おまけ 駅弁誕生

 朝7の鐘で出る急行列車は座席のほとんどが埋まっている。

 そして昼間の普通列車でも割と客が長距離乗っていることが判明した。


 そうなると試してみたい事がある。

 駅弁とお茶の販売だ。

 とりあえず急行と、モレスビー港まで行く直通普通列車で販売してみるのはどうだろう。

 あとは乗客の多い駅のホーム等で。


 僕が経営している商会や公社では残念ながら調理等はやっていない。

 だから知っている商会に頼んで作ってもらう事になる。

 

 ただ一応僕は領主家の三男で、直営公社の長。

 領内に関してはコネがありまくる訳だ。

 そんな訳で鉱山の事務所に出入りしている弁当・ケータリング業者に直談判しに行く。


「わざわざリチャード様においでいただき光栄です。それでどのような御相談なのでしょうか?」


 カルメア商会は先々代まで単なる一食堂だった。

 しかし『美味しい』との評判だったので、叔父のレオナルドが鉱山長だった時代、支店を鉄鉱山事務所内に招聘。

 三公社相手の商売で一気に大きくなり、今ではこの業界ではスウォンジーでも一、二位を誇る大手となっている。


 なお味は市販弁当の中ではかなり美味しい方との評判。

 そんな訳でここの商会長であるマーラキ氏に直談判しに行った訳だ。 


「こんな感じで、列車の中で飲食する弁当とお茶を作って欲しい。まずは3ヶ月の間、弁当が毎日30食分、お茶が50個で。全量、僕の方で買い取る」


 僕は必要事項を書いたメモと、汽車土瓶の現物を出す。

 なおメモにはこんな内容が書かれている。


  ○ 弁当の容器の大きさは底面が縦20指20cm、横25指25cm以内

  ○ 容器は回収しないことを前提

  ○ スウォンジー近辺の名産品を最低1品以上入れる

  ○ 概ね30分程度で食べられ、かつ一食分として充分な分量とする

  ○ 弁当は駅及び列車内で販売する事を前提に考慮する

  ○ 弁当の当商会への卸値は容器代を含め正銅貨6枚600円まで

  ○ 弁当は駅や列車内では最大2割5分の利益を上乗せして販売予定

 

  ○ 茶容器は底面が縦横8指8cm以内で、見本品を参考に倒れにくい構造とすること。

  ○ 茶の内容量は50軽300g以上とすること 

  ○ 茶については容器代を含め正銅貨2枚200円以下とすること

  ○ 茶は駅や列車内では正銅貨3枚300円で販売予定


 これらは車両の窓枠やテーブルに載る大きさで、駅弁と茶をあわせて小銀貨1枚1,000円という考えから。

 個数は『売れなくとも3ヶ月程度は僕の小遣いで何とか出来る』額で、かつ少なすぎてカルメア商会の損にならない程度の量という事で。


「いいのでしょうか。これですと売れなかった場合、リチャード様の方が一方的に損をする事になってしまいますが」


「これは鉄道を使う人へのサービスの実験も兼ねている。だからそちらの商会に損をさせる訳にはいかない」


 マーラキ氏は頭を下げる。


「恐れ入ります。それでここに書いてある事以外は自由なのでしょうか。例えば弁当を全部で30食の枠内で数種類作る等は」


「もちろん構わない。そのあたりは僕が考えるよりも専門家であるカルメア商会に任せた方がいいだろう。また飲み物もお茶としたが、他の飲み物でも構わない。ただお茶については最低10個は入れてくれ」


「承りました」


 その後、開始時期や引き渡し方法、料金の支払い方法等について詳細事項をざっと打ち合わせて商会を出る。


 さて、それでは今の打ち合わせ事項にあわせた形で、うちの商会の方も手配しておくとしよう。

 朝方、スウォンジー北門駅で受け取ったり支払ったりする担当とか、急行列車や直通列車等に乗り込んで弁当を販売する担当とか。


 計画実施は半月ほど先。

 それまでに告知というか広告もしておこう。


 ◇◇◇


 販売開始当日、僕は弁当と飲み物全種類を取り寄せて執務机に並べる。

 弁当は2種類。

  ○ ボリュームサンドイッチ(卸|正銅貨4枚・売|正銅貨5枚)

   ・ パンは四角く柔らかい耳無しパンを使用

   ・ トレバノス高原産豚を使ったカツサンド

   ・ カイ村の卵を使ったエッグサンド

   ・ トレバノス高原産豚とスウォンジー近郊の野菜を使ったハム野菜サンド

  ○ 長パンを使った肉チーズサンド(卸|正銅貨3枚・売|正銅貨4枚) 

   ・ パンは幅と高さが8指8cm程度、長さが20指20cm程度の長くやや固めのパンを使用

   ・ 中身はトレバノス高原産ローストビーフ、トレバノス高原産チーズ、スウォンジー近郊の野菜(レタス、トマト、タマネギ、キュウリ)

  

 飲み物は4種類。

  ○ お茶 ○ 牛乳 ○ 乳清飲料 ○ オレンジジュース


 弁当だから御飯物を想像していたが、2種類ともパンだった。

 しかし確かにシックルード領内では米はあまり一般的ではない。

 地形や気温が向いていないから南西部の川沿い以外では作っていないし。


 そしてボリュームと味は問題無い。

 この値段でこの質が出せるのは専門商会だからこそだ。

 これなら売っている事が知れ渡ればそれなりに数は出てくれるだろう。

 余って僕のお昼になっても問題無いし。


 そう、思ったのだけれども……


 ◇◇◇


 当初は3ヶ月契約だった。

 しかし予定外の売れ行きのせいで、契約は途中で変更となった。


 北部大洋鉄道商会は買取も販売も一切なし。

 そのかわりカルメア商会に無制限定期券を5枚渡し、駅構内と列車内の販売を許可する。

 そんな形に。


 つまりはまあ、当初から予定以上に売れ行きが良かった訳だ。

 そんな訳で僕の許可の上で、うちの商会の担当者とカルメア商会の方が話し合った結果が、契約内容の変更だ。


 弁当の種類も増えている。

 毎日購入する客の為に日替わりサンドなんてのまで出ている位だ。


 飲み物もコーヒーや紅茶、トマトジュースなんてものまで。

 僕は前世からコーヒーは苦手だった。

 それに汽車土瓶の中がコーヒーだなんて、違和感がありまくる。


 それに駅弁といえばやっぱり御飯だと思うのだ。

 万カツサンドはぎりぎりありだけれども。

 しかしサンドイッチオンリーというのはやはり違和感が……


 そんな僕の違和感を余所に、駅弁&ドリンクは完全に定着。

 スウォンジー北駅では駅構内だけでなく、駅外で一般客にも販売している位だ。


 だからきっとこの駅弁計画は成功なのだろう。

 しかし僕としては……

 うーん……

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