第77話 状況説明と今後の方針

 例によって領主館の門は顔パス。

 屋敷内へ入り、既に顔なじみになっているメイドに尋ねる。


「もし他の面会者や業務に支障が無ければジェームス氏にお目にかかりたいのですが、どのような状況でしょうか」 


「リチャード様は優先的にご案内するよう命じられております。ご案内致します」


 ジェームス氏は仮にも襲われた本人。

 だから事情聴取だの面会者だので待たされるだろうと予想していた。

 しかしあっさりと領主代行ジェームス氏執務室へと通されるとは。

 完全に予想外だ。


「おはようございます」


「おはようございます。どうぞお掛けになって下さい」


 ソファーに腰掛け、そして尋ねる。


「お怪我等は本当に無かったでしょうか」


「ええ。実はこの館から出てさえいませんから。襲われたのは私を模したゴーレムが乗ったゴーレム車です」


 そういう事かと僕は理解する。

 暗い中、人間を模したゴーレムを車内に乗せて、そのゴーレムをジェームス氏が操っていたという仕組みのようだ。

 それなら見た目にも魔力反応的にも本人と見分けがつきにくい。

 万が一ゴーレム車が攻撃で破損しても人的被害は無しで済む。 


「それにしてもそちらの商会の技術班の腕は見事ですね。2時間も経たないうちに3カ所の補修をした上、全線の安全点検まで行ったと聞いています」


「お褒め頂きありがとうございます。これも連絡をいただいたおかげです」


 何処で誰が傍受しているかわからない。

 だから具体的な事を言うのは最小限にしておく。


「ところで犯人等からはどれくらいの情報が得られたのでしょうか」


「既にある程度の背後関係は出てきています。直接的な下命と資金提供を行った商会についても判明しました。自白魔法による強制聴取ですが、証拠保証人も立てております。


 明らかになった関係者に対しては既に捕縛許可を出しておりますので、そこまでの事件調査は問題無く進むでしょう。ただその裏にいる真の事件企図者まではおそらく届かないと思われます。


 まもなくここまでの調査結果を国王庁宛てに第一報として報告するとともに一般に対して公開します。

 同時に国王陛下に当該商会の取り潰し処分を申請する予定です」


 領主単独でなく、国王陛下に取り潰し処分を申請する。

 つまり相手は複数領地にまたがる程度には大きな商会だという事か。

 そして更に背後にそれ以上の大物がいると。


 おそらくここまではシナリオ通りという事なのだろう。

 しかし一応念の為聞いておこう。


「その商会を潰した場合、ガナーヴィンにおける商業取引が影響を受ける可能性はないでしょうか」


「人命を粗略に扱って無法な行為を企図した組織には、相応の責任と代償を支払わせるべきでしょう。それに大きいとは言えたかだか一商会、取り潰されたところでそれほどの影響はありません。


 それに当領とシックルード領については鉄道により物流網についての改善がされています。


 更にガナーヴィンの鉄道化で不必要になったゴーレム車の買取も進めています。これらのゴーレム車は今後グスタカール中央やダコタ、ナム等に配置し、鉄道のまだ無い地域における輸送援助活動を行う方針です。


 ですので万が一他の大手商会が撤退しても流通に支障はありません。まあそういう事はないと思いますけれども」


 西海岸側のゼメリング侯爵領とマルケット子爵領を除けば、北部の領地のほぼ全ての産物は地理的にスティルマン領を経由せざるを得ない。

 各領地をつなぐ道路や河川、運河のほとんどがガナーヴィンを中心に整備されているから。


 今までは食料等の確保の為、大手商会のゴーレム車や船を拒む事は出来なかった。

 しかし食料や木材、鉄については鉄道による搬入が可能となった。


 これで大手商会側からの撤退するという脅しも効かなくなる。

 むしろ撤退して困るのは大手商会側。

 つまりスティルマン領については大商会との立場が逆転した訳だ。


 ただ大商会ともなると一部の貴族とも繋がっている。

 領内の一部作物を一手に扱う代わりに領主へ便宜を図る。

 そんな駄目な領主家が3割近いのが実情だ。


 貴族家の欲や贅沢のせいだけではない。

 不作や不況で借金を重ね、仕方なくという領主家もある。

 シックルード家も鉄鉱山が無ければ危うい時期があったらしい。

 それもまあ、一部の大商会が農産物の実質的な価格決定権を握っていたからだったりするけれども。


「ただ今後、利便性の高い交通網の整備はより重要になってきます。


 大商会のゴーレム車が無くとも中小の商会や農民自身が市場へ出荷できる。そんな運輸手段があれば社会もまた変わるでしょう。それにはリチャードさんの北部大洋鉄道商会の御協力が欠かせません。


 現在、メッサーへと向かう路線を先行整備しております。これは3月頃には整備を終え、北部大洋商会へ貸与を行う予定です。ですがリヴーニへ向かう路線とバラクレアへ向かう路線も本年中には出来れば運行を開始したいのです」


 理屈としては理解した。

 そして僕と優先的に会った理由も理解した。

 つまりは大商会と戦う為、より鉄道網を広げてくれと言う事だ。


 しかし正直なところあまり急に規模を拡大したくない。

 僕の本音だ。

 

 スティルマン領だけではない。

 シックルード領の方でも新線計画は進んでいる。


 鉄道路線が伸びるのは鉄としては嬉しい。

 しかしそれだけを素直に喜べるような立場に僕はいない。


 問題は人員だ。

 採用すれば即使用可能となる訳では無い。

 最低でもある程度の教育期間が必要だ。


 更に人数が多くなるとそれだけ管理する組織も大きくなる。

 現在の状態だって結構ぎりぎり状態だ。 

 

 少し考えて、正直にこの問題をぶつける事にした。


「スティルマン伯爵家には既に多大な出資をいただいております。それに設備は伯爵家から貸与という事で建設の不安もありません。


 ただ心配なのは運用にかかる人材です。鉄道という今までにない道具を使用する以上、ある程度の教育は必要となります。実際に運行に関わるゴーレム操縦者だけでなく、保安要員、駅員、それぞれの教育が必要です。


 そして当商会は発足したばかりです。お恥ずかしい話ですがまだ管理組織そのものも充分とは言えません。急速すぎる拡大は危険なのです。


 このような事情がありますので、確実に年内でというお約束は致しかねます。

 ただ、最善を尽くすことはお約束いたしましょう」


「もちろんそれで結構です。無理して商会が立ちゆかなくなればこの計画も失敗に終わりますから」


 ほっと一息。

 でも待てよ、今の台詞、ひょっとして言わされたのだろうか。

 最善を尽くすと、そして既存商会との戦いでスティルマン伯爵家側につくと。


 しかし話の順序が変わったとしても、僕と北部大洋鉄道商会には他の選択肢は無い気がする。

 だからまあ、ここは難しく考えないでおこう。


 さしあたってはゴーレム操縦者等の人員確保だ。

 スウォンジーに戻ってダルトンやクロッカー辺りと相談するとしよう。

 あと工房、いや技術部ももう少し人員を増やす必要がある。

 そっちはカールやキットと相談だな。


 ◇◇◇


 翌朝、幹部会議で業務拡大をしなければならない状況を説明。

 必要な採用人数や社員教育のあり方、最適な組織形態についてまでプロジェクトチームをつくり検討する事になった。


 まだ設立してまもないというのに、なんて思うが仕方ない。

 これもきっと鉄道というものの持つ魅力の為なのだ。

 その鉄道を広める為にもここは踏ん張らなければならない。

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