第20章 新たな鉄道線

第78話 他領進出の方針と僕の狙い

 北部大洋鉄道商会の商会長室で。

 僕は分厚い資料を読み終えてふっと息をつく。


 資料とはキットが出張した際に入手した王立研究所発行の論文で、題名は『北部地域に導入された新方式運輸手段について』。

 新方式運輸手段とはもちろん鉄道のことだ。


 1月下旬に国の調査団が来訪。

 旅客や貨物営業中の路線だけでなく、森林鉄道、鉄鉱山のトロッコ、製鉄場のケーブルカーに至るまで1週間にわたって視察・調査していった。

 この論文はその結果だ。


 正直、鉄である僕をしても読むのに疲れる代物で、読破するのにも結構な時間がかかってしまった。

 

 何せ王立研究所の論文らしく、内容がやたら濃くて文章も多い。

 鉄道の原理、線路の構造と詳細、猫型ゴーレム入り機関車の構造。

 そんな詳細に至るまでくまなく網羅している。


 ただし内容の充実度は流石だ。

 読んだ人がその気になれば真似をして似たような物を作ることが出来る。

 そう錯覚してしまえる位に。


 さて、それでは感想と意見を言いに行くとしよう。

 読み終わった論文をアイテムボックスに入れ、部屋を出る。


 行先は勿論工房だ。

 森林公社時代と違い工房はすぐ近く。

 何せ北部大洋鉄道商会の本社棟とは工房を増築したものだから。


 階段をおり、いつもの廊下を歩いて第一工房へ。

 いつもの席にいるキットに論文を渡す。


「ありがとう。参考になった」


 キットは頷いて論文を受け取る。


「概ねこちらの思うとおりに書いてくれていますね。あとは結果を待つだけです」


 その通りだ。


「これもキットやカールの誘導のおかげだな」


「ダルトン副商会長もなかなかでしたよ。『技術的には現代のゴーレム技術で運用可能です』なんて説明してしていましたしね。わざわざ旧型のクモ401を引っ張り出して」


 クモ401とは猫型ゴーレムが入っている最初期の機関車だ。

 ダルトン、なかなかやるなと思う。


 つまり視察で開示したのは、開業当時の森林鉄道を作れる程度の技術まで。

 そういう意味において、この国立研究所の論文は予定通りの内容だ。

 勿論そうしたのにはそれなりの思惑がある。


 ◇◇◇


 何処の領地でも水運と人力以外の運送手段はゴーレム車が主だ。

 しかしゴーレム車は輸送力がそれほど高くない。

 通常の中型搬送用ゴーレム車では1,000重6トンの貨物を時速10離20kmで運ぶのがやっと。


 つまりより速くより多くを安価に運べる手段があるなら、何としてでも使いたい。

 有能な司政家であればあるほどそう思う筈だ。


 そんな彼らがこの論文を読んだならどう思うだろう。

 この鉄道なら自分達でも出来るし、輸送力を増やす事が出来る。

 そう思っても不思議では無い。


 結果、新たな鉄道が国内に出来ていく事だろう。

 この論文を読んだ領主や領主代行、その他権力者の手によって。

 それが僕の狙いだ。


 そうやって新たな鉄道が国内に出来ていけば……

 最終的には北部大洋鉄道商会の路線を広げる事に繋がるだろう。

 僕はそう思っている。


 ◇◇◇


 鉄道会社が他領に進出するにはそこの領主の許可が不可欠となる。

 線路用地、駅用地等で大規模な土地が必要となるから。


 しかしうちの商会がシックルード領やスティルマン領以外の土地に『鉄道を敷かせてくれ』と申し出ても足下を見られるだけだ。

 馬鹿高い土地の使用料をふっかけられるとか、利益の大半を領主に取られるとか。

 結果、路線長は増えても儲けは減っていく一方となる。


 何せ鉄道そのものはそう儲かる商売ではない。

 日本でも鉄道会社は鉄道経営そのものではなく、沿線開発をして不動産業的立場で儲けるのが常套手段。


 しかしこの国ではその手は使えない。

 基本的に土地は領主か国王の物で、国民領民はその土地の使用権を売買や賃貸契約で入手する仕組み。

 土地の開発行為も領主や国王の専権事項だ。


 つまり自力で鉄道を敷設して車両を増やし、人員を増やすのは困難というか不可能だ。

 無理に行った場合商会の寿命を縮める事にすらなりかねない。


 ◇◇◇


 自力で鉄道を敷設するのは無しだ。

 ならばどうれば鉄道網を広げられるか。

 領主側に鉄道を敷設させて、こちらに運営を依頼するようにすればいい。


 もし彼ら領主が自発的に鉄道を敷設して、そして経営したならば。

 その運用に多大な労力と手間、知識が必要となる事に気づく筈だ。


 しかし一度鉄道という手段を使ってその利便性を知ったなら、かつてのようにゴーレム車と船運に戻る事は難しい。

 かと言ってノウハウ不足のまま運用すると事故が発生するか、非能率的な状態のまま我慢する羽目になる。


 そういった不良債権的鉄道の運用を領主から委託し、路線網を広げる。

 それが僕が考え、ダルトンやクロッカー、カールやキット等に話した方針だ。


 こうすれば敷地や線路施設、駅等については『領主の財産であり、北部大洋鉄道商会に貸し出したもの』として契約する事が出来る。

 領主の財産であるならば、その維持管理費用は領主の費用で行うべきだ。

 そういう理屈も成り立つだろう。


 これで路線や駅等の施設の土地使用・敷設・建設に金をかけず、路線を延ばせる訳だ。

 

 この方法というか方針は日本でも存在した上下分離方式をこの国に応用したものだ。


 上下分離とは鉄道から

  ① 敷地や施設、車両と言ったものの整備・保有

  ② 運行やサービスといった運営

を分離させ、①を地方自治体やその管理下にある組織が担い、②を鉄道会社が担う方式。

 

 ただしこの国では上記①のうち、

  ⅰ 敷地、線路の敷設、駅や車両基地の設備は領主側

  ⅱ 車両と安全設備の開発、製造、設置、保守は北部大洋鉄道商会

という分担にする。

 理由はうちの商会が持つ技術を他に漏らさない為だ。


 北部大洋鉄道商会、特に技術部門は国の他の組織にはない技術やノウハウを数多く持っている。

 この部分は競合他社が出てきた場合に武器になる。


 なお当初から協力的な領主が当商会に鉄道の敷設と運用を依頼してきた場合も、この上下分離方式を適用する。

 つまり線路の敷設や駅の設置は領主側の仕事。

 勿論路線計画策定や線路の設計、工事等に対する支援は行うけれども。


 ◇◇◇


 以上は商会長としての僕の狙いであり、方針である。

 しかし一介の鉄としてはまた別の狙いというか思いがある。


 かつての日本には独自色が濃い地方鉄道路線が数多く存在した。

 僕が鉄であることを自覚した頃にはほとんどが廃止されていたけれども。


 馬面電車、ボンネットバス改造のガソリンカー、その辺の木工所が作ったとしか思えない木造客車、改造しすぎて異形になったよくわからない独自車両……


 そんなものがこの国でも生まれるかもしれない。

 なら是非この目で見て、実際に乗って、音を振動を乗り心地を確かめて見たい。

 それこそが鉄である僕の狙いであり希望だったりする。


※ 上下分離方式 第65話参照


※ 馬面電車

  車体幅が極端に狭く、前面の形状が縦長でウマの顔のように見える電車のこと。現存する保存車では花巻電鉄デハ3が有名。

 

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