第22章 春休み前に

第86話 黒幕の幻影

 鉄道の技術そのものは参考になるようなものはなかった。

 しかしこの鉄道を敷設した人物には興味がある。

 まず橋を渡ったところにある街門に立っていた門番に身分証明書を提示して尋ねる。


「ここザクレスに図書館はありますか。あったら場所を教えて頂きたいのですが」


 ちなみに出した身分証は家名が不記載。

 見ても僕が貴族であるとはわからない。


 身分証を発行するのは領主家か各種組合ギルド等。

 だから領主家が味方ならこんな芸当も出来る。


 もちろん魔法証明があるから嘘は書けない。

 ただし『家名』や『身分』を省くのは嘘では無いから大丈夫だ。


「ああ。街の中央だ。このまま真っ直ぐ行けばいい」


「わかりました。ありがとうございます」


 図書館を目指す理由は、領主家の資料が豊富にある筈だから。 

 一応ここの領主であるマシオーア伯爵家については調べてある。

 しかし地元の図書館ならより詳しい資料がある可能性が高い。


 この世界というか、この国では図書館はいわゆる図書館としての機能の他に、本屋や出版社を兼ねている。

 つまり図書館で本を発行したりもするし、本を購入する事も出来る。


 各領主には最低1つは領立の図書館を領内に開設する義務がある。

 そして地方では概ね領立図書館こそが最も大きな書籍取扱場所だ。


 図書館を目指して歩いているうちに気づいた。

 ここザクレスはマシオーア領の領都の筈だ。

 しかし今朝までいたエルダスよりどう見ても栄えていない。


 建物も古いし手入れがいまひとつのものが多い。

 何というか、寂れていく途中という雰囲気だ。

 スウォンジーのように田舎というのとはまた違う。

 かつてはもう少し豊かだったろうという印象だ。


 エルダスは活気があり、それなりに栄えている雰囲気だった。

 この違いには理由があるのだろうか。

 何となく想像はつくし、それならあれだけコンセプトが明確な鉄道を急造した理由もわかる。

 しかし想像ではなく資料で確かめたい。


 今ひとつ活気が感じられない市場を途中で通る。

 活気が感じられない理由のひとつが判明。

 食料品が安くない。

 麦も野菜も肉もテイクアウトも。


 高いという程ではなく、概ねガナーヴィンと同程度。

 しかしこの周辺ならガナーヴィンと違って農業も可能。

 ならガナーヴィンより安くなければおかしい。

 

 それとも何か畑を作れない特殊事情でもあるのだろうか。

 何となくそうではない、別の理由のように思えるけれども。


 そういえばエルダスも農産物は安くなかった。

 店じまいの時間に買い物をしたのでテイクアウトや魚は安かったけれども。

 この事も別の理由を裏付けている気がする。


 図書館は割と大きな建物だった。

 入館料とは相場よりかなり高めの小銀貨1枚1,000円

 ちなみにスウォンジーの領立図書館やガナーヴィンの領立図書館は正銅貨1枚100円だ。

 でもまあここまで来たからには払って入る。


 中はまあ、建物に見合う程度の本はあった。

 ただし古い本が多い気がする。

 建物も古いし、整備状況が今ひとつという感じだ。


 まあその辺りについてはどうでもいい。

 僕は図書館内の書籍配置を確認し、目当ての本棚へと向かった。


 ◇◇◇


 毎年のマシオーア領の出納報告書、領条例・領規則増補版、その他公開文書一覧。

 それらを読んだ結果、僕は予想が概ね当たっている事を理解した。


 此処マシオーア伯爵領はマリウム商会の経済植民地状態だ。

 勿論マリウム商会が不法な事をしている訳では無い。

 金を貸した代わりに領内の農産物の優先購買権を与えられているだけである。


 マリウム商会はこの優先購買権を使い、

  ① 領内で収穫される穀物のほとんどと

  ② 領都や港に近い産地の農産物を

  ③ 周辺の買取相場よりで買取り

  ④ 周辺の卸価格よりで市場に卸して

いる。


 これをやられては領内の景気は悪化する一方だ。 

 ゆえに借金は返せず、領主家は商会に更に譲歩せざるをえなくなる。


 旧港地区が寂れたのも、マリウム商会が新たな港と市場を作って、自商会関係の取引きをそちらでしか行わなかった為。


 領内の農産物の優先購買権を持っている商会がそんな事をすれば、地区の命運は決まったようなものだ。

 故に旧港地区は寂れてスラム化。

 その再開発の為に領主家は商会に更に借金をする状態。


 領主家は何をやっているのだ。

 思わずそう文句をつけたくなる。

 ここまで酷い状況になる前に出来る事はあった筈だ。


 今現在であっても打てる手は無い訳ではない。

 優先購買権は本来、提示価格が同一の場合に優先的に購入出来る権利だ。

 王国審判例にもそのような趣旨の判例が存在する。


 これを利用して、マリウム商会の買取りに対して徹底的に対抗してやればいい。

 全て領主家の資産で買い取る必要は無い。

 半分程度でもいいから本来の価格で買取り、そのまま市場に卸してやればいいのだ。

 それで相場を崩せるから。


 ただ今のマシオーア領主家はそういった事をする気はないようだ。

 おそらく商会から領主家等に賄賂というか上納金を出していたりするのだろう。

 結果、領内は商会の息がかかったところ以外は寂れる一方となる訳だ。


 さて、ここからは資料がないので推論。

 鉄道もおそらくマリウム商会が敷設したものだろう。

 ただし理由はザクレスとエルダスを結ぶ事による地域活性化ではない。

 鉄道というものが使い物になるかの実験だ。


 旧港地区を再開発する為に鉄道による資材搬送を行い、その効果を確認する。

 その為に鉄道の最小限の要素だけを使用し、他はゴーレム車等の技術を用いて急造。

 それが僕が先程乗車体験をした鉄道の正体だ。


 何なら新港の優先使用権や鉄道敷設先の資源開発権なんてのも商会に取られているのかもしれない。

 それならこの鉄道の価値もぐっとあがる。


 土属性魔法使いを使わず、人海戦術で建物解体をやっている理由も想像がついた。

 商会に借金がある人間を格安でこき使っているのだろう。

 これなら人海戦術を使ってもかかる費用は微々たるもの。

 僕の流儀とは相容れない考え方だけれど。


 マリウム商会はマールヴァイス商会の子会社的存在で、国内中部における穀物の流通を主要業務としている。

 そしてマールヴァイス商会は、1月にジェイムス氏や鉄道施設を襲撃した連中の黒幕だ。


 襲撃者と契約したのが明らかになり取り潰されたのは運送業準大手のエネルティア商会。

 このエネルティア商会もマリウム商会と同様、マールヴァイス商会の子会社的存在だった。


 捜査ではマールヴァイス商会まではたどり着けなかった。

 強制捜査に入る前にエネルティア商会の幹部2名が自殺してしまったからだ。

 犯行指示の捜査はその2名で途切れてしまい、先へ進めなかった。


 しかしエネルティア商会がマールヴァイス商会の意を受けてやったのは間違いないと見られている。

 そのマールヴァイス商会傘下のマリウム商会が鉄道輸送の実験までしていたとは。

 この先、何かと面倒な事になりそうな気がする。


 それに僕が今いるのは敵地だという事も判明した。


 一応宿は事前に調べてマールヴァイス商会系統ではないところにした。

 街の出入りも貴族名を出さないように注意した。

 それでも危険なのは間違いない。


 宿は引き払い、できるだけ早くマシオーア伯爵領を出た方がいいだろう。

 ならまずはエルダスへ急ごう。


 僕は乗り合いゴーレム車を捕まえる為に、街の中心へ向けて歩き始めた。

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