第85話 ノスタルジックな汽車旅

 ゴーレム操縦者の男が戻ってきた。


「それじゃ料金をいただこう。小銀貨1枚1,000円だ」


 アイテムボックスから出して支払う。


「毎度あり。それじゃ9の鐘が鳴り終わったら動かす」


 その言葉の最中に鐘が鳴り始めた。

 さて、それでは観察するとしよう。


「それでは発車」


 ゴトン、動き出す。

 この動き出しの進行方向への振動がまさに客車という感じでいい。

 加速は非常にゆっくりだ。


 列車は概ね時速8離16km位まで速度を上げる。

 どうやら牽引用ゴーレムは速度よりも牽引力を重視した仕様のようだ。

 一般のゴーレム車と比べてもやや遅い。

 しかし貨物重視ならそれも有りだろうと思う。 


 車輪が奏でるカタンカタンという音からレール長は5腕10mだろうと推定。

 

 少し走ると河川敷に出た。

 ここからは河川敷を走るようだ。

 大きな橋の下をくぐり、そのまま走って行く。


 なるほど、河川敷、それも堤防より川側を走る事で道路との交差が無いようにしたという訳か。

 ただこの作りだと雨の日やその翌日は大丈夫なのだろうか。

 

 路盤は土属性魔法で岩盤化されている。

 だから完全に水をかぶっても問題はないだろうけれども。


 それにしてもゆっくりだと感じる。

 何せ普通のゴーレム車よりもやや遅いくらいだ。

 堤防の内側を走っていて景色の変化に乏しいのもあり、余計にそう感じる。


 速度が遅い為、振動はそれほど気にならない。

 ゴムタイヤのゴーレム車やうちの高速車両と比べれば勿論乗り心地は劣る。

 しかしこの程度のゴトゴト感なら不快では無い。

 むしろ味だ。


 旅客用の鉄道と思えばうちの鉄道と比べて何もかも時代遅れ。

 ただ鉄道趣味的には悪くない。

 いかにも牽引されている客車という感じの前後動やゴトゴトいう雑音さえも味だ。


 そう、雰囲気としては悪くない。

 振動もレールの継ぎ目を走るときの軽い突き上げ感も。


 木製の車室と革張りの椅子。

 窓の外に見える川の流れと堤防に見える黄色いからし菜の花。

 ノスタルジックな鉄道という意味ではいい感じだ。


 これがロングシートで無くクロスシートだったら最高なのだが。

 窓枠に汽車土瓶を置いて、駅弁でも食べながらだともっと最高だ。 

 今のままでも悪くはないけれども。


 勿論ノスタルジックなだけではない。

 資材運搬用として見ればこの鉄道は優秀な道具だ。


 河川敷という場所を使用しているので道路との交差が無い。

 傾斜もこの川を見る限りかなり緩やかな模様。

 余計な施設が一切無く、レールも岩盤固定だから保守管理が楽。

 技術的な面白みはないがよく考えられている。


 こういったシンプルな構造も悪くないなと思う。

 うちだとどうしても技術陣が凝ってしまうからこんな感じには出来ない。


 でもまあ、うちみたいに何でも出来る技術陣を抱えているなんてのは珍しいのだろう。

 この鉄道だってこれだけ早期に作ったとしては悪くないと思うのだ。

 むしろうちの鉄道が異常なだけで。


 いくつかの橋の下をくぐり、河川を航行する船を追い抜いて。

 

「まもなく終点だ」


 操縦者の男にそう言われて、結構時間が過ぎてしまった事に気づく。


「街へはどう行けばいいですか」


「もうすぐくぐる橋を渡れば街の西端だ。そこから5半時間12分も歩けば街の中央部に出る。帰りは街の中心から乗り合いゴーレム車に乗った方が速い」


 なるほど。


「わかりました。ありがとうございます」


「この交通機関は基本的には木材や石材の運搬用だからな。客用としては中途半端だろう。発着場所も悪いしな」


「いえ、なかなか楽しめました」


 間違いなく僕の本音だ。

 1時間近く乗っていた筈なのだが全く飽きなかった。

 うちの鉄道とはまた違う味が感じられたから。


「ならいいけれどな」


 大きな橋の下をくぐり、そして列車は一気に速度を落として停車する。


「終点だ」


「ありがとうございました」


 ここもホームは無く、単に下を平らにしてあるだけ。

 だから半ば飛び降りる形で下へ。

 

 改めて線路と車両を見る。

 牽引用馬形ゴーレム2頭と空の無蓋車7両、そして今まで乗っていた客車。

 そして線路はまだ先へと続いている。


 僕が降りて列車から離れたら、また列車が動き始めた。

 どうやら更に先へと行く模様だ。

 おそらくはこの先に木材や石材、砂等の集積場があるのだろう。


 僕は土手の上へと続く道をのぼる。

 上まで行って5腕10mも歩くと立派な道に出た。

 すぐ左に大きな橋がかかっている。 


 これがエルダスへ続く道なのだろう。

 僕は橋をわたり、真ん中付近で川の上流方向を見る。


 先程乗っていた列車がゆっくり奥へと走って行くのが見えた。

 本当にゆっくりだ。


 奥には河川港や河川の水位や水量を調整する為の堰が見えた。

 ライル河川港と同じような感じだ。

 堰の向こうには予想通り資材の集積場がある。

 線路はそこまで繋がっているようだ。


 つまり今乗った鉄道は資材運搬の河運船の代わりという訳か。

 確かにあの状態でも河運船2隻分程度の資材は運べる。


 うちだったら途中に交換場を作ってもう少し運転本数を増やしたいところだ。

 ただそうするとその分設備のメンテの手間がかかる。

 ここはそういう意味では引き算の美学で作ったという感じだ。

 それが意図した為なのか技術的な限界故かはわからないけれども。


 技術的に参考になるところはない。

 でも面白い鉄道だった。


 そんな事を思いながら僕は街の入口へ向けて歩き始める。

 

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