でも売っているんですか」


「その方が便利だからさ」


 店では弁当の見本を見ながら注文出来るようになっている。


「どれにする?」


「このサンドイッチ、3種類ともください。飲み物は牛乳3つ、乳性飲料3つ、オレンジジュース3つで」


 おいパトリシア、何だその注文は。

 あと僕やローラの分まで勝手に注文するな。


「ありがとうございます」


 向こうにそう言われてはもう仕方ない。

 支払うのは当然僕の役目だ。

 あ、でもこれも買っておこう。


「あと飲み物、お茶2つ追加。これは別の紙袋で」


 紙袋2つを受け取りアイテムボックスにしまう。

 更に駅の窓口に向かいながらパトリシアに尋ねる。


「何でまた、あんなに弁当や飲み物を買ったんだ?」


「全員で交換して食べれば全種類を味わえるでしょ。あと飲み物は行きの急行用、メッサー行き試験運行列車用、メッサーから帰る際の試験運行列車用それぞれ3人分。

 ガナーヴィンからの帰りの分はモレスビー港駅のお店で買えばいいから、これで勘弁してあげる」


 何というか……


「パトリシア、いつもこうなのか?」


 ローラに聞いてみる。


「此処だからだと思います」


「そうそう、学校ではこれでも大人しい優等生で通っているから」


 怪しい。

 ローラも一瞬、僕から目を逸らしたし。

 

 まあ追及はいいとしよう。

 次は切符の購入だ。

 急行なら特別料金が必要なので窓口へ。


「あれ商会長、どうしたんですか?」


 窓口担当が顔見知りだった。


「確か会計担当じゃなかったか?」


「駅窓口は1人、会計担当が交代で配置されているんです。急行の前の時間は全員で窓口を開けているので。今はまだ大丈夫ですけれど、7の鐘が鳴りだす頃から一気にお客さんが増えますから」


 そういう事もあるのか。


「なるほど。それじゃナムまで2枚往復、急行料金は片道で2人分」


「わかりました。小銀貨2枚2,000円になります」


 2人分で往復だと結構するなと思いつつ支払う。


「ありがとうございました。次の急行は3両編成です。一番後ろの車両なら空いていると思います」


「ありがとう」


 切符を6枚受け取ってローラとパトリシアに渡す。


「それでは並びます。2人掛けシートが連続で空いていればいいのですけれど」


「その場合はローラとお兄に2人掛け片方は譲ってあげるわよ」


「単にその方が自分が広く使えるからだろ。急行のシートは倒して向かい合わせにすることが出来るから問題ないぞ。前後と取れればだけれど」


 そんな事を話しながらホーム上に表示された最後部の扉の場所で列車を待つ。

 

 ハリコフ駅やモレスビー港駅は乗り換え口や改札が西端側。

 だから急行や直通列車は先頭車両ほど混んでいる訳だ。


 いずれ指定席なんてのも考えた方がいいのだろうか。

 しかしマルスシステムを魔法で実現出来るのだろうか。

 僕の頭では方法論が思いつかない。

 カールやキットに相談すれば何とかなるだろうか。


 ゴーン、ゴーン……

 7の鐘が鳴り始めた。


「確かに人がホームに集まり出した感じです」


「だよね。自由市場やさっきの売店で買い物をして、鐘を合図に動き出しているみたい」


 見えない場所にいる人も魔力反応で存在はわかる。

 もちろん魔力探査がそれなりに出来ないと無理だが、パトリシアもローラもその点は優秀な模様。


「急行列車は7の鐘より10半時間6分後に出るからさ。使い慣れている人はその辺知っているんだろう」


 ホームの乗降口マークがある場所に人が並び始めた。

 僕達の後ろにも列が出来始める。


※ マルス マルスシステム

  国鉄、JRグループの指定席予約・発券の為の情報システム。みどりの窓口、ネットでの発券窓口(JRネット等)、駅の指定席券売機等と接続している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る